第3話「蒼き鉄騎は闇夜を越えて」Bパート

「!」

 二林の表情が変わった瞬間、雪路のジオボーグ特有の感覚が何かの接近を伝えた。

「ッ!!」

 雪路はマシン・オズの変形したアタッシュケースを体の後ろに隠すと、突如飛びかかってきた黒スーツ男の胸板に思い切り前蹴りを食らわせた。

「はぁッ!」

 さらにすかさず、体勢がよろけた男の足を引っかけよろけさせ、つんのめって晒された背中に肘打ちを食らわせた!

 ガシャン、と肉と骨でできた人体にはそぐわない音を出して黒スーツの男は倒れる。

「……ほう」

 倒れたまま動かない黒スーツの男を見下ろしながら、二林が声を上げる。

「要人警護用のアンドロイドなので戦闘用に比べれば多少は劣るのですが、まさか一撃で中枢を破壊するとは」

「ご挨拶ね。こいつ、私の頭カチ割ってでもこのアホバイク奪おうとしてたじゃない」

 二林の濁ったまなざしと、雪路の射るような視線が交錯する。

『は? アホ? アホって言ったな! ボクの事アホって』

「何度でも言ってやるわよアホバイク! 狙われてるのはあんたなんだからもうちょっと危機感持ちなさい!」

 そう言って、雪路は拳法の構えをとる。腰を落とし、アタッシュ形態のオズを持った左手は体の近くに寄せる。

「だっ、誰か来てくれ!!」

 西田教授が声を上げるが、二林は口元をゆがめて真似事のような嘲笑を浮かべる。

「無駄ですよ、この一角は私どもが封鎖しているのです。人通りが絶えていることに気づきませんでしたか?」

 すると、わき道から二人の黒スーツを着た男がなだれ込んできた。先ほど破壊したアンドロイドと似たり寄ったりの、四角いシルエットをした男たちである。

『何なのさこいつら! 無言で怖いんだけど!!』

「そりゃあ機械には気合を入れる必要なんか、ないからでしょうッ!!」

 ドロシーの問いかけに返しながら、雪路ははさみうちにしてくる黒スーツをぎりぎりのところでかわし、激突させる。少し隙ができたところで両者の後ろ襟首をつかみ、ガン、ガン、ガンと激突させる。駆動音を響かせ、身をよじりながら抵抗をするがかまわず打ち付ける。

『うわっ、また来たぁ!!』

 今度は四人。雪路は駆動音のしなくなったアンドロイドたちを放り捨てると、先手必勝とばかりに一気に距離を詰める。

「せいやぁッ!」

 気合を込め、うろたえる先頭の一人の腹めがけて正拳突きを食らわせる。

「あああああああッ!!」

 腹部がいびつに歪み、駆動音が止まるまで一か所に拳の連打を叩き込んでから蹴り飛ばす。

 すかさず拳を振り下ろしてくる二人目の腕を受け止め、逆に振り回して背後から襲い掛かってくる三人目にぶつける。倒れこんだところを狙い、すかさず二人目と三人目の腹部を踏み抜く。

 四人目は心なしか破れかぶれになったように突っ込んできたが、迎え撃つように回し蹴りを食らわせると吹っ飛び、地面に激突して機能を停止した。

『やりぃ!!』

 ドロシーが得意げに声を上げる。

「何をする、放せッ!!」

『教授!?』

 西田教授の叫びを聞いて、雪路は向き直った。

 新手のアンドロイドが、数人がかりで黒い高級車に西田教授を押し込もうとしている。教授は必死で抵抗するが、雪路が破壊したよりも大柄で、あからさまに機械然とした外見のアンドロイドたちにすっかり押し込まれてしまった。

