中
「……は?」
運動すると肌が汗ばむくらいに暑い、六月の昼休憩。食堂で同じクラスの
いやだって……冗談だろ?
「それが、本当なんだよ」
どこかいらっとする楽しそうな顔で、倉本は主張した。
……人で遊びたがるお前が言っても信じにくいんだよ――――なんて言えねえよなあ。こいつは優男のなりして、口はとんでもなく達者だからな。言い返したらぜってえ、倍近い返しが直後か今日中に返ってくる。
とはいえ、美伽が男子にそれなりに人気なのは俺も知ってる。とびきりってわけじゃねえけど元読者モデルの
つうか、問題はそれよりも。
「どこの誰だよ、そんなアホをやったのは」
「僕の幼馴染みの
涼輔……。出てきた名前ですぐ、馬に蹴られるべき野郎の顔が頭に浮かんだ。
確か、
「前に
「マジかよ……」
教会ってことは、家の近所にある、ここだけヨーロッパかよと錯覚したくなる本格的な外見と内装のあの教会だろうな。俺と美伽は保育園に通ってた頃あの教会へたまに行かされることがあって、その縁で美伽はキリスト教徒じゃないのに今でも足を運ぶし、神父さんに歌を頼まれたりしてる。
確かに、あそこで歌う美伽はとても綺麗だ。ステンドガラスから差し込む光を浴びた、凛とした空気や表情、耳に優しい澄んだ声。今まで何度見惚れ、聞き入ったことか。
でも、だからって他の男があいつに見惚れるとか――――ふざけんな。
「やきもちかい?
「ばっなんでそうなるんだよ。悪趣味な罰ゲームに付き合わされてるんじゃねえかって、幼馴染みとして心配になっただけだっての」
「ふうん? まあ安心しなよ。涼輔の告白は水野さんをからかうためのものじゃないし、水野さんは結局断ったそうだから。涼輔が気落ちしてたよ」
「……」
こいつ、ぜってえ俺で遊んでるだろ。これだからこいつは嫌なんだ。
腹が立ったから睨みつけてやったけど、倉本はそんなの知らねえとばかりに涼しい顔で紅茶を飲む。ったく、見た目は優男のくせにとんだ腹黒野郎だよな。こいつに熱上げてる女子は多いけど、本性見せてやりてえよ。
良いのか悪いのかよくわからない気分のまま昼休憩が終わり、授業も終わって放課後になる。でも家の防音室は今伯父さんが占領してるから、すぐには帰らない。久しぶりに練習室で練習だ。
そうして練習室へ向かう途中で、俺は美伽と一緒に練習室へ向かうことになった。
「そういや、
「強制的にな。体育委員のダチとゲームやって負けたら、やれって言われた」
「あはは。じゃあ走るんだ。桃矢、走るのは得意だもんね」
「だからお前、俺を犬扱いすんなっての」
なんでいつも俺を犬扱いするんだ、こいつは。去年のクリスマスパーティーだって、俺に犬のTシャツ寄こしやがって。そりゃゴールデンレトリバー飼ってるけど、俺は飼い主だっての。
俺が軽く睨んだっていうのに、美伽はあははと笑って流す。こいつは……。
「まあ、怪我しない程度に頑張んなよ。足と体力は桃矢の数少ない取り柄だし」
「お前な……」
誰が体力馬鹿だ、誰が。そりゃ確かに、体力には自信があるけどよ。お前も部活入ってない女子にしては体力あるだろうが。
そんなふうに、練習室への道のりは軽口の叩きあいだ。美伽の様子はまったくいつもと同じで、告白されて浮かれてるとかそういう感じもない。俺の隣でくるくる表情を変えてる。
まあ、告白されたとかしょぼい自慢みたいなこと、俺だって一々話したりしねえしな。ましてや同じクラスの友達と思ってた奴からのなんて、美伽が話すはずねえよなあ……。
…………そう理解できるのに、なんか納得がいかねえ。同時に、すげえほっとしてもいる。
…………?
歩いてる最中、妙な視線というか気配というか、ともかく何か圧力がかかってるような気がして俺は眉をひそめた。その場で足を止め、辺りを見回す。
…………あいつか…………。
生徒が行き交う廊下で一人立ち止まる生徒が目に留まった。スマホや窓の外を見もしないそいつは、俺と目が合っても慌てて視線を逸らしたりしない。まるで俺が熊か何かだとでもいうみてえに、じいっと見つめ――――いや睨み返してくる。
「…………」
野郎と見つめあう趣味なんてねえ。俺はすぐ視線を外し、意識からあいつを外した。
大木涼輔。倉本が話してた、美伽に告白してふられた奴。
――――俺ができてないことをした奴。
……………………
「桃矢? どうしたの? 急にぼうっとして」
美伽は大木に気づかなかったのか、歩きながらきょとんとした顔で俺を見上げてくる。まあ美伽は窓側で、俺を見上げる形になってるから気づかなくて当然だけど。
俺はなんとなしに優越感と後ろめたさを感じて、美伽にはわり、とだけ言ってごまかした。けどそんな仕草、不審がるのが普通だ。口にするかどうかは別として。
この場合の美伽は、後者だった。
「もしかして桃矢、熱でもあんの?」
「ねえよ。あったらさすがに即帰ってる」
「まあそうだよねえ。でもホント、体調と怪我には気をつけなよ? あんた、コンクールに応募するんだから。応募用の動画撮る予定の日まで、そんなにないんでしょ?」
心配とかしょうがないなあとか、そういうのを少し混ぜた微笑みで美伽は言う。窓から入った光が、美伽の髪や顔の輪郭を際立たせる。
……惚れた弱みってホント、ろくでもない。こんな何気ないことにさえ簡単に心臓が跳ねて、さっきまでのもやもやがどこかに吹き飛んでいく。安い男だよな、俺。
そうこうしてるうちに、美伽が予約していた練習室の前に着いた。じゃあ、と美伽はあっさり扉を開いて中へ入ろうとする。
気づけば俺は、口を開いてた。
「美伽。お前、何時に終わる?」
「? 一応、五時半までだけど」
「じゃあ、終わったら105のほうに来いよ。俺、そっちにいるから」
「ええ? めんどくさい」
おいこら、何がめんどくさいだ。
「今朝、俺らの家の近所を包丁持った男がうろついてたって話があったろ」
「……あったけど、別にあんたと一緒にいたところで安全になるとは思えないんだけど」
「いいから、練習終わったら来いよ」
何考えてんの? とでも言いたそうな顔を無視してそう言い残し、俺は逃亡を図った。ちょっと桃矢、と呼び止める声がしたけどこれも無視。聞いてられるか。どうせ美伽は来るだろうし。
もちろん、これは一緒に帰るための口実だ。そんなことしなくても美伽は一緒に帰ってくれるだろうけど、なんとなく、今回は言い訳が必要な気がしたから。
予約した練習室に入って鞄を下ろし、俺は長い息を吐いた。
ああもう、ホントに俺――――――――
「だっせえ…………」
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