第05話「TAKE A SPACEWALK」
ドンソクたちが重いハッチを閉め、しっかりとロックする。ジェラルドの「OK」のサインを確認すると、僕はゆっくりとバルブをひねり、機密室の空気を抜く。
機密室内の空気が完全に抜けきるまでには予想以上の時間がかかり、僕は船外活動服の中で、それをじりじりと待った。
空気が抜けると、最後にもう一度アンビリカルケーブルを確認して、自分の呼吸の音しか聞こえない静寂の中、人間の領域とその力の及ばない無限の領域を隔てる頑丈な外部ハッチを開く。
そこに広がっていたのは、窓越しに眺めるのと同じ美しい星の海。そして、窓越しに眺めていた時には感じることのなかった、圧倒的な不安感。
僕はまるで自分が高い崖の淵に命綱もつけずに立っているような、それとも全能の神の前に全裸で立つ矮小な一個の人間のようなとでも言った方がわかりやすいだろうか?
そんな感覚に体を震わせた。
ヘルメットのバイザーに活動可能時間が点滅する。
1時間13分25秒。
完全充電とはいかないが、船外活動服にはまだ十分バッテリーが残っている。
ここ数年でずいぶんスリムになった最新の船外活動服の中は、むしろ最低限の生命維持以外の電源をカットされている船内よりも快適なくらいだ。
内蔵されたヒーターによって、ゆっくりと氷が溶けるように寒さから回復する指先の感覚を確かめ、僕はスペースシップの外壁へと震える足を踏み出した。
大気圏突入時の摩擦を考慮して、できる限りなめらかに作られた船体には、掴まることのできる突起などはほとんどない。
電磁石の力で船体を這うように進み、僕はわずか2メートルの距離に8分ほどをかけ、展開されている太陽光パネルの根元へと取りついた。
ゆっくりと深呼吸をして、ドキドキと脈打つ頭へ酸素を送る。マニュアルの内容を頭の中で再確認しながら、故障したパーツを取り外した。
想像していたよりも時間はかかったが、案外簡単にパーツを外し、腰のバッグから取り出した新しいパーツを同じ場所に収める。
カプラーのロックがしっかりと噛み合っているのを確認して、僕は緊張でチカチカする目を何度か
バイザーに表示された残り活動可能時間は37分13秒。予定以上に時間はかかっているが、想定の範囲内だ。
作業は終わった。あとは船内に戻って、ソフトウェアを再起動させてやるだけで良い。
ほっと一息ついた僕は、薄ぼんやりとした非常灯の明かりしかない窓の向こうで、ヨランダが部屋のコントロールパネルにうずくまっているのに気付いた。
さっきの騒ぎで彼女は怪我をしていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。
僕は改めてレジーへの怒りに襲われ、思わず震える手を握りしめた。
怒りをこらえ、手の震えを止めようと呼吸を整える僕の見つめる先で、顔を上げたヨランダと目が合う。
驚いたように窓際まで走ってきたヨランダに向かって、僕は安心させるように身振りで交換は終わったこと、もう大丈夫であることを伝えた。
彼女は不安げに周囲を見回し、最後にまたコントロールパネルへと視線を戻すと、窓に白い息を吹きかけ、「OK?」と文字を書く。
僕はにっこりと笑って親指を上に向けた。
窓の文字をふき取って駆け出す彼女を見送り、僕はまた電磁石に命を預けて船体の表面を這う。
もう少しで外部ハッチに手が届くという位置で、僕は船体に微妙な振動を感じた。
「なんだ?」
思わず独り言が漏れる。
しかしそんなことに構っている余裕はない。
僕は機密室へと転がるように飛び込み、こわばって筋肉痛すら現れている両手両足で、内部のバーに縋り付いた。
内部へと続くハッチの窓からドンソクたちの喜ぶ顔がよく見える。
船内は明るく、どうやら僕が操作するまでもなく、電源が復旧していたようだった。
とにかく一刻も早く船内へ戻りたい。
僕は外部ハッチに手を掛けてその頑丈なハッチを閉じようと力を込める。
しかし、開くときには動いたそれは、今は何かロックでもかかっているかのように微動だにしなかった。
押したり引いたり、僕は外部ハッチと格闘する。
最初は笑って僕を見ていたドンソクたちが、さすがに何らかの異常事態を感じ取ったのは数分のあとだった。
窓越しにハッチが閉まらないことを身振りで伝える。
彼らは慌ててハッチを閉める方法を確認しはじめた。
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