『教授ッ!』

 ドロシーの叫びもむなしく、車は走り去っていく。助手席には二林が乗っており、真顔のままでひらひらと手を振っていた。

『そんなっ、教授……!』

 ドロシーが愕然とする中、アタッシュ形態のマシン・オズから携帯電話の着信音のような音が鳴りだした。

『何だよこんな時にッ! ちょっとお前、えーと……』

「雪路」

『そう、ユキジ! 上の蓋開けて、中の受話器取って! 電話になってるから!』

 ドロシーの言いつけ通りに、雪路はアタッシュケースから受話器を取り出す。

 少し経つと、わずかなノイズとともに受話器から声が聞こえてきた。

「やあ、お楽しみいただけたかな?」

 二林とは別の、神経質そうな成人男性の声だ。

『お前が二林の親玉かッ!! 教授を返せ!!』

「落ち着きたまえ落ち着きたまえ、DRT-1。君の力を試すゲームをこれからしよう」

 ゲーム。まるであの仮面の男のようなことを言う。そう思いながら、雪路は受話器を握る力を強くする。

「……いや、君の力というよりは、君とそこのヴァイパー・ジオボーグの力といった方が正しいかな?」

 受話器を落としそうになるのを、すんでのところで持ちこたえる。

「無論、我々にとって最大の目的はオズとDRT-1だが……私はジオボーグの力量にも興味があるんだよ」

 ジオボーグの暴虐の被害者か、スコーピオンの関係者か。もしくはあの仮面の男の……? 思考の渦が脳裏をめぐるが、優先しなければならないのは西田教授の安全だ。あくまで平静を保つ。

「場所はDRT-1宛てに送っておこう。分かっているとは思うが、一人と一機で来るといい。それ以外では西田教授の命は保証しない。健闘を祈るよ、うふ、ふふふ……」

 そして、通信は切れた。



「……」

『……』

 いくらかの間、雪路とドロシーは黙り込んでいた。

『ボクには、お金がかかるんだ』

 ぽつりと、ドロシーが言った。

『教授も研究室の皆も頑張ったんだけど、大学も国もお金を出してくれなくって。その時資金の提供を申し出たのが二林だったみたいなんだ。最初は善意だって言ってとんでもないお金をタダでくれるって言ってたから、みんな喜んでたみたい。それで……ボクが生まれた』

 俯いたまま、雪路はドロシーの話を聞く。

『でもそしたら、急にあいつらボクを……コンピューターと今まで蓄積したデータをよこせって言いだしたんだ。出なきゃ今まで出したお金を返せって。そんなの無理だからボクは行ってもいいって言ったんだ。でも……!』

 そこまで言って、ドロシーはしゃくりあげる。

「お願いだよ、ユキジ……! ボクをあいつらの所まで連れてってよ! 酷いこと色々言ったし、無関係だろうけどさ……ボクはどうなってもいい! 教授だけは助けたいんだ!」

「……」

 雪路はうつむいたまま動かない。

「ユキジ?」

「……私もね、あなたに謝らなければいけないことがあるの」

 そう言うと、雪路はトランク形態のオズを傍らに置いて顔を上げた。その眼には、感情の赤黒き炎が燃えている。

「スゥーッ……ハァーッ……」

 雪路は拳を握り締めながら顔の前で両腕をクロスし、ギリギリと指を震わせながら獣が爪を立てるかのように開く。

「グッ……ガァアアアアアアアアッ!!」

 そして魔物が人の皮を脱ぎ捨てるかのように、雄たけびを上げながら腕を開いていく! 黒紫の電撃がスパークし、その輪郭を曖昧にしていく!

『えっ……!?』

 ドロシーのカメラは、黒い装甲に覆われた赤い目の魔人を見上げていた。

「これが私の謝らなければいけない理由」

『ユ、ユキジ、なの?』

 黒い魔人……ヴァイパーは頷いた。

「この姿の時はヴァイパー・ジオボーグ……ヴァイパーって名乗ってる。色々あって、この体に変身れるようになった」

 そう言って、ヴァイパーは拳を握り締める。

「教授が連れ去られたとき、この姿なら助けることができたかもしれない。でも私は、知られることを心のどこかで恐れていた。その迷いが教授を連れ去られることを許してしまった……ごめんなさい、ドロシー」

