第四章 最終決戦 四



side『くま』


「『くま』! 『マジカルこめっと』が!」

「……『こめっと』は俺たちを信じて託した。……今は、振り返ってる場合じゃない」

「うん、そうだね……」

 背後では『マジカルこめっと』が『スコーピオン』の放ったビームの弾丸の一斉発射で破壊されていた。だが、俺たちがやるべきことは、『こめっと』を助けに行くことでも、その被害の詳細を確認することでも無かった。

「……『タツヤ』、『ムウ』、……健闘を祈る」

 答えは待たなかった。

 聞くまでもなく分かり切っていることだった。

「……『ヒメ』、俺たちが狙うのは頭部にある『主脳』だ。……やるぞ!」

「任せて!」

 機械である『スコーピオン』の『脳』を、生物と同じように頭部へと配置した理由については推測するしかない。人工知能の教育を行うときにその方が便利だった、ということは十分に考えられる理由だ。あるいは、ほとんどの生物が頭部に脳を持っているということが、何らかの必然的な理由を持っており、それに習うのが合理的だった、ということも考えられる。ただ、今の俺たちにとって重要なのは、『何故そこが弱点なのか』ではない。『どうやれば弱点を破壊できるか』だ。

 俺は『ワイルド・ベア』を瞬間的に加速させ、『スコーピオン』の頭部へと取り付いた。『スコーピオン』は何かしらの反撃をしてくるだろうが、そんなことは関係ない。

「……沈め!」

 叫び、『スコーピオン』の頭部へとめがけて、振りかぶった『ワイルド・ベア』の右腕を、超振動の加えられたアイアンネイルを勢いよく振り下ろした。

 狙いは『スコーピオン』の口に当たる部分のビーム砲の砲門。そこは空洞になっているので、装甲に阻まれることなく頭部の『主脳』を目指し最短で攻撃できる箇所だ。

「『くま』! 帯電粒子収束! 撃ってくる!」

 『ヒメ』の声とほぼ同時に、『スコーピオン』の口からビームが放たれた。最初に俺たちが『スコーピオン』と遭遇した時の、輸送船の外壁を内側から破壊したあの攻撃だ。

 回避する術は無かった。

 俺の『ワイルド・ベア』は、その砲撃を完全な密着間合いで右腕へと受けることになった。

 数秒と保つはずもない。

 一瞬にして『ワイルド・ベア』の右腕は粉砕され、跡形もなく消滅した。

「……まだ、……まだ、終わりじゃない!」

 そうだ、まだ終わりじゃない。

 ここからが、俺たちの本領だ。

 怯むことなく『ワイルド・ベア』の背面部スラスターを一気に吹かせ、さらに前進させる。

 そして、両足を前へと突き出させ、それを『スコーピオン』へと突き立てる。

「……『ヒメ』、細かい操作は任せたぞ」

「任されたわ。右腕部ダメージコントロール、残存パーツ排除の後オートバランサー最適化、終了。両脚部、宙域作業用脚部電磁吸着、最大出力」

 俺は『ワイルド・ベア』の、残された左腕を振りかぶる。

 画面上には『ワイルド・ベア』のダメージ状況が表示されていた。

 頭部及び右腕部消失、装甲上の対ビーム用コーティング消耗率九十パーセント以上、アンチビームスモーク残量零、両脚部にダメージが有り歩行に支障をきたす可能性有り、右腕部周辺の装甲にダメージ有り、その他損傷多数。

