Section.7

「私は言いましたね。この中には何もない。そして、あなたは言いましたね。ナイフが抜き身ではなく、ケースに入れられていたことには大きな意味がある。実はその通りなんです。だから、聞かせてください。あなたは何故違和感を覚えなかったんですか?」


 質問の意図がわからなかった。僕は型とケースの間に何かが仕込まれていると推測した。その確認を拒絶したのは、彼女の方じゃないか。


 それなのに、彼女は再び僕に憐れみの眼差しを投げてきた。


「型とケースの間に何かがあるかなんて、どうでもいいんですよ。もっと見て取れる異常があるでしょう? あなたはなんで、『ナイフケースの蓋の内側が鏡面になっている』ことを、無視したんですか?」


 あぁ、そうだ。その通りだと、今更、僕は頷いた。


 ナイフケースは、化粧箱でも何でもない。蓋の内側を鏡面にする必要性なんて皆無だ。それならば、何のために蓋は鏡張りにされていたというんだろう。


 考える僕に、彼女はケースを突きつけてきた。その手つきは、先程僕にナイフを向けてきた時よりも遥かに力強い。思わず、僕は目を背けた。


 さっきもそうだった。僕は鏡について語りながら、そこに映し出されていたものについては徹底的に無視した。その情報を描写せず、伝えなかった。


 ちょっと待ってくれ。一体、誰に?

 さっきから僕は誰に向けて、現状を語り、逐一報告をしているんだ?


「あなたはいつもそう。今回は多少の変化が見られたけれども結局同じ。だからこうして実験は繰り返される。全てあなたのせい………いえ、あなたのせいにしたいだけ?」


 ブツブツと彼女は呟き始めた。僕は猛烈な恐怖に駆られる。何が僕のせいだというのだろう。だって僕は被害者だ。そして被験者だ。そのはずだ。そうでなければおかしい。


 元々、僕はこの実験とは無関係な存在だ。この部屋の外の記憶だってある。


 真っ白で機能的なスチール棚。中にみっしりと並べられた娯楽本の背表紙。白い壁に埋め込まれた高画質スクリーン。最新製のBDプレイヤー。床上に積まれた毒々しいパッケージの山。悪趣味だ、という印象からして、僕自身が揃えた物ではないらしい。


 ならば、誰が揃えたものなんだろう?

 それに、スクリーンが埋められた壁は真っ白で………。


「あぁ、もう、たくさんっ!」


 そう、彼女は叫んで、


 ナイフケースの蓋の内側を僕に向けた。

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