『……何でボクに話したの』

「二つ、あるわ」

ヴァイパーは、アタッシュケースを顔の前に持ち上げて言った。

「一つ目は、あなたと私が『同じ』だから。私に入院してる弟がいるって聞いたでしょう? でもこのままでは死んでしまうの。蠍のジオボーグの毒にやられて、ジオボーグを倒し続けることでしか助けられない。人間だろうとコンピューターだろうと、大切な人がいなくなるかもしれないのを放っておけなかった」

 そう言うと、ヴァイパーはドロシーのスイッチを押した。アタッシュケースは機械音を立てて本来の姿たる蒼き鉄の馬に姿を変えていく。

「そしてもう一つ……あいつらにあなたを引き渡すんじゃない、一緒に戦うため!」

 ヴァイパーがそう言った時だった。

 重苦しい音を立てて、こちらに歩いてくる一団がある。日の落ちた闇の中に、ポツリポツリと赤い光が見える。

『あいつら……!』

 赤い一つ目状のカメラアイを持った鋼鉄の人型……西田教授を車に押し込んだ者たちと同じアンドロイドの一隊であった!

「ドロシー、最大速度で飛ばしてちょうだい!」

 マシン・オズにまたがり、アクセルをふかしながらヴァイパーは言う。その赤い目は、集団の歩みが小走りに、小走りが全力疾走に変わる姿を捉えていた。

『……分かった! 舌噛むなよッ!!』

 一人と一機は走り出し、青と黒の弾丸と化した! そして!

「突っ込むわよ、特殊合金製ボディーの威力あいつらに見せてやりなさい!」

『OK!!』

 ボーリング玉がピンを倒すかの如く、青黒の弾丸は戦闘用アンドロイドの一団を跳ね飛ばした!! アンドロイドたちは戦闘態勢に移る間もなく弾き飛ばされその身を鉄屑に変える!!

 そのままマシン・オズは、誰もいない道路を疾走する。

『ギギ、ギギギギギ』

『ジジジジジ』

『ガガガガガ』

 数百メートル走ったところで、横の路地から三台のオートバイに乗ったアンドロイドが合流してきた。

『何であいつらが来るって分かったの?』

「あなたがいなくても、教授と研究室の人たちがいれば多少時間はかかっても新しいコンピューターを作ることはできるでしょう? そうなると、事情を知ってる私たちは邪魔ってことになるわ」

『だからボクたちをおびき寄せて始末してやろうって算段か……むかつくぜ!』

 そんな会話をしながら、ヴァイパーはオズを駆ってバイク集団の体当たりをかわし、逆に体当たりし返して一台を横転させた。

 二台目は距離を詰めるとハンドガンを取り出し、ヴァイパーの腕めがけて発砲した。

しかし装甲を傷つけただけでそれもすぐ治ってしまう。最後はヴァイパーの放つ触手鞭で首を刎ねられ、それでも動くので鞭で胴体をえぐられると横転してオイルを路上に垂れ流した。

『やーりぃっ♪』

ドロシーの弾む声とともに、オズはスピードを上げる。

「まだよ、あと一人!」

『はいはい……うわぁッ!』

「どうしたの? ……これは!」

 ミラーを見て、ヴァイパーも驚きを隠せなかった。三台目のバイクに乗ったアンドロイドは、なんとロケットランチャーを担いでいる。そして……そのまま射出してきた!

『うわぁッ! くそっ、振り切って……!』

 するとヴァイパーは後方に触手鞭を伸ばし、なんと……向かってくる弾頭を掴んでしまった! そのまま触手鞭を回転させて、弾頭を後方へ、放った張本人であるロケットランチャー装備アンドロイドの方へ放り投げる!!

 爆発、炎上!! しかし振り返らず、雪路はドロシーのナビに従い全速力でオズを走らせる!!

