サイレント(仮)
智恵子
第1話 恐怖と勇気は紙一重
”ーーお伝えします。現在、〇〇県〇〇市で銀行強盗が発生しました。どうやら犯人は人の出入りが多い時間を狙ったようでその時に中にいた人全員を人質に捕らえたようです。銀行前には多くの警察が待ち構えていますが犯人は一歩でも近づけば人質を殺すと主張。犯人は複数いるようで顔を特定されないようマスクや帽子、サングラスなどを着け手には拳銃や刀を所持しています。此処からでは中がどうなっているのか分かりません。今は誰1人殺されないことを祈るばかりです。次に警察はーー”
パチ。
消されたテレビの液晶画面に映る複数の人達。続きが気になるのに無理矢理消された上、その行動を起こした人を黙って見つめた。
変わりばえのない日々の中で突然訪れた災難。事故や病気、死というのはいつでも運で決まると彼女は思っていた。それは実際自分が体験したことがないのだから良く言えば第三者目線、悪く言えば所詮他人なのでどうなっても気にしない、という意味。
しかし現に今が死への道のりならそんな事、思える場合でもなかった。
どこまでも白い壁にこれでもかと高価そうな石で作られた床、この街で一番利用されてる銀行に自分と大勢の人は普段座らないであろう床に座ってる。
嬉しくないことに今の状況は確実に死の一歩手前。しかし未だに第三者目線でその状況を見ているのだから人間の脳というのは随分とお気楽なものだ。
彼女は銀行強盗に襲われながらも目の前に立ってる黒尽くめの集団を呑気に観察しているのだから自分の現実逃避に心底呆れる。
ーーなんでこんな事になったんだろう。
彼女ーー早瀬椿は女々しく思う。
椿はただいつも通り親に振り込んでもらったお金を下ろしにきたその矢先に銃やら刀やら物騒な物を持った集団に襲われたのだ。銀行強盗なんてありきたりな事件だがこの集団は他とは少し違う。
例えば見た目で判断するならみんな背格好がバラバラで統一してない。強盗が銃を持ってるのは理解できるが包丁ではなく何故かこのご時世に刀を持ってる人がいる。
ーーなにそれ普通に怖い。
頭のおかしい集団がどこからともなく姿を見せ、椿の頭部に銃を突きつけられた時は肝が冷えるのかと思った。一人一人その場で座らせてるということは椿は自分たちが人質なのを頭では理解したが心は追いついてない。
ここ数時間ずっと座ってるのでお尻も痛い。そして人間なので腹も減る。
1番背の高い男がずっと携帯で誰かと電話してるあたり警察か政府に人質の代わりにお金の要求を交渉してるに違いない。
よくある話だ。でもそのよくある話に椿はまさか自分が関わるとは思いもしなかった故、こんな中でも悶々と意味のないことを考えてる。
終わりの見えない現実逃避にバァーンという鋭い音で現実に戻った。
何が起こったのかさっぱりわからない。音のした方に顔を向けようと思ったら自分の足が濡れていくのを感じる。まさか、と思いながらも自分の予想している事実を否定したい気持ちに恐る恐る足元を見れば、文字通り身体が固まった。
血の海。
鉄の匂いが鼻を突き抜け脳にまで伝わる。ドロッとした液体が靴に染み込み直接足の裏にまで血が伝わってその感覚に身震いした。
血が溢れてくる流れを辿っていくように顔を上げれば斜め前には身体を震わせてる女の人と、その人に銃口を向けている1人の犯人。
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!!」
誰かの叫び声が耳をつんざく。
パニックを起こしてる人もいれば泣いてる人もいる。そして椿のように放心して身体を動かせない人もいた。
怖い、恐いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイーー
頭に埋めつくされるのはその言葉だけ。
「いいか、お前らもこんな風になりたくなかったら人質らしくしてろ。」
静かで冷たい青年の声にドキッと心が飛ぶ。見せしめ、だったのか。その為だけに人を撃ったのかと常識ではあり得ないことをこの犯人はやった。
けど、パニックに陥ってる人にそれは逆効果のようで多くの人は頭が狂ったように叫び、泣いている。
煩い人質を黙らせる為なのかまたその銃口は隣にいる幼い少女に向けられた。その少女は隣にいる女の人に泣きながら”ママ”と叫んでるため自分に向けられた銃に気付いてない。隣にいる母親であるその人をよく見れば脚を撃たれて痛さに顔を青白くさせ泣くのを耐えながら身を屈めていた。
まだ、死んでない。
その事実に椿は金縛りにあった身体がゆっくりと解くのを感じる。しかしその安否はすぐになくなった。
まだ銃口が少女に向けているのを見て大人でも死にそうになっているのにまだ幼い子供にどの箇所に当たっても死んでしまう。
それを、この犯人は分かっているのだろうか?
