第四章 最終決戦 二
二
『スコーピオン』の進行速度は思ったよりも遅く、すぐに追いつくはずだった。
『ムウ』はそんな、半ば呆れたような声で言った。
「それにしても、なかなか無茶な作戦ね」
その言葉に対して俺は答える。
「自覚はある。でも俺じゃこれ以上は思いつかなかったんだよ。どうせ軍師の才能なんて無いさ」
「でも、無茶な作戦は嫌いじゃないよ。それだけの価値は十分にあるはず」
俺の考えた作戦を話したときの反応はそんな感じだった。
正直に言うと、予想以上に好意的な反応で驚いていた。何しろ、策とは言っても実質ノープランとほとんど変わらないような方法なのだから。そんなものが受け入れられるあたり、実は皆が思いついていた作戦も似たり寄ったりだったんだろうとか、どっちにしろ無策な事に変わりはないんだな、とか、そんなことを考えていると、『スコーピオン』が足を止めた。
『くま』が呟く。
「……やはり警戒されているな」
足を止めた『スコーピオン』はゆっくりと反転し、俺達の方を向いた。そして、今までは畳んだ状態だった『尻尾』を展開し巨大な砲身を出現させた。
なるほど。
『スコーピオン』という名前はこのためだったのか。
確かに、これは間違いなく『サソリ』の外見だ。
サソリの尻尾に相当する部分が巨大な砲身だということは一目見たときからわかっていたけど、それが砲身として展開されたその姿を見ると、とてつもない威圧感があった。
少なくとも、『マジカルこめっと』の装備するビームカノンより巨大だ。そして、ビーム兵器の砲身の巨大さは、そのまま運用できる粒子量と安定して粒子を飛ばせる距離、すなわち、威力と射程と命中精度という、射撃装備に求められる絶対的要素をそのまま確定させる。
要するにデカい方が強い。
そして、このはてしなくデカい砲身から放たれる『スコーピオン』の砲撃がとてつもなく強いというのは、決して揺らがない絶対的な事実だ。
突如、ビームの警戒警報が鳴り響く。
真っ先に反応したのは『ヒメ』だった。
「帯電粒子高速で収束! たぶん、あの尻尾の奴が来るわ」
「あれは流石に避けなきゃマズそうだ」
かすったら、どころではなく、掠めただけでも致命的なダメージを受ける危険性がある。
突如、警報機が鳴り響き、それと同時に『こめっと』が叫んだ。
「来る! 全員全力回避!」
その直後、『スコーピオン』の尻尾からビームの砲撃が放たれた。
撃ってくることはわかっていたので、すでに心構えは出来ている。
距離もそれなりに離れている。
『スコーピオン』の砲撃がいかに正確だったとしても、これだけの好条件が重なれば避けること事態は簡単だ。
十分に距離をとって回避行動をとり、その直後目の前を眩い閃光を放つビームが駆け抜けていった。
直後、『ムウ』が言った。
「『タツヤ』、そっちに来る」
「畜生が!」
俺達は全滅を避けるために全員が違う方へと向けて逃げた。それを察した『スコーピオン』は、砲身を降ってなぎ払い攻撃を開始した。俺の『ミラージュF』をターゲットにして。
全速力で機体を飛ばし、追撃を振り払う。
「何で、よりによって俺なんだよ!?」
確か『ミラージュF』は戦争時代のストライクギアをモデルにしているけど、もしかしたら、そういったことが『ミラージュF』が狙われる要因になっているのかもしれない。
接近を真っ先に伝えてくれた割には、いつものように少しトゲのある台詞を『ムウ』が投げかけてきた。
「他の人の方に持ってこないでよ。当たったらゲームオーバーなんだから」
「勝手なことを、言ってくれるな!」
ビームのなぎ払いはすぐそこまで迫っていた。だいたい、砲身を降る速度に機体の移動速度が勝てる道理なんて無いのだ。
「だとしても!」
追いつかれそうになった直前に、機体を百八十度反転させ、一気にビームの真横を駆け抜ける。この避けかたなら一気に距離を稼ぐことが出来る。そして、いかにあの『スコーピオン』がその巨体とオーバーテクノロジーによって大量の粒子を運用できるのだとしても、ビームの照射などそうそう長時間出来るものじゃない。
「あと、少しで!」
切り返し、再び迫り来たビームは、『ミラージュF』へと当たる前に霧散した。
「……ギリギリだったな。……狙われていたのが『ワイルド・ベア』だったら、絶対に逃げきれなかった」
「いや、本当に、正直言って危なかったです」
ふと見ると、焼かれた大地の一部が溶けて、ガラス状に変化していた。改めて思う。これはとんでもない破壊力だ。ストライクギアの装甲なんて全く意味を成さないだろう。
「ボクも、見ててヒヤヒヤした。だけど、今がチャンスだ。一気に距離を詰めるよ!」