 ……なるほど、何の問題もない。

 『スコーピオン』の口から放たれていたビームの光が消滅する。

 それを待たずに左腕を振りかぶり、そしてもう一度『スコーピオン』の『口』へとめがけて突き立てる。

「……貫け!」

 今度は、確かな手応えがあった。

 金属同士の衝突音が、可動部の軋む音が、アイアンネイルの振動音が、インカム越しに伝わってくる。

「『くま』! 帯電粒子収束、二射目が来る!」

 予想以上に早い反撃だった。『スコーピオン』はよほど必死のようだが、裏を返すなら、そこまでして排除する必要があるということだろう。

「……腕はくれてやる。準備だ!」

「了解だよ!」

 直後、『スコーピオン』の口からビームが放たれた。

 さっき撃ったばかりだから大した粒子量ではない。アイアンネイルによって照射装置の一部がすでに破壊されているのでロクに制御はできない。

 だがそれでも、完全なる密着間合いにあった『ワイルド・ベア』の左腕を破壊するのには十分な威力があった。

 結果として、『ワイルド・ベア』の左腕によって『ふた』をされた状態で無理矢理ビームを放った『スコーピオン』は、行き場を失ったビームによって自身の『口』とその周りのパーツが吹き飛び頭部は半壊。その代償として『ワイルド・ベア』の左腕を粉砕することに成功した。

 俺のディスプレイ上に表示される『ワイルド・ベア』の損傷に、『左腕の消失』が追加される。これで『ワイルド・ベア』は、その最大の攻撃手段である両腕を失った。

 だが。

「……やれ! 『ヒメ』!」

 『ワイルド・ベア』の背面部に合体していた『ウイニング・フェアリー』が、両腕に持つ銃、左腕の『こめっと』から託されたビームマシンガンと、右腕のスナイパーレールガンを構え、そして引き金を引いた。

「くらえ!」

 無数の帯電粒子の弾丸と電磁加速された質量弾が『スコーピオン』の頭部へとめがけて降り注いだ。

 そう、今の『ワイルド・ベア』はいつもとは違う。

 ストライクギア二機分のパワーと、四本の腕と、射撃装備と、それを操れる操縦者がいる。

「この距離なら、ビームのコントロールは出来ないはずだよ!」

「……『ヒメ』! 『鞭』が来る!」

「ちょっ、どうするのよ!?」

 接近警報が鳴り響いていた。

 攻撃はすぐそこまで迫っていた。

 説明している余裕はない。

 だが、『ヒメ』ならわかってくれるはずだ。今、何をするべきなのかを。俺が何をするのかを。その後、何をするべきなのかを。

 『スコーピオン』の仕掛けた攻撃が、縦横無尽に動き回るビームの『鞭』と無数の弾丸が、四方八方から迫っていた。

 そして、それを回避する術も防御する術も、ましてや受けきるだけの防御能力も、今の『ワイルド・ベア』には残されていなかった。だが、出来ることはある。

 攻撃が迫っていた。

 今の俺には、それがまるでスローモーションのように感じられた。

 ……見極めろ。……最大の、最高の、最良の、最適のタイミングを!

「……今だ!」

 ぎりぎりまで待ち、攻撃を引きつけ、タイミングを見計らってボタンを押す。

 刹那、『ウイニング・フェアリー』との合体が強制的に解除された。その直後、『スコーピオン』の攻撃は一斉に、満身創痍となった『ワイルド・ベア』を襲った。

「……後は任せたぞ」


×××


side『ヒメ』


「……今だ!」

 『くま』のその言葉と同時に、私のディスプレイ上に表示される景色が急激に動いた。

「『くま』! 何を!?」

 そうは言ってみたけど、表示されている機体の状態が変化していることを確認するまでもなく、『くま』が何をしたのかはわかった。

「いつもそうやって、一人でカッコつけようとするんだから」

 『スコーピオン』の放った攻撃によって蹂躙され、ボロボロになって地上に落下する『ワイルド・ベア』の姿は、嫌でも私の視界に映り込んできた。

 いつだってそうだった。

 私とチームを組んでゲームをする時、『くま』はいつだって危険な状況になると私を庇って先にゲームオーバーになっていた。「自分は不器用だ」、みたいなことをいつも言ってるくせに、そんなことだけは起用にやってのけた。

