第四章 最終決戦 三



「何だ? 『スコーピオン』の装甲内の温度が急に上がり始めた」

 直後、『ムウ』が叫んだ。

「みんな、離脱して!」

 炸裂音と共に『スコーピオン』の装甲が爆ぜたのはその直後だった。

 あまりにも唐突なことだった。

 いや、もしかしたら俺たちが『スコーピオン』の背中へと取り付き、その装備の大半を破壊したことが、引き金になったのかもしれない。ともかく、『スコーピオン』の装甲が突如として吹き飛び、それによって俺たちは、強制的に排除された。 

「ちっ、せっかく取り付けたってのに」

 『スコーピオン』の装甲と共に吹き飛ばされ、それなりのダメージを受けはしたが、致命傷とはならなかった。とはいえ、近づいたはずの距離を無理矢理離されるというのは少々しゃくに障った。

「わかりやすい弱点だし、対策されてるとは思ってたが、これは……」

 『スコーピオン』の弱点が極端な密着間合いであることはすぐにわかることだが、しかし、それにしたって妙な話だ。今の『スコーピオン』は攻撃用の装備のほとんどを失っているので、再び接近すること自体は簡単だ。おまけに、今の『スコーピオン』は、今まで俺たちの攻撃を阻み続けてきた強固な装甲のその全てを失っていた。有機的な曲線を描く内部フレームが露出したその姿は、筆舌しがたい威圧感を放っているものの、防御能力が極端に低下したことには変わりなく、撃破するためにはまたとない好機だった。

「……気を付けろ。……こいつは、今までだって一度たりとも、無駄な行動をしてこなかった」

「『くま』、『ヒメ』! 大丈夫だった?」

「……一本を破壊するのでやっとだった。……進行を遅らせることは出来たが、これで振り出しに戻ってしまった」

 距離を離された俺たちが、警戒をしながらその距離を維持していると、『スコーピオン』は尻尾の巨大なビーム砲をまるで見当違いの方向へと向け、そして撃った。

 収束した大量の帯電粒子は閃光を放ちながら、何の標的もいないような虚空へと向けて延びていった。

「何を狙って撃ったんだ?」

「『タツヤ』、後ろ!」

 鳴り響く接近警報と『ムウ』の言葉にハッとなり、とっさに回避行動をとった。そして、その直後『スコーピオン』の放ったビームが、俺の背後から駆け抜けていった。

「まさか、ビームが曲がったのか!?」

 曲がった、どころの騒ぎではない。

 放たれたはずのそのビームは、まるで蛇のように、あるいは龍のように、『スコーピオン』の周囲を飛び回る。

 そして、時に分裂し、集合し、その形を自在に変化させながら、俺たちへと襲いかかって来た。

「ありかよ、こんなの!」

 回避する。

 それ以外の選択肢は無かった。

 実体がないと言ってもいいようなビームの『鞭』相手では、それを破壊する方法など無かった。

 こちらがビーム兵器で応戦すれば、その帯電粒子が『スコーピオン』の支配を受けてしまうことは、試すまでも無くわかる。

 実弾に関しても、それが飛び回るビームの『鞭』によって焼き払われ、『スコーピオン』へと届くことはなかった。 

 例え飛び回る帯電粒子が減衰しようとも、それは尻尾のビーム砲から放たれて供給された。

「攻防一体ってことかよ、インチキ装備め!」

 叫んだところで状況が変わる訳でもない。

 『ムウ』が小さく言った。

「防御網を突破できれば確実に正気はあるのに」

「どうやって突破するんだ?」

「それがわかればとっくにやってる」

「だろうな!」

 今までに経験したことの無いような戦いだった。

 巨大兵器と戦っているというよりは、ファンタジー世界のアクションゲームでラスボスの魔王と戦っているかのような、そんな感じだ。飛び回るビームの鞭は呼び出された召還獣か、あるいは魔法か何かの技とでも言ったところか。