『ヒューッ! やるじゃん!』

「まだよ、本当の勝負はこれから……もうすぐね」

『うん、あと1キロ。向こうの倉庫だよ!』

 雪路たちは、湾岸地帯を走っていた。この先は埠頭であり、大きな倉庫が見える。

「いよいよね」

『ところでさ、ユキジ』

「何?」

『ユキジってその、さ。15歳じゃん? ぶっつけで乗ったにしては運転うまくない?』

 ドロシーの言葉に、ヴァイパーの動きが一瞬止まる。

「免許っていうのは、手に入れたその時に運転ができるようになる魔法の道具じゃないのよ」

『……』

「……」

 無言が場を支配する。

『法律違反じゃん!! 不良! ヤクザの娘!』

「うるさいわねッ、おかげで教授が助けられるんだからいいでしょう!?」

 どうにも締まらないまま、ヴァイパーとドロシーは戦いの場へと突入していった。



「まったく、愚かというほかありませんなぁ~? に、し、だ、教授?」

 ヴァイパーたちが目指している倉庫の奥……白衣を着た男が、陰湿な猫なで声を出しながら椅子に縛り付けられた西田教授に顔を近づける。

「あなたが強情を張るせいで、ご友人のお子さんも、努力の結晶もパアだ。そしてあなたと教え子たちも……くくっ、ふふふ」

  西田教授よりやや年下といったくらいのこの陰険の二文字を擬人化したような男は、本名は名乗らず「マンチキン」と名乗った。最初に彼は、「自分の手の者により雪路は殺害され、ドロシーは破壊されるであろう」と西田教授に言った。

そして呆然とする教授に、これから彼の事を拉致し、研究所のメンバーも連れ去って新たなコンピューターを作らせるのだとも言った。

(何ということだ。世四郎君にも、梶山先輩にも申し訳が立たない……)

開発したコンピューターに童話の主人公の名をつけたのは西田教授自身だった。だが、ドロシーを軍事利用しようと企む黒幕がその主人公を最初に助けた小人たちの名を名乗るとは何たる皮肉か?

十数体もの戦闘用アンドロイドが倉庫に詰めており、逃げることもかなわない。西田教授は独り自問自答をするほかなかった。

こうなれば、自ら命を絶ちせめて研究室のメンバーと技術がマンチキンや二林に渡るのを防ぐほかない。妻子を置いて逝くのは無念だが、この悪党どもにフレキシブルAIの技術を渡すくらいなら……!

そんなことを考えていた時だった。

「マンチキン様、DRT-1が来ます」

 アンドロイドたちとともに控えていた二林が、マンチキンに報告した。

「ちぃっ、ヴァイパー・ジオボーグも無事か……まあいい。デモンストレーションはこれから」

 その時、轟音が鳴り響いた。扉をぶち破り青い「何か」が突っ込んでくる。手始めに入り口近くにいたアンドロイドが吹き飛ばされ、他の者たちも青い弾丸になぎ倒されていった。