 そうなったら残された私は、必死にゲームをクリアする。

 『くま』は何も言わないけど、あれは無言の圧力だ。

 そんな風にされた残された人は、自分が何かを託されたと思ってしまう。

 勝手にそう理解しちゃうんだ。

 少なくとも、私はそう思ってしまう。

「まあ、クリアはするんだけどね。私にだってカッコつけさせてほしいかな!」

 左右の手に持つ銃を再確認する。

 大丈夫だ、残弾はまだある。

 予備弾倉だって残ってる。

 ターゲットは半壊した頭部の、その先にある『主脳』だ。

「行くよ!」

 トリガーボタンを押しながら再び機体を前進させる。

 どうせ近づこうが離れていようが、『スコーピオン』の攻撃から逃れることは出来ない。なら、少しでも近づいて威力を上げないと。だけど、そうは上手く行かせてくれない。

 接近警報が鳴り響く。

 スコーピオンの『鞭』が迫っていた。

「なめるな!」

 紙一重で回避し、接近しながら撃ち続けるけど、どうしても距離を詰められない。おまけに、空中で回避しながらという不安定な状況だから、上手く狙いが定まらなかった。

「残弾無し!?」

 スナイパーレールガンを打ち尽くした。元々、そんなにバカスカ撃つような装備でもないとは言え、装填弾数の少なさにはもどかしさを感じた。

 そのことをディスプレイ上の表示で確認すると同時に、私は見た。

「あのパーツ、あれが首脳ね!」

 半壊した頭部のさらに奥。私の行った射撃で出来た弾痕で歪んだ装甲のその先に、高熱を発するパーツの姿が見えた。

 間違いない。

 あれさえ破壊出来れば、私たちのミッションは成功だ。

 スナイパーレールガンの予備弾倉へと手を伸ばした次の瞬間、部数の『鞭』が迫ってきた。

「こんな時に、タイミングの悪い!」

 かろうじて『鞭』を回避することには成功した。だがその直後、私は最悪の事態に直面した。

「しまった! 予備弾倉が!」

 『スコーピオン』の振るった『鞭』は、スナイパーレールガンの予備弾倉を切り裂いた。

 私の単純ミスか、運の悪い偶然か、あるいは『スコーピオン』が狙ったのか、その真相はともかく、私がスナイパーレールガンの予備弾倉を失ったことだけは覆らない現実だった。

「あと、一発だけでいいのに」

 ビームマシンガンは収弾性が低すぎるせいで精密射撃は不可能だ。そうでなかったとしても、『スコーピオン』がビームを歪曲させる為に対ビーム用装甲の磁力をとてつもない強さで発生させているせいで直進することはない。

(どうする? どうすればいい? 考えろ私!)

 私がここで失敗するわけには行かない。

 絶対に『スコーピオン』の『主脳』を破壊しないといけない。

 私の機体、私の装備、今の私に出来ること。何か、あるはずだ。

 ……そうだ!

 あるじゃないか、出来ること。

 大丈夫。

 絶対上手くいく。

 私と、『ウイニング・フェアリー』なら!

「仕掛ける!」

 迫り来る『鞭』に怯まず、両手の銃を真っ直ぐに構えて機体を一気に加速させ、間合いを詰める。

 『ウイニング・フェアリー』の長所はその機動性。私自身と『ウイニング・フェアリー』を信じれば絶対に出来るはずだ。自称他称『突スナ』の名の通りの、全力の突撃を見せてあげようじゃないか!

「行っけー!」

 思わず叫ぶ。

 何度か攻撃が装甲をかすり、ダメージを受けはしたが些細な問題だ。 

 さっき『くま』が『ワイルド・ベア』でそうしたように、私も『ウイニング・フェアリー』を『スコーピオン』へと取り付かせた。そして頭部パーツの装甲の奥底に『主脳』の存在を確認し、そこへとめがけて、勢いよくスナイパーレールガンのバレルを突き刺した。

「このやり方なら、弾の有る無しは関係ないよね!」

 さらに駄目押しだ。

 スナイパーレールガンを突き刺したまま、その突き刺した先へとビームマシンガンをフルオートで撃ち込んだ。

 この距離なら、帯電粒子の操作も関係ないはずだ。

「今更? もう遅いわよ」

 無数の『鞭』が『ウイニング・フェアリー』めがけて迫っていたが関係のないことだ。

 私は、私たちは、『スコーピオン』の『主脳』を破壊するというミッションを成し遂げたのだ。

「任せたからね、二人とも!」

 後は『タツヤ』と『ムウ』が上手くやればいい。

 それだけのことだった。

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