改めて、一直線に距離を詰める。
「……まずは俺と『ヒメ』で先行する。行けるな?」
「任せて。私たちの必殺技、見せてやろうじゃない」
最初に飛び出したのは『くま』の『ワイルド・ベア』だった。
頭部のセンサーを破壊された『ワイルド・ベア』は、それを補うための工夫をしていた。それは、『ウイニング・フェアリー』のメインセンサーの映像を『くま』もディスプレイへと映すことで補うという物だった。そして、その『ウイニング・フェアリー』がどこにいるのかというと、それは『ムウ』と『こめっと』の言葉を聞けばすぐにわかるだろう。
「合体システム、本当に搭載したんですね」
「ボクも冗談だと思ってたよ。噂には聞いてたしチラッと話も聞いたけど」
そんな二人のコメントに対して『くま』と『ヒメ』は、少し楽しそうに応じた。
「……正直に言おう。俺も実際に使うことになるとは思ってなかった」
「でも、この状況じゃ一番有効な手段よ。間違いなくね!」
『ウイニング・フェアリー』は装甲の一部を取り外し、『ワイルド・ベア』の背面部へと『装備』されていた。
所謂『変形合体』というヤツだ。
実際の兵器として設計されたストライクギアにそんな機能が搭載されているのか? という疑問があるだろうが、ジョイントが共通規格であることを利用し、さらに一部の拡張パーツを装備すれば、そういった改造も不可能ではない。
もっとも、兵器としての合理性とは遙か遠いところにあり、一般的には『ロマン装備』の域を出ることはない。
「……だが、限られた条件かでならば、コイツは恐るべき有用性を発揮する。……それを、今から見せてやろう!」
×××
『ワイルド・ベア』と『ウイニング・フェアリー』の合体は両者の弱点を補うことが出来る。
例えば装備。
近接戦闘特化型という、あまりにも極端な機体である『ワイルド・ベア』は大した射撃装備を持たないが、今の『ワイルド・ベア』には『ウイニング・フェアリー』の装備、スナイパーレールガンが加算され、それを利用できる二本の腕部と運用できる操縦者が追加されている。
これを逆に『ウイニング・フェアリー』の側から見れば、今までの致命的な弱点であった装甲の薄さが改善されたことになる。
「……迎撃、頼めるか?」
「安定した地上で、装甲の厚さを頼りに出来るなら」
「……では、任せた」
「任された」
『ヒメ』の正確な射撃は、次々に『スコーピオン』の砲門を破壊した。確かに、すべての攻撃を未然に防ぐことは出来ないかもしれないが、生半可なビーム攻撃は『ワイルド・ベア』に対しては無力であり、致命傷になることはない。
今までの『ワイルド・ベア』では不可能な射撃による反撃であり、『ウイニング・フェアリー』には不可能だった安定した射撃だった。
そして、純粋に二機のストライクギアに使用されるジェネレーターとスラスターが加算されたことによる突進力は測り知れず、爆発的な加速によって瞬く間に『スコーピオン』の懐へと潜り込むことに成功した。
「……さて、始めるか」
『スコーピオン』には構造上の致命的な弱点が存在する。
その巨体故に、懐へと潜り込まれると、どうしても迎撃が難しく、一方的に攻撃を受けてしまうのだ。
恐らく、本来であれば複数のストライクギアを同時に配置して直援に付けるのだろうが、生憎いまの『スコーピオン』は単騎であり、誰かと連携をとることは出来ない。そこに勝機があった。
『くま』は『ワイルド・ベア』の両腕のアイアンネイルに超振動を加え、大きく振りかぶらせた。
狙うは『スコーピオン』の脚部。
巨体を支え大地へと立つ六本のそれは、歩行という移動手段を用いる『スコーピオン』にとっては、最大の生命線といってもいいだろう。
「……喰らえ!」
『ワイルド・ベア』が勢いよくその腕を振り下ろし、『スコーピオン』の巨大な脚部へと叩きつけた。
鈍い金属音が響きわたる。
「……やはり堅いか」
傷を付けるぐらいは出来た。
だが、初戦はその程度だ。破壊し進行を食い止めるには、この程度では足りない。
「……ならば」
『くま』は即座に次の作戦を実行に移す。
再び両腕を振り上げ『スコーピオン』の脚部へと接近。そして今度は、その巨大な両腕で『スコーピオン』の脚部を掴んだ。
脚を掴んで動きを止める。
発想としてはこの上なくシンプルだ。
しかし、自身を圧倒的に上回る重量と質量を持つ巨体相手に行うのは、一見すれば愚策だろう。本来ならそれは、成功するはずがない作戦だ。
「……侮るなよ、今までとは、……パワーが違うんだ!」
常識的に考えれば愚策。
だが『ワイルド・ベア』という機体は、ストライクギアとしては極めてイレギュラーな存在だった。