 だが、これは現実だ。

 そんな馬鹿げた攻撃を行う敵は、確かに現実として存在して、俺たちはそいつと戦っていた。

 『ムウ』が冷静に言った。

「多分、対ビーム装甲の電磁石か何かで、進行方向を操作しているんだ」

「出来るのかよ、そんなことが」

 いや、言いたいことはわかるし、事実として目の前で起こっている現象を説明しようとすれば理屈の通った説明ではあるけど。だけどそれにしたって途方もない話だ。

「出来るだろうね」

 そう応じたのは『こめっと』だった。

「何しろ、あの『スコーピオン』を動かしているのは人工知能だ。人間の持つ柔軟な思考と、コンピューターの持つ素早く正確な計算が可能になっている。なら、ビームを歪曲させる為のリフレクターを馬鹿げたパワーで動かせば、複雑な軌道を描かせることも十分に可能だ。少なくとも理論上はね」

「……それを今、目の前で見せられている、というわけか」

 そして、そのことがわかったからといって、この状況を好転させるような材料にはならなかった。

 幸い、『スコーピオン』のリフレクターの力が及ばない距離であれば、ビームの『鞭』が生きているかのように動いておそってくると言うことはない。それでも、『スコーピオン』の周囲を飛び回る『鞭』から分裂した弾丸が、銃口の位置に関係なく飛んでくるのだから厄介と言うほか無い。

 懐に飛び込むのなど以ての外だ。『スコーピオン』が『鞭』を自在に操れる範囲の中に入れば、瞬く間に刻まれ、蜂の巣にされてしまう。

 今の『スコーピオン』が身に纏っているのは、最強の盾であり最強の矛でもあるという、矛盾を超えた装備だった。

「これじゃ振り出しどころか、よけい悪化してる」

 それに対して『こめっと』が答えた。

「そうは言っても、どうすることも」

 『ムウ』のそんな発言に対し、今まで沈黙を保っていた『ヒメ』が応じた。

「一つ朗報があるわよ。『スコーピオン』の弱点、『脳』の位置がわかったわ」


×××


 元々俺の作戦は、懐に潜り込んでからどこかにあるはずの人工知能を破壊するというものだった。だが、肝心の人工知能がどこにあるのか、その場所についてはわかっていなかった。だからこそほとんど出たとこ勝負というか、作戦とすら呼べないようなものだった。だけど。

「どうやって見つけたんだ?」

「熱よ。リフレクターでビームを操作する為の複雑な処理のためにかかる負荷のせいじゃないかな。温度が、今までよりも明らかに上昇している場所があるのよ。それがこの二カ所。この主脳と副脳を破壊できれば」

「『スコーピオン』を停止させることが出来るって訳か」

 『ヒメ』から送られてきた『スコーピオン』の映像には、二カ所にマーカーが記されており、その画像を熱関知センサーで見た時の物と重ねると、なるほど、確かに納得できる。

 命令を出して全体の動きを司っている『脳』を破壊すれば、その機能を停止させ無力化できるというのは、あらゆるモノに対して言うことが出来る。組織であっても、生物であってもそれは同じで、機械であってもそのことに変わりはない。

 それに対し、『ムウ』は一つの疑問を口にした。

「『スコーピオン』の装甲を抜いて主脳と副脳を破壊するのは、さっき『タツヤ』が言ってたやり方でいいとして、あれはどうやって突破するの?」

 それこそが俺たちの直面している最大の問題だ。

 あの『鞭』を突破する明確な方法がわからず、今現在その攻撃に苦しめられているのだ。

「それに関してはボクに考えがある。どのぐらい保つのかは言えないけど、三機分の穴を開けてみせるよ」

 『こめっと』のその言葉は、更なる朗報だった。さすがリーダー、と言ったところだろうか。

「……なら、もう一度ヤツの懐に飛び込むぞ。……タイミングは『こめっと』に任せる。今すぐにでも」

 『くま』のその言葉に対し、全員が頷いた。

 『こめっと』が言う。

「ボクを、信用してくれるのかい?」

 その疑問、その気持ちはよくわかる。いや、リーダーとして周りをまとめ上げて作戦を指揮するなんてことの無い俺が、軽々しく『よくわかる』なんて言っちゃいけないのかもしれないけど、それでも、その気まずさはよくわかった。

