エピローグ


エピローグ

 

 かつて『スペース・フロンティア』というゲームが存在した。

 資源採掘用惑星にある本物の兵器を、地球から遠隔操作するという、全く新しいタイプのこのオンラインゲームは、ある日突然サービスを終了した。

 運営側からの明確な説明は行われず、それ故に多くの憶測が駆けめぐった。

 曰く、かつての大戦時代の巨大兵器が蘇り、そのことを隠蔽しようとした。

 曰く、運営側が何らかの機密の流出を恐れた。

 曰く、軍の陰謀が存在した。

 そんな他愛もないネット上の都市伝説が今でも語られ続けている。

 その証拠として取り上げられるのが、ユーザーの一人がサービス終了の引き金となった『事件』の一部始終を撮影した物とされる記録映像だ。

 動画投稿サイトへとアップロードされたその映像には、壮絶な戦いが映されていた。

 突然の崩落、巨大な輸送船の発見、その中から姿を現すサソリのような巨大兵器、そして始まる激しい戦闘、戦闘が集結した直後に現れる無数の巨大兵器と味方と思しきストライクギア達……。

 ある者はコレをヤラセだと主張し、ある者はコレを合成だと主張し、またある者は映画の没映像だと主張した。そして、ごく一部の人間は、この映像が『本物』であると主張した。

 だが、真実を知るのは、そこに写っている『彼等』と、最初にこの動画を投稿した人物だけだろう。


×××


「やれやれ、これでやっと終わったか」

 今回の作戦についての報告資料をまとめ終わり『こめっと』は一息ついていた。

 『こめっと』というのは、もちろんハンドルネームだし、以前一度だけ名乗った『ホシノ』というのも偽名だ。

 彼は軍の関係者だ。

 そして彼には、一つの任務が与えられていた。 

 『ストライクフォートレスを撃破し、事態へと秘密裏に対処せよ』というものだ。

 事の発端は、『スペース・フロンティア』のサービス開始から一ヶ月ほどたったある日のことだ。

 運営が軍の協力を受けながら新たに使う予定の資源採掘用惑星を調査していた時、偶然それを発見してしまった。地中へと眠る、一機のストライクフォートレス『スコーピオン』を。

 『スコーピオン』は、少しでも周囲の環境に変化が訪れれば再起動し、人工知能に刻まれたプログラムに従って破壊活動を行うだろうということはすぐに分かった。

 ストライクフォートレスの復活は国際問題に発展するおそれがある。

 それを秘密裏に処理するために、彼は派遣された。

 例えば、あのまま『スコーピオン』がマスドライバーを利用して地球へ降下した場合どうなっていたか。地球での迎撃や撃破は可能だろうが、そこで発生した被害は誰の責任になるのか。マスドライバーの軍事利用の禁止という国際法はこの場合どうなるのか。あるいは、『スコーピオン』の降下した国がどこなのかによっては、意図的に暴走させ先制攻撃を行ったと捉えられてしまう危険性すらある。

 マスドライバーを使用不能にして地球降下を阻止するという手もあったが、そうなった場合、各国が管理する宙域資源採掘施設が襲われていた可能性もあった。

 その結果、それが国家間の争いの引き金になってしまう可能性もあったのだ。

 そして、そういった事態を回避するために、彼は準備を進めてきた。

 あらゆる未知の強敵に対処できる操縦者を探し出し、仲間に引き入れ、そして育てた。『スコーピオン』を撃破するためのチームを結成するために。

 そしてチームの練度がベストな状態になったと判断したとき、新惑星の先行開拓というイベントを行い、そのメンバーに自分たちのチームが入れるように運営側と調整を行った。

 ビーム兵器の無力化、予想外の攻撃能力と防御能力、そして、『眠っていたストライクフォートレスが一体だけではなかった』という最悪の状況。そんな度重なる想定外の事態が起ころうとも、結果として全てのストライクフォートレスを行動不能にし、発生する被害を自国内で処理できるだけの最小限にとどめることに成功した。

