第04話「SOLAR CELL」

 非常灯に切り替わった船内は、先ほどまでに輪をかけて薄暗い。

 ジェラルドが自室から飛び出すのが見え、さらにその後ろからヨランダとレジーの姿も目に入った。


「何があったんじゃ?」


「わかりません。僕たちも今来たばかりで……」


 まさか遺体を調べていたとも言えず、なんとなくごまかしながら全員がそろうのを待って、僕たちは今出てきたばかりの操縦室のエアロックを開く。

 一瞬アランの遺体へと視線を向けてしまった僕は、熟した果物のように膨れ上がった顔を思い出し、こみ上げる吐き気を何とか飲み下すと、サブパイロットコンピューターのスクリーンへと向かった。


 スクリーンには「EMERGENCY」の赤い文字が躍る。

 ジェラルドに手渡されたマニュアルを見ながら、僕がシステムのオートパイロットモードを一時的に解除すると、船に鳴り響いていた警報音は止まった。


「通信も通じねぇ。いったい何が起こってる?」


 レジーが緊急用の通信装置をガチャガチャと手荒に操作したが、何の反応も無いようだ。仕方なく僕はマニュアルを読み進め、サブパイロットコンピューターによる自動診断をスタートさせた。


「器用なものじゃな」


「一応ソフトウェア系のエンジニアですから」


 感心したように僕を覗き込むジェラルドに笑いかけて、僕は診断が終わるのを待つ。

 ほどなくして画面に表示されたのは7ケタの数字で、それは緊急マニュアルの対策番号であるらしかった。


「……どうも太陽光パネルの故障らしいです。このままでは――」


 言いかけたところで船内の照明が全て落ちる。

 低く唸っていた空調の音も止まり、船内は静寂に包まれた。


「――電源が落ちます」


「クソがっ! おいっ! イエロー! なんとかしろ!」


 レジーがパイロットシートを蹴とばして騒ぐ。

 反動で部屋の反対側へ向けて飛んで行ったらしいレジーが、聞くに堪えない罵詈雑言を叫んでいる間に、真っ暗な船内をパッと小さな明かりが照らした。


「原因が分かったのだ。マニュアルには対処法も書いてあるのだろう?」


 ペンライトを手に握ったドンソクが、僕の持つマニュアルに光を向ける。

 実のところ、電気が消える前に対処法については確認済みだった。


 僕はペンライトの明かりの中、もう一度その文章を読み直すと、その文字が示す残酷な現実に頭を抱えた。


「どうしたんじゃ? 対処法は書いておらんのか?」


「いえ、対処法はあります。倉庫にあるアッセンブリーパーツを故障したパーツと丸ごと交換するだけです」


「ならばなぜ頭を抱える?」


 ドンソクは、僕の反応にイライラとマニュアルをひったくると、自分で該当する項目を読み始めた。

 文章を読み、僕の説明と合っていることを確認したのだろう、何度か小さくうなづきながら読み進める。


 そのまま、最後の図へと視線を走らせたとき、ドンソクは顔を上げて僕の目を見た。


「……交換するパーツは、船外にあるのだな」


「うん」


「つまり」


「交換には船外活動が必要なんだ」


「訓練も何もしたことのない我々がやらねばならない訳か」


「パイロットが……いないからね」


 僕は恨めし気にアランの遺体へと目を向ける。

 沈黙が下りてきた船内で、ジェラルドが僕の肩にポンと手を置いた。


「ワシがやろう。なに、若いころは海兵隊でならしたんじゃ。若いもんにはまだまだ負けんよ」


「いや、ミスタージェラルド、ここは若い者に任せていただきたい」


「そうですよジェラルドさん」


「危険な任務じゃからの。こういうもんは老い先短いもんがやるべきじゃ」


 ジェラルドは船外活動服とパーツを取りに倉庫へと向かう。慌てて僕たちもそれに続き、電気でのアシストがなくなった重い扉を協力して押し開いた。

 まず最初に、ドアの横に設置してある取り外し式の非常灯を確保する。

 ちょうど1リットルの牛乳パックくらいのサイズの照明は、周囲を明るく照らした。


「……あった」


 マニュアルとパーツの番号を比べ合わせて、皆で何度も確認した僕たちはそれを手に立ち上がる。

 船外活動服も手に入れた僕たちは交換の手順を何度も打ち合わせた。


 いつのまにか、皆の息は白くなっている。ジェラルドの付けていた腕時計を確認すると、船内の気温は10度まで下がっていた。


「時間の猶予もなさそうじゃ。早速やるぞ」


「いえ、やっぱりここは僕が行きます」


「しつこいのう。ワシを信用せい」


「いや、ミスタージェラルド。パーツは一つしかないのだ。どのみち失敗すれば全員死ぬ。ならば少しでも機械に詳しい、確率の高い者がやるべきだと私は思う」


「誰でもいい! 早くやれ!」


 両腕で自分を抱きしめるようにして寒さをしのいでいるレジーが、イライラしたように僕らの会話に割って入った。

 彼の背中を温めるようにさすっていたヨランダの表情に苦しみが走る。


 僕はレジーをひと睨みすると、ジェラルドの手から船外活動服のヘルメットを受け取った。


「……ホテルのバーで酒でもおごらせてもらえるかの」


「ええ、一番高いのでお願いします」


 笑いあう僕とジェラルドの背後で、レジーがまた唾を吐く音が聞こえる。

 せっかくだ、一つ注意してやろうと振り返った僕の肩に、温かい腕がふわりと乗せられた。


「ごめんなさい宗也、……気を付けて」


 背中から腕を回したヨランダが、僕を抱きしめている。

 彼女の腕にぽんぽんと手を乗せて、ふわりとかかる彼女の髪のにおいを感じた僕が返事を返す前に、彼女は手荒く引きはがされ、壁に向かって吹き飛ばされた。


 きれいに整理された倉庫の壁に、ヨランダが叩き付けられる。

 彼女を放り投げた反動で自分も反対の壁に向かって吹き飛んだレジーが、顔を真っ赤にして喚き散らした。


「ヨランダ! このビッチが! お前は部屋に戻って居ろ!」


「レジー! やりすぎじゃ!」


 壁を蹴ってもう一度ヨランダへ殴りかかろうとするレジーを空中でジェラルドが捕まえる。

 それでも暴れようとする彼を男3人で取り押さえると、僕は視線でヨランダに部屋へ行くようにと促した。

 口元から血を流した彼女は、一瞬気の強そうな目でレジーを睨むと、ハッとしたようにいつもの頼りなげな表情に戻り、部屋へと向かう。


 その後、やっと落ち着いたレジーを言い含めて、僕らは船外へ続くハッチの前に並んだ。


 もう何度も確認する時間は無い。

 それでもできる限り手順を頭に入れて、僕は機密室へと入った。

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