第10話 グリーンフラッシュ
年始というのは「家」のイベントだ。
それには家ごとの習慣があることが多い。
たとえば親戚が集まる習慣の家もあれば、
決まった神社へ必ずお参りに行く家もある。
もちろんなにごともなく平日と同じように過ごす家もあるだろう。
僕は海で初日の出を見ることを僕の家の習慣にしようと思った。
元旦の午前5時。僕は小学3年生の子供を車の助手席に乗せ、海に向かった。
「どこにいくの?」子供は言った。
「海だよ」と僕は言った。
その後は、海まで、そのまま何も喋らなかった。
子供の母親はいない。
子供が生まれて1年で僕と離婚したからだ。
離婚が決まったとき、僕は、子供は母親が引き取りたがるだろうと思っていた。
そして僕は養育費を払おうと思っていた。
だけど、母親は子供を僕に渡し、どこかに消えてしまった。
離婚の原因は何だっただろうか、そもそもなぜ結婚したのだろうか。
今では僕は子供の母親の顔も思い出せず、思い出も思い出せない。
いつだって毎日は洪水のように流れ、僕の記憶を押し流していく。
僕は何が起ころうと、とりあえず今を乗り越えていくしかないのだ。
海に着き、僕たちは堤防に登って朝日を待った。
まだ空は暗い。雲ひとつなく、満天の星がきれいだ。
「寒いねえ」と僕は言った。
「ほんとだねえ」と子供は言った。
去年のある日、僕は小学校に呼ばれた。
子供がクラスメイトの子をいじめたからだった。
話によると、子供は、昼休みにクラスメイトの子と、使われてない旧校舎に忍び込んでかくれんぼをして遊んでいたのだが、クラスメイトの子が隠れたロッカーについたてを立てて閉じ込め、置き去りにしたそうだ。
夜になっても帰ってこない子を心配した親が学校に連絡し、深夜にロッカーから、クラスメイトの子が発見された。
涙で顔が崩れ、失禁し、衰弱しきってうつろな表情で震えていた。らしい。
僕はクラスメイトの子の親に恐ろしくひどく怒られた。
僕の子供もさらに恐ろしくひどく怒られたようだ。殴られた跡もあった。
教師は、二人は親友で、いつも一緒に笑い転げて遊んでいた。
どうしてこんなことをしたのかわからない。と言っていた。
僕はただ頭を下げて謝ることしかできなかったが、
僕の謝り方が気に食わなかったようで、僕はクラスメートの親に殴られた。
クラスメートの親は、「親子そろって人でなしだ!」と言った。
空がうっすらと藍色へ変わり、そして藍色から群青に変わってきた。
「もうすぐ日の出だよ」僕は言った。
「うん」子供は言った。
群青が青空に変わっていく、そして太陽が見えた瞬間、
突然あたりがパッと緑色の光に包まれ、一瞬で消えた。
僕はその光の美しさに一瞬呆然とした。
「すごい!今の見た!?」と子供が腕に飛びついてきて我に返った。
そんな無邪気な子供の姿を見るのは初めてだった。
「空が光ったよ!何あれ!すっげー!」
「あれはグリーンフラッシュ現象だよ」
「へえー。うちに帰って検索してみる!」
僕は前にも同じ光景を見たことがあった。
僕の頭に突然子供の頃の記憶がよみがえった。
父とキャンプに行ったとき、僕は肩車をされ、この光景を見た。
僕は子供を肩車した。そういえば今までやったことがなかったかもしれない。
「あ!太陽が全部昇ったよ!」と、初日の出を指差して子供ははしゃいだ。
そして子供は言った。
「父さん。僕は悪いことなんて本当はしたくないんだよ」
「うん」と、僕は答えた。
「わかってるよ。転校しようか。」
今年は子供といろんなところに出かけようと思った。
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