「ヴァイパーとDTR-1です。予想以上の出力ですね」

「見ればわかるッ!」

 淡々と言う二林に対し、マンチキンは顔を真っ赤にして憤慨する。

「誘われたから来てやったわ……今すぐ教授を返すか、痛めつけられてから返すか選びなさい」

『答えなんか聞くもんか、教授は返してもらうぜッ!』

 黒き魔人と青のバイク……ヴァイパーとドロシーは、脂汗を流すマンチキンと、冷ややかな目をした二林をにらみつける。

「ドロシー! そして、君、は……雪路さん、なのか……?」

 西田教授は、友人の娘の声で喋る怪人に動揺を向ける。

「説明は後でします。今は」

『教授っ! 助けに来たよ! 待ってて今行くから!!』

 ヴァイパーの言葉を打ち切り、ドロシーが歓声を上げる。

「まっ、待て!!」

 そう言うと、マンチキンは椅子に縛られた西田教授を見せつけた。ひじ掛けの上に置かれた腕は、何やら機械仕掛けのバンドのようなもので固定されている。

「今、イスに電流放射装置を仕掛けた……! 解除してほしければ、二林と勝負してもらおう!」

『はぁ!? 何勝手なこと言ってんだよ!』

 ドロシーは憤慨しながらエンジンを吹かす。だが、マンチキンは冷や汗をかきながらも見下すようないやらしい笑みを浮かべて叫ぶ。

「おぉっと、いいのか!? スイッチは私の手の中にある、お前たちが来るより早く西田教授は炭になるぞ!?」

『ぐっ……!』

「ここは従うしかないみたいね」

 そう言いながら、ヴァイパーは額のランプ状器官を光らせる。

「でも、力の差があり過ぎるんじゃないかしら? 頭の出来以外は駅前でスクラップになってる人さらいどもと変わらないように見えるけど」

 ヴァイパー・ジオボーグの能力の一つ「赤外線透視」である。ヴァイパーの第三の目ともいえる額の器官は、二林の衣服や皮膚の下に金属の骨とエンジンの鼓動とオイルの血液の存在を知覚していた。

「ずいぶん私も見くびられたものですね。マンチキン様」

 にこりともせず三林は右腕を前に掲げる。手首には、ジオブレスと同じデザインをした銀色の腕輪がはめられていた。

「ふふっ、そうだなあ。だがこいつらも『バリアー・アーマード』の力を見れば認識を変えるだろう……行け、二林! 下等なバイオ兵士にテックの力を見せつけてやれッ!!」

 マンチキンの声を背に、二林は腕輪についたボタンを押した。

― surround with barrier !! ―

女声のシステムボイスとともに、二林の身体が光に包まれる。どこからともなく銀色の金属でできたパーツが現れ、二林の身体に、手に、足に装着されていく。

 ヘルメットが二林の頭に被せられたかと思うと、目元がゴーグルに、鼻と口元がマスクに覆われその素顔を隠す。

 銀色の鎧甲が二林の全身を覆ったところで、関節部から蒸気が噴き出す。

ヴァイパーの前には、全身銀色の強化外骨格をまとった二林が立っていた。

「さあジオボーグ、西田教授を助けたくばバリアー・アーマードに勝ってみせろ! もっとも、無理な話だがなァ! ブハハハハハ!!」

『ッんの野郎好き勝手言いやがって~~! ユキジ! やっちゃえ!!』

 マンチキンとドロシーが言う中、二林とヴァイパーは構えを取り合う。黒い魔人と銀の鉄人が相対し、静かながら鮮烈な殺気を散らす。

「ふんッ!!」

 先に仕掛けたのは、二林だった。ヴァイパーの胴体めがけ拳を繰り出す。だが、ヴァイパーはそれを上体を軽くそらしてかわす。第二撃が側頭部を狙うが、最低限の動きで腕を上にやりガードする。

 二林の蹴りを後ろに軽く跳んでかわし、空振ったことにより二林の体勢がわずかに崩れたことを狙ってヴァイパーは反撃に転じる。

「はぁっ!」

 ヴァイパーは二林の胸甲めがけ拳を繰り出した。まずは牽制の一撃、ここで相手の体勢を崩し、次につなげる!

「!?」

 しかし、二林の身体が薄紫に軽く光ったかと思うと、ヴァイパーのパンチは「何か」に弾かれる。続けて二発、三発と拳を叩き込んでいくがヴァイパーの拳は薄紫色の光に阻まれるかのように止まってしまう。

