Section.9
彼女は応えなかった。ただ屈んだ。そして、まるで当然と言うようにナイフを拾った。
あぁ、と僕は頷いた。彼女は生きたいんだ。それは当然だろう。僕だって死にたくなかった。死ぬのは痛いし、怖いし、嫌だ。実験者達はあまりにも愚かだ。新たな情報を与えると同時に、自己を認識できるモノを潜ませて、何度繰り返しても同じこと。
どうせ、僕達は理想の兵士になんかなれっこない。
後から、あなた達は、僕の記憶を、律儀な描写を続けてきたこの意識を見るのだろう。
そろそろ、いい加減わかってもらいたい。
これから先、僕達は何度だって。
似たやり取りを繰り返すだけだって。
「―――さようなら」
僕と彼女の間の距離は十五センチメートルほど。そして、彼女は刃渡り約七センチメートルのナイフを構えている。つまり、僕達の間の距離は、正確には八センチメートル以下。そして、彼女がナイフを押し進めたので、僕達の距離は一気にゼロに近づいた。
でも、最初から、僕と彼女の間には、距離なんて存在しなかったのだ。
僕は僕ですらなく、彼女は彼女ですらない。
いつだって、僕らの差はゼロだ。
――――――今も。
そして激痛の果てに、僕の意識は断ち切られる。
ブツンッ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます