第3話「蒼き鉄騎は闇夜を越えて」Aパート

「た、大変だぁっ!」

 土曜日の昼下がり、そう言って小太りの青年が梶山建設の仕事場に駆け込んでくる。

 サク……梶山建設若手凸凹コンビのずんぐりむっくりの方であった。

「大変はお前だよ、忙しい時になにやってんだ」

 倉庫の整理ということで、両手いっぱいにセメント袋を抱えたヤス……コンビののっぽの方が眉を顰める。

「大変なんだよっ、バイクがしゃべって!」

「……バイクが?」

 ヤスの3、4倍の量の荷物を抱えながら、作業着姿の雪路が問いかける。

 ちなみになぜ従業員に交じって働いているかというと、気分転換とカメレオン・ジオボーグ戦でダメになってしまった制服代の補填のためである。

「サクさん、とりあえず落ち着いて。大きく深呼吸したら最初から、一つづつ言って」

 雪路の言葉を受けて、サクは大げさなまでに息を吸って吐いた。

「し、失礼しました。あのですね、西田さんって方がいらっしゃったんですよ。社長のお友達で、なんでも大学のセンセイなんですって」

 雪路たちが話しているのを見て、ほかの従業員相手に指示を出していたゲンさんが来た。

「そういや、社長の同級生に西田ってのがいたなァ。機械に強くって社長と副社長に色々見せてた。俺にはよくわからなかったが、どえらいもんを作ってたぜ」

 雪路の両親は元々同じ高校に通っていて、そこで知り合ったのが馴れ初めと雪路は聞いていた。

 ……正確には、中学卒業後梶山建設に就職しに来た世四郎に社長令嬢だった音々が一目惚れして無理やり自分と同じ高校に通わせたというのも聞いていた。

「よかったら行ってみたらどうだ? ほかのやつらも何人か休憩ってことで行ってるからよ」

「行きますッ!」

 元走り屋の血が騒ぐらしく、食い気味にヤスが答えた。

「じゃあ、私も」

 雪路もそれに続く。

「俺ももう一回見に行こうっと」

「おめぇはダメだ」

 サクもまた続こうとするが、ゲンさんに後ろ襟をつかんで止められた。

「何でですかぁ!」

「サボって見に行ったろ、ヤスとお嬢さんの分まで働け」

「はい……」

 さめざめとセメント袋を運ぶサクをよそに、雪路とヤスは事務所に向かった。



「こんにちは! マシン・オズ担当のAI、DRT-1(ドロシー・ワン)です! 雪路さん、安田さん、よろしくね!」

「バイクが……」

「しゃべった。サクの勘違いじゃあなかったんだな」

 雪路とヤスを出迎えたのは、青いボディをしたオフロードタイプのバイクだった。

 ちょうど中庭でほかの従業員たちに囲まれていたバイクが操縦者もいないのに寄ってきて、快活な子供の声で話しかけてきたのである。

「っはっはっ!! どうだ、驚いたか、驚いたろ!?」

 驚く雪路たちのもとに、得意げな顔をしながら世四郎がやってきた。

「いや、父さんが作ったんじゃあないでしょう……」

「それに、一番驚いてたのは世四郎さんじゃない。『しゃべったーぎゃー!!』って」

 一刀両断する雪路とくすくすと微笑む音々を前に、世四郎はぐむむと口ごもる。

「みんな喜んでくれたみたいで良かったよ」

 上品な身なりをして眼鏡をかけた、やや太めの男性がニコニコと微笑む。

 彼こそが西田教授……世四郎の同級生で、今は東京にある大学で機械工学の研究をしている。梶山家に来たのは、最近顔を合わせることもなかったので遊びに来たとのことだった。

「悪かったね。息子さんが大変みたいで」

「いや、むしろ良かったよ。心配なことは心配だが、だからって俺も音々さんも雪路も、会社の皆だってふさぎ込んでちゃあどうにもなんないからな。いい気分転換になる」

 息子さん……もちろん忠与のことである。病院の診断では、忠与は「原因不明の難病」ということになっている。

 だから、梶山姉弟がスコーピオンなる赤いドレスの女の襲撃を受けたこと、スコーピオンが「ジオボーグ」なる怪物に変身し、その身に持つ「毒」で忠与を犯したということは雪路しか知らない。

 忠与の命はこのままではあと数か月であり、毒から救うにはあと4つの特別なダイス……この横浜市のどこかに潜むジオボーグたちが持つ、一面にしか目が彫られていないダイスを手に入れ、スコーピオンを屈服させるか殺すかして解毒を行わせるしかないということも雪路しか知らない。

 父と西田教授の本来なら暖かく感じるはずの旧友同士の語らいすらも、雪路の中に眠る暗い闘志を滾らせるのであった。

 ……と、そんな間にも歓談は続く。

「でもこのバイク、何で喋るんすか?」

 マシン・オズのエンジンタンク辺りを撫でながら、ヤスが言う。

「そりゃあお前、あれだよ。何とかAIってのが人間みたいに自分で考えてだな」

「あの、社長じゃなくて西田先生にお聞きしてるんですけど……いや、フレキシブルAIってのが人間の反応や思考を学習して人間に近い思考ができるってのは分かるんですよ。でもどうして喋らせようと思ったのかなーって」