例えば近接戦闘特化型というコンセプト。例えばチェーンソードの回転を停止させ握りつぶすだけの馬鹿げたパワー。例えば二つの機体が合体しているというこの状況。
そんな『ワイルド・ベア』が『スコーピオン』の脚部へと組み付き、あまりにも馬鹿げた策を実行に移したその結果、『スコーピオン』の進行は停止した。
×××
「『ムウ』、俺達も行くぞ」
「了解」
『くま』の『ワイルド・ベア』が先行して『スコーピオン』へと突っ込んでいくのを追いかけ、俺の『ミラージュF』と『ムウ』の『ドリーム・フェザー』も続いた。
スナイパーレールガンで正確に砲門を破壊していくのは、流石は『ヒメ』と言った感じだ。
対地の迎撃装置が先行する『ワイルド・ベア』に集中してくれているのは好都合だった。
俺と『ムウ』は『ワイルド・ベア』の背後に追随する形で地面スレスレの低空飛行を行い、一気に間合いを詰める。
「今だ!」
そして、ある程度近づいたところで機体を急上昇させ、俺と『ムウ』は一気に『スコーピオン』の真上へと躍り出る。対空機銃の死角である完全密着間合い、『スコーピオン』の背中の上へと着地するのが目的だ。
『スコーピオン』はそれに対して即座に対処してきた。甲虫の羽のような背面部の装甲が開かれ、有線遠隔兵器が展開された。
ビーム攻撃を行う為の小型の砲門と、敵味方を問わずにビーム攻撃を反射させて複雑な攻防一体の技を行うためのビームリフレクター。
「待っていたぜ、この瞬間を。やるぞ、『ムウ』!」
「まかせて!」
「抜刀!」
そのかけ声と共に俺は『ミラージュF』の装備するマルチバレットマシンガンからビームバヨネットを発生させた。銃口から放出される帯電粒子が磁力によって固定され、ビームの刃を形作る。
『ムウ』の『ドリーム・フェザー』も振動刀を装備し、そのスイッチが入れられた。超振動が加えられた鋼鉄の刀は、それが本来持っている以上の切れ味を獲得し、恐るべき攻撃能力を与えられる。
俺と『ムウ』は一瞬だけ目配せしあい、そして無言のまま、振りかぶった刃をそれぞれのターゲットへと振り下ろした。
俺達の刃は、それぞれのターゲットを容易く切断する。
『スコーピオン』が死角を補うために装備している有線遠隔兵器のワイヤーを。
有線遠隔兵器にはあまりにもわかりやすい、致命的な弱点が存在する。ワイヤーそのものを切断してしまえば、簡単に無力化できるのだ。そして、相手の間合いの内側に入れば入るほど、その方法での攻略は簡単になる。
俺と『ムウ』は『スコーピオン』の背中を駆け、遠隔兵器による攻撃を回避しながら、瞬く間にすべてのワイヤーを切断し遠隔兵器を無力化した。次いで、背中に配置された幾つかの砲身を破壊し、その攻撃能力を低下させることに成功した。
要するに順番なのだ。
装備の内容を知らない状態で『スコーピオン』へと挑めば、まずは大量の対空装備に、それを切り抜けて間合いの内側に入ろうとすれば有線遠隔兵器の攻撃を受けることとなる。
だが、最初からわかっていればそうはならない。
おまけに、戦うのは二回目だから、おおよその砲台の位置を覚えているので、回避はなおさら簡単になる。そして、『スコーピオン』最大の驚異である高威力のビーム兵器は、密着間合いでは使うことができない『口』と『尻尾』に装備されている。これでもう、手も足も出ないはずだ。
突然、『スコーピオン』がその歩みを止めた。その直後、インカム越しに聞こえてきたのは『くま』の声だった。
「……どうにか足止めには成功したぞ」
通信を聞いている限り、ずいぶんと強引な方法でやったようだ。
よし、これで、『スコーピオン』の撃破は目前へと迫った。
後は内部のどこかにある『脳』を破壊出来れば俺達の勝利だ。
『脳』の位置はおおよその判断が出来る。背面部の、もっとも装甲の厚い部分。その奥底へと守られているはずだ。
×××
警告!
戦闘能力の致命的な低下を認めます。
被害再確認。
有線遠隔兵器、ケーブルの断線により九割以上の脱落を確認。
回収不可能と判断。
背面部砲身の六割以上が使用不能、被害は今なお拡大中。
四番脚部の損傷を確認。
外部要因により四番脚部へと深刻な負荷が発生。
歩行に致命的な障害が発生。
ミッションへと致命的な傷害が発生しています。
このままではミッション継続が不可能になる危険性が極めて高いです。
この戦闘能力は我が軍へと脅威と成り得ることを認めます。
……。
…………。
緊急プログラム発動。
秘匿条項の開示が許可されました。
モード二へと移行します。
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