Section.4

 これは単純なゲームだ。


 室内には二人の男女と一本のナイフ。相手を刺殺した方が外に出られる。


 ルールは実に単純でわかりやすく、言い換えれば捻りがなかった。それなのに話し合いは困難で状況を打破する余地はないときている。現状、ゲームはゲームとして成立していなかった。僕の記憶を奪い、この部屋に拉致した連中にはやる気が全く見られない。


 もしかして相手の目的がデス・ゲームではなく、スナッフ・ムービーの撮影だとすれば状況の簡素さは異様だが、納得できなくもなかった。そして絶望度も桁違いにあがる。


 しかし、『実験』ならばまた話は別だ。


 それはそれで不吉な響きだが、『実験』には何らかの目的があるはずだから。


 そして目の前の彼女は、恐らくただの被験者ではなかった。


 これは推測だが、何らかの形で『実験』に関わっているのだろう。


 僕と同様に、彼女は自分も死に兼ねない状況に置かれていた。それが望んでのことなのか、そうでないのかはわからない。少なくとも、彼女は僕について何らかの情報を握っていた。更に、その態度は決して友好的とは言えない。


 今、最優先で僕がするべきことはなんだろう。最早考えることを止め、ナイフを奪うべきなのだろうか。彼女は真っ白で華奢で貧相だ。やろうと思えばできる気がする。だが、ナイフを握る手だけは妙に力強かった。今更、僕はそこからある感情を読み取った。


『殺意』。そう、確固たる殺意を胸に、彼女は僕と向かい合っている。


 そんな相手と対話をしようとするなんて、僕は浅はかだった。飢えたライオンと意思疎通を試みるようなものだ。だが、今は反省している場合ではなかった。殺意に満ちた相手から、凶器を奪うのは難しいだろう。それならば一体どうするべきなのか。


 考えに考えた末に、僕は尋ねた。


 実験の目的は?


「………実験?」


 そう、さっき君が言ったんだ。『この実験の直前』と。これはゲームじゃない。何かの実験。それならば、計画者は何らかの結果を求めているはずだ。一体ソレは何だい?


 君は知っているんじゃないのかな?


 そうして、僕は彼女の意表を突こうとしたのだ。問いかけには、予想以上の効果があった。彼女の唇がぴくりと震える。動揺を誘えた、と思ったら違った。


 もっと、大変なことが起こったのだ。

 おかしそうに、彼女は大口を開けて笑い始めた。

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