第9話 春のやまんば

僕は子供の頃から変な子供だった。

友達と遊ぶのがあまり好きでなく、

誘われても、今日は親と出かけるから、とか嘘を言って、

できるだけ断っていた。


そして僕はスケッチブックや虫取り網などを持って、

ひとりで近所のなだらかな山に行って、

シロツメクサの花畑を描いたり、

虫取り網で川のめだかを捕ったりしていた。


ある春の日、僕はいつものように、

ひとりで山を歩いていた。

すると、いままでみたことのないぼろぼろの小さな家を見つけた。

その家の草がぼうぼうに伸びきった庭にはぼろぼろの身なりの白髪のおばあさんが居て、

さびたドラム缶のようなものの中で服を洗って、物干し竿に干していた。

小春日和、日差しはまぶしく温かく、草は黄緑色に萌え、

モンシロチョウが静かにひらひらと飛んでいる。

そんな中にあるこの小さな家は童話の世界のようだった。


だけど僕はやっぱりなんだかドキドキして、その場に立ち竦んだ。

僕の居た場所はその家よりもちょっと小高いところだったので、

おばあさんは僕に気づかないようだった。

そのうちおばあさんは歌をうたいはじめた。

それはとてもおばあさんが歌っているとは思えない声で、

とても美しいメロディーだった。

それはこの春の山の光景とぴったりの曲だった。


しばらくすると、

ふとおばあさんは僕のほうををみた。

おばあさんの表情は、笑っているでもなく

おこっているのでもなく、かといって無表情でもなく、

僕には捉えられない感情をたたえていて、

僕はびくっとして立ちすくんでしまった。

おばあさんは僕に気づくと歌をやめ、

僕のほうに歩いてきた。


僕はみてはいけないものを見た気分になり、

転がるように山を駆け下り、家に帰った。


その日は、あのおばあさんが家までやってくるんじゃないかと

恐ろしかった。


それからも僕は山を出入りしていたけど、

もう2度とあのぼろぼろの家を見つけることはできなかった。

そして、あのおばあさんの歌ほど美しい歌には、あれから一度も出会っていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る