またもやバァーンという音がまた鳴り響く。その衝撃にパニックだった人は静かになり、音がした方向に恐れながらも目に写した。あれ、と誰かが言ったのが聞こえる。そこには銃で撃った犯人と、倒れているはずだった子供が消えていた。
残ったのは銃口から出てくる煙と弾が床に当たったであろう跡。
はて、どこに子供が消えたのかと疑問に思っていた人達はその場所から1つ後ろにいる人に目を向けた。驚くのを通り越して顔が固まるのは仕方がないと思う。
だって、そこには子供を抱えてる女性がいたのだから。
どうしてこんな事をしたのだろうか、と椿は自分の行動に激しい後悔が押し寄せた。自分は人を助けたかったわけでも正義ぶって命を懸けてまで腕の中にいる少女を救いたかったわけでもない。
本当に、咄嗟の行動だった。
犯人の引き金に掛かってる指が少し動いたのを見て考えずに少女を自分の所まで引っ張ったのだ。震えてる女の子を抱きしめながら椿は自分の行動の意味を考える、がそれも今は出来ない。
犯人の銃口がこっちに向いている。
やはり怖いのだが、不思議と今はなんでも出来るような気がしてならない。あまりの恐怖を理解するのにキャパオーバーしてその機能が壊れたのだろうか。
少女を自分の後ろに隠しその場に立った、のだが目の前にいる青年にに椿は驚くしかない。
背が、自分と同じぐらいなのだ。
ただの小さな男なら椿は納得したが先程聞いた声から察するにまだ声変わりする前の男の子の声であったのを今更ながら思い出した。
「あんた、なんのつもりだ?」
声変わりしていないのに低い声に身体が拒否反応を起こしてる。思わず動揺して震えた身体に両腕を組んで二の腕を摩った。
氷のような冷たい声に鳥肌が立ち震えてる自分に気づいた犯人はマスクの下にあるにもかかわらず口角が上がったのを椿は感じる。
「なんだ、正義の味方ってやつだと思ったのだが実際はただの馬鹿か。」
鼻で笑うようなその言い草に腹が立つ。
自分は馬鹿でもなければ正義の味方でもない。成り行きでこうなってしまったのだから仕方がないと椿は思うがそれを馬鹿なんだと気づいてしまい何も言えなくなった。
顔を伏せた椿は床に散らばった血を見て何故だが無性に怒りが募る。
なぜ、自分はこんな奴に怯えなければいけないのか。
なぜ、こんな理不尽な目に遭わなければいけないのか。
なぜ、子供の目の前で母を撃ったのか。
なぜ、なぜなぜ!!
答えがわかってる疑問がいつまでも身体中を巡る。意味もないことだとわかってるがどうしても目の前にいる犯人が、青年が憎く感じてしまう。
「馬鹿はあなたでしょ。」
一言だけ、たった10文字以下の言葉が部屋に響く。さっきまで笑っていた犯人は自分を見て今度はどんな顔をしているのか想像できなかった。
サイレント(仮) 智恵子 @Tubaki22
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