 でも。

 それでも俺は答える。

「『こめっと』は俺たちのリーダーですから」

 結局のところ、『ムウ』のその言葉に全てが集約されていた。

 『こめっと』は俺たちのリーダーだ。

 例え常にアニメキャラの声のボイスチェンジャーを使ってしゃべるような変わり者で、恐ろしく性能が尖っているせいで連携の足を引っ張ることのあるような機体を使っていて、半ば『芋スナ』のような戦闘スタイルをとるせいで前線の戦力が薄くなって苦労することがあって、結局前線に出て周囲を見渡しながら指示を出す『ヒメ』のほうがよっぽどリーダーのような役回りだったとしても、『こめっと』が俺たちのチーム『シューティングスター』のリーダーであるということは揺らぎようのない事実だ。

 それが俺たちのルールで、そのことに納得しているからこそ、俺たちは今まで『こめっと』をリーダーとして戦ってきたのだ。

 今までも、今も、そしてこれからも。

「その言葉は、絶対に裏切れないな。ならボクもキミたちと、何よりもボク自身を信じることにするよ。それと『ヒメ』」

「何? いきなり」

「これはキミが使ってくれ。いかにビームリフレクターとはいえ、ビームを無効化出来る能力には限界がある。零距離なら問答無用で届くはずだ」

 そう言うと『マジカルこめっと』が装備していたビームマシンガンを、『ウイニング・フェアリー』へと手渡した。

「ありがとう。使わせてもらうわ」

 そして、全員のことを見渡した『こめっと』は言った。

「さあ、攻略開始だ!」


×××


 『こめっと』が攻略開始を宣言すると同時に、今まで動き回ることで回避行動をとっていた『マジカルこめっと』がその足を止めた。続いて『マジカルこめっと』の装甲の一部が開いた。

 『マジカルこめっと』には超高出力ビームカノンの三連射と力技のビームブレードの他に、もう一つの切り札があった。

 『マジカルこめっと』に装備されていた隠し武器、機体の装甲の内側に隠されていた、手に持つことなく使用できる、そして、滅多にいないがやっかいな装備、『ビームシールド』に対抗するための回答。

「ターゲット、ロックオン。アンチビームニードル、全段発射!」

 アンチビームニードル。

 対ビーム用コーティングの施された鋼鉄の針を、炸薬によって射出しターゲットを刺し貫くための装備。

 確かに威力が低くて有効射程も短い装備だが、特定の条件下、たとえばビームによって作り出した膜を盾として使うようなビームシールドと呼ばれる装備を攻略するためには、きわめて有効な装備だ。

 ビームシールドは帯電粒子によって形成された盾が飛んできた質量兵器を焼き払うことで無力化する他にも特徴がある。その性質上、大量の帯電粒子を一定空間に固定する必要があり、当然相手から放たれたビームの攻撃であっても、その帯電粒子を絡め取ることで無力化することが出来る。

 だが、これに対してはシンプルな攻略方法が存在する。

 対ビーム用のコーティングが施された何らかの装備でビームの膜を突破し、帯電粒子を操作する為の磁力を発生させているパーツを破壊すればよいのだ。

 今がまさにこれと同じ状況だった。

 ただし、帯電粒子を操作する為の装置は『スコーピオン』の全身に装備されているので、ことはそうシンプルには運ばない。

 無力化出来るのは一瞬だけで、しかも一部だけだ。

「今だ! 行ってくれ!」

 アンチビームニードルを発射した『こめっと』は、その命中も防御網に穴が開いたことも確認することなく叫んだ。

 彼は信じていた。

 チームの全員から信じられている自分自身を。

 だからこそ確信していた。

 この作戦が成功することを。

 超高出力ビームカノンの三連射を撃ち込んだあの時よりも、より一層強く。

 足を止めた『マジカルこめっと』は『スコーピオン』にとって、間違いなく格好の標的だった。『スコーピオン』の周囲を飛び回る『鞭』の一部が分裂し、光り輝く無数の弾丸となって『マジカルこめっと』へと向けて放たれた

「行ったか。頼んだぞ」

 だが、その時『こめっと』のディスプレイ上に映し出され、そして彼の脳裏に焼き付いた光景は、『ワイルド・ベア』、『ドリーム・フェザー』、『ミラージュF』の三機が、帯電粒子によって作られた『スコーピオン』の防御網に僅かな間穿たれた穴から侵入しその懐へと切り込む雄志だった。

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