 そして任務を終えた彼は『こめっと』の名前を捨て、舞台を降りることとなった。

 彼にとってこれは、ただの任務にすぎない。

 だが。

 彼は一人、静かに笑みを浮かべながら呟いた。

「ボクが『スペース・フロンティア』というゲームを愛していたこと、そしてチーム『シューティングスター』として共に戦った彼らが、掛け替えのない仲間だということ。それだけは揺るぎない事実だ」


×××


 『スペース・フロンティア』には、確かに軍の開発した兵器の性能実験という側面がある。しかし、そのことはユーザーにも、外部に対しても公表されており、機密というわけではない。だが、それに関連した、ある実験が行われているということを知るものは、あまりにも少ない。軍が極秘で進めていることなので、当然と言えば当然のことだが。

 それは、様々な状況を想定したストライクギアの戦闘データの収集である。そして、収集したデータの利用方法こそが、このことがトップシークレットとなっている最大の理由だ。

 『ストライクギアに乗せるための人工知能の育成』に使われているのだ。

 それ故に、今回ストライクフォートレスとの戦いがあったことは重大な意味を持つ。何故なら、そのデータを持つストライクギアは、ストライクフォートレスとの戦い方を、すでに習得しているということになるのだ。

 『スペース・フロンティア』での戦闘データが人工知能のために使われているということは機密ではあるが、それを察知している国も、もちろんあるだろう。

 そして、そういった国が『失われた過去の技術』であるストライクフォートレスを、復活させようとしているということもまた事実だ。

 要するに牽制である。

 誰もが口にしないであろう領域において互いを牽制しあうという、冷戦の一歩手前のような状態を、『平和』と呼ぶかどうかは、また別の次元の問題だが。

 しかし結果として、より実戦に近い状態での対ストライクフォートレス用のデータをもった人工知能が完成へと近づいたことは事実だ。

 となれば、かつて戦況打破のための切り札と呼ばれた、あのストライクフォートレスが、無血のままに無力化されたことになるのだ。少なくとも、当時の劣化コピー程度では作るだけ時間の無駄と言うべきだろう。

 かつてのオーバーテクノロジーを完全に解析しそれを凌駕する。それにかかる時間と労力を考えれば、かなり意味のある防衛用兵器の開発と言えるだろう。


side『タツヤ』


 『あの事件』から、すでに半年以上が経過した。

 『スペース・フロンティア』のサービス終了は多くの人に衝撃を与えたかもしれないけど、『あの事件』の渦中にいた人々。あの、大量のストライクフォートレスとの死闘を経験した者にとっては、ある程度の予想は出来ていた。

 そして、『スペース・フロンティア』と『互換性』があり『データの引継』の出来るゲームが、『スペース・フロンティア』のサービス終了直前に現れた事についても、それほど驚きはしなかった。

 『あの事件』の裏に何かがあったことは確かだ。

 だけど、少なくとも俺にとって重要だったのはそこじゃない。

 ただ、楽しく遊べるなら、それでいいのだ。

 平和ボケした時代の、幼稚な発言だと、そう笑う人もいるかもしれない。そのことを否定するつもりは無いし、事実だと思う。

 だけど。

 例えそうだったとしても、今を楽しく生きることは、平和な時代に生まれた者たちに課せられた重要な責務なんだとおもう。

 あの古戦場に散っていった多くの者たちが望み、守ろうとし、求めたモノこそ、そんなモノだったに違いない。

 歴史が繰り返すというのならば、またいずれ大きな戦いは起こるだろう。それが『摂理』とでも呼ぶべきモノならば、受け入れるほかに道は無い。

 でも。

 そんなこととは全く関係なく、今を生きる者が娯楽を享受する事を責める資格など、どこの誰にも有りはしないはずだ。

 娯楽こそが人間の本質といえるだろう。もし仮に、人間とそれ以外の生き物を分け隔てるモノがあるとするならば、それは『文化』だ。そして『文化』の本質とは『娯楽』にこそある。平和な世界でなければ娯楽は存在し得ない。娯楽こそ、人が人足り得ることの証なのだ。

 ……なんて、そんなことを考えながらゲームをやっていたわけじゃないのだけど。

 後になって、真実の断片を知って、そして今、ふとそう思っただけのことだ。

 結局のところ、『楽しければそれでいい』。

 俺にとっては、ただそれだけだ。

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スペース・フロンティア タジ @tazi0910

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