「十五夜さんは十五センチほどズレている。」 更伊俊介

前編

僕のクラスには、十五夜じゅうごやさんという女子がいる。


 長いストレートの黒髪で、制服をキッチリ着こなしている十五夜さん。

 切れ長の瞳から受ける真面目な印象の通り、授業態度におかしなところはなく。

 休み時間は、友人達とそこそこに過ごし。

 定期テストでは、そこそこの点数を取り。

 所属している書道部の大会でも、そこそこの成績を残している。


 そんな、ちょっと珍しい名字以外は、特別目立つことのない十五夜さん。

 特別目立っては、いないのだけれど。


 ただ、僕だけは、

 そんな十五夜さんが、気になって仕方がなかった。


 最初に断っておくけれど、

 これは、学校一の美少女である十五夜さんと、冴えない僕のラブコメではない。


 まあ、十五夜さんが美少女かどうかについては、各々の基準次第だし。

 僕も、思春期の男子として、そういうことが気にならないと言えば嘘になる。


 いや、話を戻そう。


 とにかく、あまり上手く説明出来ないのだけれど、

 僕には、十五夜さんの存在がとても異質なものに感じられて仕方がないのだ。


 まるで、子供の集団の中に一人だけ大人が混じっているかのような。

 地球人の中に、エイリアンが紛れ込んでいるかのような。

 そんな異物感を、十五夜さんを見る度に覚えてしまうのである。


 しかし、十五夜さんをそんな風に見ているのは、どうやら僕だけのようで。

 他のクラスメート達には、相談することが出来ずにいる。


 まるで、ドッキリでも仕掛けられているような心地だけれど、

 エンターテイメント性皆無な僕をドッキる暇なんて、恐らく誰にも無いだろう。


 とにかく。

 確かにそこにいる筈なのに、何故か違和感を覚えずにいられない十五夜さん。

 そんな十五夜さんの在り方に、もし相応しい言葉を当てはめるのならば。


 十五夜さんは、ズレている。


   ◆    ◆    ◆         


 ある日のこと。

 何でもない、普通の木曜日の放課後のこと。


 先生から頼まれた用事を終えた頃には、既に下校時間ギリギリになっていた。

 急いで帰宅しようと、鞄を置いてある教室へと駆け込もうとしたところで。


「あ……」


 放課後の教室に、一人残っている十五夜さんを見つけたのだ。

 窓際の後方にある自分の席に座り、物憂げな表情で、窓の外の真っ赤な夕陽を見つめている十五夜さん。


 その姿は、とても美しいものとして僕の目に映った。

 あまりにも美しくて、何だか恐ろしくなってしまう程に。


「……どうしよう」


 何だか、そんなミステリアスな十五夜さんの時間を邪魔してしまうのも気が引けて。

 しかし、鞄に入れてある定期券が無いと、僕は家に帰れない訳で。


 少しだけ悩んでから僕は、なるべく足音を立てないように教室に入って、机に置かれた鞄をこっそり回収して来ることにした。


 一歩。ニ歩。三歩。

 このままだと自分の席まで十五年くらい掛かりそうな程にゆっくりと、足音を立てないように慎重に、歩を進めて。


「……?」


 しかし、あっさりと十五夜さんに見つかってしまった。


 何しろ、十五夜さんがいるのは、僕の隣の席なのである。

 これで見つからない方が無理というものだった。


 十五夜さんの顔がこちらに向く。

 夕陽を背にしている為、逆光となって、十五夜さんがどんな表情をしているのかは分からない。

 ただ、その瞳が、こちらに向けられているということだけは分かる。


「あ、あのー?」


 十五夜さんの発する妙な威圧感に耐えられず、思わず話しかけてしまった瞬間、

 十五夜さんはおもむろに立ち上がると、一歩、僕の方に近付いて来た。

 逆光が薄れたおかげで見えた十五夜さんの表情、それは、特別珍しいものでも見つけたかのような表情で。


「アナタ、こんなところで何をしているの?」


 その表情通りの質問をぶつけて来る十五夜さんだったけれど。


「いえ、それは多分、僕の質問でもあると思うんですけど……」

「そうかしら?」

「そうですよ。十五夜さんこそ、こんな時間まで、教室で何をしていたんですか」

「……成程、確かにそうね」


 そう、僕の質問に宙ぶらりんな返事をする十五夜さん。

 しかし、宙ぶらりんなのは、返事だけではなかった。


 十五夜さんの瞳は今、僕を見てはいなかった。

 いや、正確に言えば、見てはいる。

 ただ、見ている場所が、ズレているのだ。


 それはもう、盛大に。

 上に。

 上にズレている。


 十五夜さんは、僕の顔から十五センチほどズレた空間を、じっと見つめているのだ。


 ちなみに、僕の顔が縦に長く伸びている訳でもないし。

 今のところ、僕に何かしらの守護霊が憑いていることは確認出来ていない。