 ヤスの言葉に、西田教授はふふん、と得意げな顔をする。

「よくぞ聞いてくれたね」

 柔和な細い目に、情熱の光が宿った。謙虚なたたずまいの壮年の紳士が研究者としての顔を見せた瞬間である。

「確かに、自動運転やナビゲーションシステムをつけるのならただのコンピュータで問題ない。でもね、そうすると人間とバイクの関係は一方通行だ。人間は一方的に命令し、バイクは指示に従い機構を動かす」

 怪訝な顔をする一同を見て、西田教授は言葉を続ける。

「もちろんそれは大切なことだ。ブレーキをかけようとしたのにアクセルが入るようでは話にならないからね。……でも、私はマシン・オズを、DRT-1を通じて、新しい可能性を見つけたかった。マシンが乗り手と同じ自我を持ち、両者が協力して問題に立ち向かっていく。そんな双方向の関係性を作りたかったんだ」

 西田教授の熱弁に、部屋にいた全員が、もちろん雪路も聞き入っていた。

「だから、オズはバイクというよりむしろ『バイクの肉体を持ったロボット』として作って……」

「教授、そろそろお時間です」

 西田教授の出張講義は、ドロシーによって打ち切られた。

「すまないね、世四郎君。ちょっと失礼するよ」

「ああ。こっちこそ引き留めて悪かったな……雪路、駅まで送ってやってくれ」

 世四郎は、そう言って雪路に軽く目配せをする。

「いやいや、大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」

 西田教授はそう言って断ろうとする。

「いや、お前昔っからトラブルに巻き込まれやすいからな。財布落としたりろくでもないのに巻き込まれたり……それに、雪路のやつ放っとくと現場に入り浸っててばっかりなんだ。なんか気分転換させようってな」

 雪路としても異論はない。正確には家と現場と学校とジオボーグ探しの散策の四点を行き来してばかりなのだが、だからといって父の旧友を送る時間を惜しもうとも思わない。

 「ジオボーグは、強きエゴを持った者たち」とゲームマスターは言っていた。スコーピオンやカメレオンが人を傷つけるために力をふるうのなら、自分は忠与を救うために力を振るっている。

 忠与のことは心配だが、そればかり考えてする必要のない心配まで抱えるのは彼らと同じ修羅道に至ることになるのではないか……そう雪路は考えたのである。

「ちょっと待ってください……上着を取ってきますので」

「ああ、申し訳ないね」

 西田教授に軽く会釈をし、雪路は二階の自分の部屋に向かった。一瞬オズが黙り込んだような気もしたが、特に気にはしなかった。

 部屋から薄めの上着を取って羽織ると、雪路は玄関に向かった。西田教授とオズはもう外に出て待っていると世四郎から聞いたからである。

「……ん?」

 ドア越しに、何やら口論が聞こえる。血気盛んな従業員たちが喧嘩でもしているのか。いや、それは大人と子供の声だ。

『もうっ、だからボクは反対だったんだよッ!!』

 どこか電子的な声……マシンオズのAI、ドロシーの声だ。お披露目での礼儀正しい印象とはずいぶん違う。

『こんなしけたベッドタウンのチンピラ土建屋のとこなんてさァ! 次世代型オートバイのボクのいるべきところじゃないっての!』

 ピクリと雪路の眉が動いた。

「なんてことを言うんだ!」

 西田教授がたしなめるが、ドロシーは聞く耳を持っていないらしい。

『それにあんなうすらデカいのが見送りぃ? 笑っちゃうよ、あんなのどうせ教授の話なんて半分も理解してないでしょ!』

 口元がひきつるのが自覚できた。勝手に決めるな、6割は理解できた。後の4割?後の4割は……秘密だ。

『だいいち教授、今……』

 さらにドロシーが言いかけたところで、雪路はガラガラと玄関の引き戸を開けた。

「あっ……」

 目をまん丸くする西田教授に、雪路は心の中で謝る。

『ヒュウ~、ピュ~……』

 最新鋭の自律式バイクが、「陰口を本人に聞かれて口笛でごまかすも動揺から吹けてない」とかいう古典的なネタをかますとは。雪路は逆に感心せざるを得なかった。

「ほ、本当に申し訳ない……男所帯に置きっぱなしにしていたせいか、研究員の皆の口の悪さがうつってしまったみたいなんだ」

「だっ、大丈夫ですから」

 ペコペコと頭を下げる西田教授を手で制しながらも、まるで子供の不始末を詫びる親のようだと雪路は心の中で苦笑いしていた。

『そーだよ教授、こんな奴にペコペコする必要ないっての』

「西田先生、頭を上げてください。私は気にしてませんから」

 雪路はドロシーのほうを全く見ずに言った。この手の口さがない子供は、何も取り合わずに「お前がそのような振る舞いをし続ける限り誰からも相手されない」ということをわからせてやるに限ると思っていた。