「でやぁッ!!」

 今度は二林が反撃をしかけた。拳の周りに薄紫の輝きが強く光り、ストレートパンチがヴァイパーを襲う。

「ぐぁーっ!!」

 インパクトの瞬間、拳打の衝撃とは違う何かの圧力がヴァイパーを襲った。メリメリと骨が折れる音を聞きながら、ヴァイパーは吹っ飛び地面に激突する。

『ちょっと、何やってんだよー!』

 こっちが何が起きたか聞きたい。ドロシーの声をバックに、ヴァイパーは骨再生の痛みに耐えて立ち上がる。

「ブァアハハハハハハ!! 見たかッ、バリアー・アーマードの電磁バリアーを!! ジオボーグごときにこの鉄壁の守りが崩せるかぁ!!」

 唾を吐き散らしながら、マンチキンはヴァイパーを指さし勝ち誇る。

「マンチキン様、敵に情報を渡してしまう事は、万が一のことを考えれば得策ではありません」

 二林がぴしゃりと言い放つ。

「あっ、すまん……とっ、とにかく!! バリアー・アーマードは無敵だッ!! 貴様も少しはやるようだが、命が惜しければ立ち去るがいい! ブェアハハハハハ!!」

『ユキジ、ちょっと話があるんだけど』

 マンチキンの高笑いが響く中、ドロシーはヴァイパーを小声で呼びつけた。それを聞いて、ヴァイパーはマシン・オズのスピーカーに耳を寄せる。

『。。。。。。。。。。。。。』

「。。。。。。。。。。。。。」

『。。。。。。。。。。。。。』

「。。。。。。。。。。。。。」

 マンチキンが、ヴァイパーたちが戦意喪失して泣き言を言っていると一人合点しバリアー・アーマードの素晴らしさやら作戦が裏目に出続けたことへの恨み言やらを有頂天になって放言する中、ヴァイパーとドロシーは小声で何かを相談している。

……そして! 一人と一台は話し合いをやめ、ヴァイパーは立ち上がった。

「くくくっ、どうしたァジオボーグ!? これまでの無礼不遜を悔い、私への称賛の言葉を思いついたかァ!?」

『んなわけないだろーバーカっ!! お前んとこのガラクタをスクラップにする作戦を思いついたんだよッ!!』

「なぬッ!?」

『ユキジ、さっき言ったとおりにお願い!』

 ヴァイパーは頷くと、二林に向かって駆けだした。

「おのれぃッ!! 二林、やってしまえ!!」

「かしこまりました」

 二林も、ヴァイパーを迎え撃たんと進撃する。

「はあああああああッ!!」

 ヴァイパーは、拳の乱打を繰り出した。二林は直立不動のままそれを受け切る。当然バリアーが衝撃を吸収し、バリアー・アーマードの装甲には傷一つつかない。

「ああああああッ!!」

 なおもヴァイパーは攻撃の手を緩めない。百発、二百発、連打を続ける。

「っはは、エネルギー切れでも狙っているのか!? 無駄だ、あと3日間最大出力でバリアーを放出してもお釣りがくるぞ!!」

「しかし、少々目障りですね……」

 そう言って、二林も拳の乱打をし返す。二者の実力に大きな差はないが、電磁バリアーで覆われた二林の拳は反発しあう磁石のようにヴァイパーを引き離していく。

「ふんッ!!」

 二林はバリアーの威力をやや弱めてヴァイパーをハンマーパンチで殴り下ろし、その瞬間にバリアーの出力を最大にする。

「ッ、がはっ!!」

 バリアーの圧力がパンチの威力を倍増させる。ヴァイパーの身体は地面にたたきつけられ、床のコンクリートがひび割れた。

(ふん、他愛ない)

 二林は落胆を覚え、倒れこむヴァイパーを見下ろす。

『ユキジっ、今だ!!』

 その時、倉庫にドロシーの叫びが響いた。二林がそれに気を取られる隙をつき、ヴァイパーは損傷を再生させてドロシーのもとへ走り寄るとマシン・オズにまたがった。

『行くぜっ! 舌噛むなよ!!』

 ヴァイパーはエンジンをフル回転にする。

「はあああああッ!!」

 マシン・オズは最大出力で発進し、二林のもとに向かっていく。

「それが切り札かぁ? バァアアアアアアカ!! バリアー・アーマードの障壁がオートバイの体当たりで崩れるわけがねーだろうがよぉぉぉぉッ!! ブェアハハハハハ!!」

 マンチキンの嘲笑を背に、二林はバリアーを最大出力で展開する。マンチキンの言う通り、バリアー・アーマードの展開するバリアーは爆薬の爆発にも耐えうるものであり破れかぶれの特攻程度で破れるものではない。

 しかし!

「はあッ!!」

 二林に激突する手前で、マシン・オズはウイリーを決めたかと思うと素早く逆ウイリーに移行した。その勢いでヴァイパーは空高く飛び上がり、黒き魔人は黒き弾丸と化して倉庫の天井を突き破る。

 ……そして!!

「セイッ、ヤァー!!」

 二林は頭上から、ヴァイパーの雄たけびを聞いた。垂直落下による飛び蹴りが、頭上のバリアーに突き刺さっていた。バリアーがゆらめき、きしむ。そして!

「ぎゃああああああ!!」

 バリアーが、かき消えた。障壁を打ち破った黒き矢が、銀色の鉄人の肩口に突き刺さる。そしてその身体を二つに切り裂いた!!

「毒龍拳奥義……『天襲牙、人馬一体の型』」

「な、なぜだ……なぜ、バリアーを……」

 もう勝負はついたと言わんばかりに背を向けるヴァイパーに、頭部と左半身のみになった二林が手を伸ばす。

「潤沢なエネルギーに支えられた強力なバリアーといえども、放熱のために一瞬出力を抑える必要がある……戦っている間に、ドロシーにバリアーの脆くなる周期と箇所を計算してもらったわ。戦いを仕掛けたのは時間稼ぎね」

「な、なるほど。流石はマンチキン様の追い求めたテック。完敗、だ……」

 二林の身体から力が抜け、カタンと音を立てて手が落ちる。その瞬間、二林の身体はスパークし、小爆発を起こした。かくして銀色の鉄人は沈黙した。

「あっ、あわわ、わ」

 二林の残骸を見つめ、マンチキンは目を白黒とさせる。

『どうだッ! 教授は返してもらうぞ!!』

「ぐっ、うぐぐっ……!!」

 顔を赤く青くしながら、マンチキンはうつむく。しかしそこで手の中にあるスイッチを目にすると顔を明るくさせ、勝ち誇ったようにスイッチを掲げた。

「黙れッ!! この私をさんざんに愚弄した報いだ、西田教授には死んでもらう!」

 そして、スイッチを押した。哀れ高圧電流が襲い、教授は亡き者に……

「……へ?」

 ならなかった。マンチキンはスイッチを何度も押すが、カチカチとむなしく音を立てるのみである。

「な、何で!?」

『バリアーの計算するついでにさ、その装置もいじらせてもらったよ』

 ドロシーの言葉に、マンチキンが凍り付く。

『つーかオッサンさぁ、アンドロイドとかパワードスーツはともかくあんなセキュリティのものしか作れないとか……ほんとに才能ないんだね』

「はぎゅっ!!」

 ドロシーの無慈悲な言葉が、マンチキンに突き刺さっていく。

「あ、ああ、あああ……」

 呆然とするマンチキンには、周りが見えていない。ヴァイパーが変身を解き、こちらに歩み寄っていることに。そして……目に怒りを燃やした雪路が右手を振り上げたことに。

「ぶべらァ!!!」

 雪路に横面を殴られ、マンチキンは吹き飛ばされた。最大限手加減はされているものの、あまりの衝撃に前歯が二、三本飛び地面に倒れこむ。

『教授ーっ!!』

 西田教授のもとに、ドロシーが走り寄る。

「教授、お怪我はありませんか」

 西田教授を縛っていた椅子の拘束を引きちぎりながら雪路が問いかける。

「あ、うん。大丈夫だよ」

『畜生こんなにしやがって! あの野郎警察に突き出して……あれ? いない』

 マンチキンの姿はなく、二林の残骸すらも倉庫からは消えていた。

「しかし、さっきのは一体……」

 西田教授の言葉を聞いて、雪路の動きが止まる。だが意を決して、雪路は口を開いた。

「私には、あの黒い怪物に変身する能力があります。とりあえず、そうとしか説明できないのですが……」

『あっ、でも、でもねっ! 悪い奴じゃないんだよ! ほらっ、今だって教授を一緒に助けてくれたし!!』

