Section.5
部屋中に、狂ったような笑い声が響く。ここで初めて、僕は強烈な恐怖に駆られた。
何せ、僕への殺意を持ってナイフを構えた人間が、目の前で大笑いをしているのだ。もしも、同じ状況に立たされて怖くないという人がいれば、僕は断言するだろう。
間違いなく、あなたは頭がおかしい、と。
口どころか目までカッと見開いて、彼女は笑い続ける。でも、その視線は一瞬ちらりと横にズレた。こっそりと、僕は彼女が見たものを確かめる。そして、ソレに気づいた。
無機的な、カメラ・アイ。真っ白な部屋の壁に、『目』が巧妙に隠されている。
やはり、僕達は誰かに監視されていた。でも、一体、何のために。
この狂気的な女と僕を一緒に閉じ込めて、何の結果を得たいと言うんだ。
「あぁ、面白い、面白かった! まさか、ここまで笑わせてもらえるなんて! これが楽しいっていうことなんですね! 産まれて初めて、誰かに感謝をしたい気分!」
涙さえ浮かべながら、彼女はやっと笑うのを止めた。どうやら、上機嫌なようだ。逆に、僕の警戒心はこれ以上なく高まっている。最早、彼女とは真っ当な対話など望めない。だが、そうして身構える僕の前で、彼女は意外な行動を取った。
ナイフの刃先を、僕から外したのだ。
突然の変化に、僕はついていけなかった。その行動は、僕への『殺意』に反している。こうした状況下での定石もまるっきり無視していた。
ただ、彼女は僕を見つめる。途端に、僕はすっかり落ち着きを失ってしまった。
彼女の目には、何故か、憐れみの光が満ちていたからだ。
「かわいそうに。あなたは間違えているんですよ。致命的に、どうしようもなく、それこそ最初から間違え続けている」
一体、彼女は何を言っているんだろう?
全く意味がわからなかった。でも、狂人の言うことなんてわからないほうが自然だろう。そう、僕が納得しかけた時だった。ナイフの切っ先を僕から外したまま、彼女は両腕を広げた。今までの華奢でひ弱な印象を投げ捨てて、彼女は堂々と僕に尋ねる。
「あなたは誰?」
僕にはわからない。そう言ったはずだよ。
「私は誰?」
それも、さっき尋ねたよ。まだ、君は答えてくれていない。
僕はそう返した。違うと、彼女は首を横に振る。そうして、続けた。
「どうして、あなたはまず、私達の名前を確かめようとはしないの?」
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