「では、参りましょう」

 『ぐぬぬぬぬ』と言いながら内部で駆動音を鳴らすドロシーを横目に、雪路は心中で舌を出していた。

「よし、ちょっと待っていてね」

 西田教授はそう言うと、マシン・オズのモニターを操作する。するとガションガションと外装が開き、折りたたまれ、オートバイは青いアタッシュケースへと姿を変えていた。

「こうすれば、駐車場が無くても持ち歩くことができるんだ」

「なるほど……あっ、私持ちます」

「平気かい? 持ち歩き出来るとは言ったけど結構重いよ?」

「大丈夫です。力には……自信がありますので」

 そう言って、雪路は西田教授からアタッシュケース型に変形したマシン・オズを受け取った。『はー? 汚い手で触んなってのー! やーめーろーよー!!』とドロシーが抗議するもののもちろん無視である。

 そして、雪路と西田教授、ドロシーは歩いて数十分ほどの最寄りの駅へと向かった。

「今日は……楽しかったよ、本当に」

 道中、ぽつりと西田教授が呟いた。

「年を取ってくるとね、日常のちょっとしたことに寂しさを覚えるんだ。朝ふと飲みたくなって淹れるコーヒーだとか、家に帰るとき見る夕日とか、昔の友達とか、ね」

 そう言って、西田教授は春の夕焼けを遠い目で見つめる。

「確かに今は当たり前のようにある。でも、いつ無くなってしまうか分からない。生きているとそんなことが増えてしまうんだ。……すまないね。変なことを言って。雪路さんはまだ若いから、ピンと来なかっただろうね」

「……いえ、私もそんな時があります。分かっていたとしてもどうすればいいか分からず、見ているだけしかできない時が」

 雪路は、忠与のことを思い出していた。家にいても学校にいても、忠与の思い出とスコーピオンの襲撃が無ければあったであろう「これから」が浮かんできてしまう。

 いや、もしも1面ダイスをタイムリミットまでに集めきれなかったら……そんな最悪の事態の仮定までもが雪路を責め苛んでいた。

「そうか、そうだね。大人か子供かなんてことは関係なかった。申し訳ない」

「いえ、気にしないでください」

 雪路は、西田教授の目に何かの揺らぎを見て取った。

「どうもね、とりとめのないことを考えてしまうんだ。最近何かと物騒だからね。この前の無差別狙撃事件といい、先月の箱根であった爆発事故といい。なにか良くないことの前触れにさえ……見えるんだ」

 西田教授の憔悴は、より明確になっていた。

「西田教授、探しましたよ」

 こちらに投げかけられた声を聞きつけ、雪路は声のする方を向いた。

「私ですよ、私。二林です。この前もお会いしましたよね?」

 グレーのスーツ姿の男である。銀縁の眼鏡をかけニコニコと愛想を振りまいているが、顔立ちとシルエットからは後ろ暗さが拭えない。一言でいえば胡散臭い。

『いつ見てもだっせェ格好』とボソリと呟くドロシーに気づいているのかいないのか、二林なる男は微笑みながらこちらに歩み寄ってくる。

「おや、こちらの方は? 作業着姿の助手さんとは珍しい」

 そう言って、ずいと雪路との距離を詰めてくる。パーソナルスペースに入ってこられた嫌悪感に、雪路はかすかに眉をひそめた。

「友人のお子さんだ……遊びに行った帰りに、駅まで送ってもらうところだった」

 先ほどと打って変わって、西田教授の態度はそっけないものだった。目は伏せられ、口は引き結ばれ、むしろ頑なというべきであった。しかし二林は「なるほどなるほど」とだけ言うと今度は西田教授のほうに体を向ける。

「ところで先生、『あの件』に関してですが……そろそろ考え直してくれましたかねェ?」

「何度も言ったはずだッ、マシン・オズは、ドロシーはお前たちには渡さんッ!!」

 凄まじいまでの剣幕に、雪路もさすがにたじろがざるを得なかった。手元のドロシーも「ひっ」と声を漏らしていた。

「いいじゃないですか、『人類の発展』……私どもも教授も、理想は同じでしょう?」

 しかし、二林は笑顔を崩さない。それはベテランの保育士が癇癪を起こした幼児をいなすかのような、多大な余裕を伴った笑みだった。

「同じ、だと……? 笑わせる、私は軍事利用などのためにドロシーを作ったわけじゃない!」

 西田教授の怒声を前に、二林の眉がピクリと動く。

「貴様らの背後についてドロシーが調べてくれた。表向きはただの商社だが、その裏では東アジア、中東、旧ソ連、アフリカ、中南米……全世界のあらゆる『火種』に貴様らは兵士の生活必需品から銃器、果ては戦車や戦闘機まで売りつけている、それもどの陣営にも均等に! これが『死の商人』ではなく何だ! そんな奴らに私たちの努力と叡智の結晶を渡せるかッ!!」

「なるほど、なるほど……そこまで知ってしまいましたか。残念だ」

 そう言うと、二林は冷めた目で西田教授を見つめる。

「そのまま騙されていれば、幸せだったのに」

 二林の笑顔の仮面は、剥がれ落ちていた。そこにはあまりに無機質な、能面のような新たな貌が現れていた。

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