Section.9

 彼女は応えなかった。ただ屈んだ。そして、まるで当然と言うようにナイフを拾った。


 あぁ、と僕は頷いた。彼女は生きたいんだ。それは当然だろう。僕だって死にたくなかった。死ぬのは痛いし、怖いし、嫌だ。実験者達はあまりにも愚かだ。新たな情報を与えると同時に、自己を認識できるモノを潜ませて、何度繰り返しても同じこと。


 どうせ、僕達は理想の兵士になんかなれっこない。


 後から、あなた達は、僕の記憶を、律儀な描写を続けてきたこの意識を見るのだろう。


 そろそろ、いい加減わかってもらいたい。


 これから先、僕達は何度だって。


 似たやり取りを繰り返すだけだって。


「―――さようなら」


 僕と彼女の間の距離は十五センチメートルほど。そして、彼女は刃渡り約七センチメートルのナイフを構えている。つまり、僕達の間の距離は、正確には八センチメートル以下。そして、彼女がナイフを押し進めたので、僕達の距離は一気にゼロに近づいた。


 でも、最初から、僕と彼女の間には、距離なんて存在しなかったのだ。


 僕は僕ですらなく、彼女は彼女ですらない。


 いつだって、僕らの差はゼロだ。

 

 ――――――今も。


 そして激痛の果てに、僕の意識は断ち切られる。


 ブツンッ、と。

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