 だからやっぱり、十五夜さんの視線は、明らかにおかしい。


 十五夜さんがそんなことをするのは、僕と話す時だけに限られている。

 他のクラスメートと会話をする時は、しっかり相手の目を見て話しているのに。

 僕に対してだけ、十五夜さんの中の何かがズレているのだ。


 四月に初めて十五夜さんと同じクラスになり、隣の席になってから、ずっと。

 最初は、気のせいかとも疑ったけれど。

 こうして話す度話す度、ズレた視線を向けられると、否が応にも気になってしまう。


 何度か、そのズレた視線の理由を聞こうと思ったことがあるのだけれど。

 しかし、何となく聞きづらくて、未だに聞けずにいる。

 そもそも、こういう時、なんて聞けばいいのかすら分からないですし。


 『十五夜さんって、ちょっとズレてますよね?』


 とでも聞けばいいのだろうか。

 それ自体、かなりズレた質問のような気がしないでもない。

 隣の席の女子に、そんな質問をする勇気は、残念ながら僕にはないです。


 ともかく。

 それが、十五夜さんと僕の関係で。

 そして問題なのは、現在の状況だった。


「…………」


 十五夜さんが、僕の目の前で固まっている。

 無言で、その場に立っていて。

 ただ、視線はやっぱり、上に十五センチズレている。


 どうしよう?

 これ、何か話しかけた方が良いのだろうか。

 このまま鞄を持って帰る選択肢が一瞬浮かんだけれど、何故か恐ろしい結末が待っているような気がするので、話し掛けることにする。


「あの、十五夜さん? 一体、何を」

「ちょっと待って」


 十五夜さんは、喰い気味に僕の言葉を遮った。


「今、アナタの名前を思い出すから」

「覚えられてなかったんですか!?」

「大丈夫。おヘソ辺りまでは出て来ているから」

「覚えられてなかったんですね……」


 勇気を出して話し掛けたところで待っていたのは、隣の席の女子に名前すら覚えられていないという、恐ろしい結末だった。

 もう隣の席になってから、三ヶ月は経とうとしているのに。


 期待していた訳でもないけれど、ひたすらに悲しい。

 涙が出そうですよ。


 いや、きっとド忘れしているだけに違いない。

 隣の席ということは、名前を耳にする機会も沢山ある筈なのだから。


 念の為、最初と最後の一文字をヒントで教えてみる。

 これで、すぐに思い出してくれる筈だ。


「……思い出したわ」

「……良かった」


 ヒントを教えて、十五秒ほど経過したところで、十五夜さんは目を開けた。

 正直、時間がかかり過ぎな気がしないでもないけど。

 でも、こうして無事に思い出してくれたのなら良かった。

 本当に良かったです。


「アナタは十五夜くんだったわね」

「それは十五夜さん自身の名前ですよね、十五夜さん?」


 堂々と間違えられましたよ。


「あら、そうだったかしら?」

「そうですよ、十五夜さん」


 そもそも、そんな珍しい名字が同じクラスに二人もいてたまるかって話ですよ。

 生き別れの兄弟でもあるまいし。僕達は、家族でも、親戚でもないです。


「冗談よ。ちゃんと覚えているわ」

「え?」


 そう言って、十五夜さんが口にしたのは確かに僕の名前で。

 しかし何故か、それは名字ではなく、名前の方だった。


「間違っているかしら」

「い、いえ……合っていますけど」


 突然名前の方を呼ばれたせいで、つい反応が遅れてしまう。

 何しろ、仲の良いクラスメートにすら、名前で呼ばれることはまずない。

 自分の名前なんて、家族くらいからしか呼ばれることがないのだから。


「やっぱり、呼び慣れた名前の方がしっくり来るわね」

「そ、そうですか?」


 こっちは違和感しかないんですけども。

 というか、呼び慣れたって、僕の過去に、十五夜さんに名前を呼ばれた記憶なんて全くないんですけども。


「ほら、名前で呼び合うのが、一番素敵な距離感だって思わない?」


 僕の戸惑いを知ってか知らずか、十五夜さんは言葉を続ける。


「だって、それ以上距離が近付いたら、あとはもう『おい』とか、『お前』とか、『この豚野郎!』とかしかなくなっちゃうもの」

「そんな呼び方をされることって絶対あり得ないと思いますけど!?」

「この豚野郎!!」

「呼ばれた!?」

「……あら、喜ばないの?」

「それで喜ぶと思われていたんですか」

「前呼んだ時は、あんなに喜んでいたのに……」

「呼ばれたことありませんよ!? だから、呼ばれても絶対喜びませんって!」


 普段どんな風に思われているんですか、僕は。

 正直、物凄いショックなんですけど。

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