 その様子を見て、西田教授は微笑みながら静かにうなずく。そして携帯電話を取り出すとどこかにかけ始めた。

「……もしもし? 世四郎くん?」

 父の名前が出て、雪路の身体がこわばる。

「帰りの電車に大事な資料を置いてきてしまってね……雪路さんに探すのを手伝ってもらってたんだ。遅くまで連れまわしてしまって申し訳ない」

 ポカンとする雪路とドロシーを前に、通話口を押えながら西田教授がほほ笑む。

「大丈夫、君が何者であろうとも僕の大切な友達の子供であることは変わらない。それにドロシーの恩人であることも、ね」

 そう言うと西田教授は通話を再開した。

「それとお願いがあるんだけど……ドロシーをそちらで預かってもらってもいいかな? 最終テストとして、一般家庭でのモニターを手伝ってほしいんだ。いや、一般っていうのは研究所の外ってことだよ、うん。それにドロシーが雪路さんの事を気に入ったみたいだからね。困ったことがあったらいつでも連絡してね。それじゃあ、また……」

 西田教授は電話を切った。

「教授? 今のは……」

「うん、君にドロシーを、マシン・オズを預かってほしいんだ」

 西田教授の言葉に、雪路とドロシーは顔とフロントを見合わせる。

「先ほどの君たちは、戦いの中とはいえ『人機一体』……『マシンが乗り手と同じ自我を持ち、両者が協力して問題に立ち向かっていく』僕の理想を再現していた。君とならドロシーはもっといろいろなものに触れて成長していけると思うし、君にとってもドロシーは助けになってくれると思う」

『なーるほど……そういうことじゃあ手伝ってあげないわけにはいかないなー、うん』

 得意げに言うドロシーに、雪路は苦笑し西田教授も笑みを浮かべた。



 そして、数日後。

『ひゃー、ヤスさんすっごい! よくバイクの事わかってんじゃん!! ボクが人間だったらヤスさんみたいな人とお付き合いしたいね、うん!』

「いやぁそれほどでも……ってあれ、お前女の子だったの!?」

 梶山建設のガレージで、雪路とヤスはドロシーの整備をしていた。マシン・オズの整備を兼ねて、オーナーとなる雪路にも(それでもちゃんと免許は取っておけとの世四郎からのお達しはあったが)整備方法のレクチャーが行われていたのである。

『まぁAIだから性別なんてあってないようなもんだけどさ、研究所の人の趣味で、ね』

「なるほどなー…… つーかなんかお前キャラ変わってない?」

『アハハ、気のせい気のせい……ってちょっとユキジ! 痛いってば!!』

 古タオル片手に洗車後のふき取りをする雪路に、ドロシーが声を荒げる。

「おっとお嬢さん、そんな力入れなくても大丈夫ですって。塗装が剥げちゃいますよ」

『あぁーあ、ヤスさんに引き換えユキジはダメダメだなぁ。なんでも力任せなんてゴリラじゃないんだからさぁ』

 ピクリと雪路の目じりが動いたが、ドロシーは気づかない。

『ユキジはただでさえおっぱいを胸筋に置換したペチャパイゴリラなんだからさ、もっとボクみたいな精密機械には気を使って』

 雪路がおもむろに立ち上がった。右手の指の間には十円玉が挟まれている。

「じゃあ見せてやろうじゃない、ゴリラ流のバイクのお手入れってやつを……」

「お、お嬢さん、落ち着いてください、その十円玉はしまってください! バイクが傷つくのを俺は見ていられません!!」

『なっ、何すんのさ、やめろ、やーめーろー!!』


 まあそんなこんなで、雪路に新しい仲間ができた。

黒きジオボーグ、ヴァイパーと思考するマシーン、マシン・オズ。一人と一台は、新たな戦いへと身を投じていくのだった。

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