第四章 最終決戦 一


第四章 最終決戦



 『スコーピオン』は健在だった。

 その悪夢のような現実を突きつけられたとき、『スコーピオン』がなおも前進を続けるこの状況で、俺はリーダーである『こめっと』を差し置いて指示を叫んだ。

「とりあえず一端後退するぞ。俺は『ワイルド・ベア』を、『ムウ』は『ヒメ』と一緒に『マジカルこめっと』を!」

「了解」

「オッケー、任せて」

 今の二人の機体が動けない以上、これ以外の選択は無いはずだ。

「よし、行くぞ!」

 それぞれ機体を抱えて、この場所からの脱出を試みる。『スコーピオン』はそれを追撃することなく、ゆっくりと歩いていった。

「歯牙にもかけないってのは、まさにこのことか」

「私たちが手も足も出ないって事を、あいつも分かってるみたい」

「だろうな」

 ストライクフォートレス『スコーピオン』。改めて思い返すと桁違いの性能の兵器だ。その攻撃能力の高さは凄まじいものだが、それ以上にとてつもない防御能力だ。要塞という名が伊達ではないことは、嫌というほどに体感した。

 距離をとって適当な物陰に身を潜める俺たちの機体には、最早目もくれずと行った感じで、悠々と『スコーピオン』は通り過ぎていった。

 少しの間、俺達はその姿を無言のまま見ていた。

 そして、最初に言葉を口にしたのは『こめっと』だった。

「みんなごめん、ボクの読みが甘かった」

 『こめっと』にしては珍しいくらいの、とても悔しそうな声だった。

 確かに『マジカルこめっと』の、必殺の三連砲撃が全く効かなかった事に対して一番ショックを受けたのは、その機体を操り今まで俺達の窮地を救ってくれた、他ならない『こめっと』自身だろう。

 だけど、そんな『こめっと』のことを慰めるでもなく、『くま』はあくまでも冷静に言った。

「……反省会なら後でやればいい。それより、どうやってあいつを倒せばいいのか、だ」

 そんな『くま』の言葉の直後、『ヒメ』は少し遠慮がちに言った。

「何か根本をひっくり返すような質問で恐縮なんだけどさ。そもそも、あの『スコーピオン』を撃破する必要ってあるの?」

 その発言は確かに正論だ。今、『スコーピオン』が俺達のことを無視して進んでいったことからもわかるように、『スコーピオン』は自身へと攻撃してくるモノに対しては、容赦なく攻撃を行う。だけど、そうでないモノのことは徹底的に無視する。

 つまり、徹底的に『スコーピオン』のことを無視すれば、無害な存在であるということは確かに有り得る。

 俺がそんなことを考えていると、夢宮さんが言った。

「実は私もこの資源採掘用惑星について少しだけ調べてたんだ。それで、ちょっと気になる事があって」

 彼女の発言はあまりにも唐突だった。だが俺達は、その言葉を無言のまま聞き続けた。

「まず、この資源採掘用惑星はあの戦争の前から使われていた。そして戦争が始まったことによって、採掘どころじゃなくなって作業は中止された。厳密に言うなら、宇宙資源の利権が大きく絡んだ戦争だったせいで、多くの資源採掘惑星は、主戦場か前線基地になっていた。ただし、全部の資源採掘用惑星が誰かの支配下になっていたわけじゃない。例え無人兵器を使っていても物資の補給はどうしようもない問題になる」

 『ムウ』にしては珍しいあの大戦争に対して踏み込んだ話だった。少なくとも、歴史の授業には出てこないような領域の話だ。

「この資源採掘惑星は微妙な場所にあったせいで誰の支配下にも無くて、だから逆に、幾つもの勢力が自分の支配下に納めようと目を光らせていた場所だった。ここまでは、私が慣れない軍記物を読んで知った知識で、本題はここから先」

 そうか、この手の軍事ネタは『ムウ』にしては珍しいと思ったが、どうやら最近調べて知った知識らしい。そして、本題はこれからだ、と言うが、はたして何の話をするつもりなんだろうか。

「これが今のこの資源採掘用惑星のマップ。こっちが開戦前のマップ。見比べると分かるけど、実は当時とほとんど同じ場所に同じような施設が作られているの。軌道エレベーターに通信アンテナにマスドライバー。まあ、こういうのを建てるのにベストな場所っていうのは限られてるだろうから当然のことだろうけど」

 このことを聞いたのは初めてだが、よく考えてみれば当たり前の話なのかもしれない。

「で、念のために一番詳しそうな『こめっと』に質問。大戦争時代の兵器、具体的には『スコーピオン』に、現代の民間会社が建てた装置のコントロールを奪うような事って出来る?」

 唐突に質問を受けた『こめっと』だが、それに対して淀みなく返答する。

「可能だよ。そもそも端子の規格やら何やらは同じわけだし、あの『スコーピオン』なら簡単にセキュリティーを破ってコントロールを奪ってしまうだろうね」

 『こめっと』のその回答を聞いたとき、俺の脳裏に一つの、最悪のシナリオが浮かんだ。

 それは一見すると突拍子もないような事だが、有り得ない話じゃない。だが、そんなことが可能なのか?

「じゃあ、もう一つ質問。この現代の地球に、空の上から大戦争時代の人工知能搭載兵器が降ってきたら、やっぱりとんでもないことになるよね?」

 『ムウ』のそれは、質問というよりも確認だった。それによってどんなことが起こるのか、それを具体的に答えることが出来なくても、それがかなりマズい事態だということぐらいは、誰にでもわかっていた。

 そして少しの沈黙の後、『こめっと』は答えた。

「そういうことか。ボクとしたことが、完全に思考の中から抜け落ちていたよ。ああ、断言しよう。とんでもなく不味いことになるよ。間違いない」

 『こめっと』はそう断言した。

 その回答は俺にだって予想できていた。でも、だとしても、それが改めて『こめっと』の口から直接語られると、やはり絶望的な気持ちにはなった。

 誰もが黙りこくっていた。

 そして、最初に沈黙を破ったのは『くま』だった。

「……なるほど。『スコーピオン』が、自身の体そのものをマスドライバーに乗せて地球まで行こうとしている、……と、いうわけか。確かにあり得そうな話だな」

 俺も今までの話で気が付いたと言うか、合点がいったことがあった。

「そのためのあの防御能力ってわけか。大気圏突破用という目的を兼ねた耐熱装甲なら、ビーム兵器に対してあそこまで強いのも納得出来る」

 絶望感に浸って俯いている場合じゃない。今は、あの『スコーピオン』をどうやれば撃破できるのか、それを考えなきゃいけない時だ。何が何でも『スコーピオン』の地球降下は阻止しなくちゃいけない。

 そんな俺の決意の直後、今まで沈黙を保っていた『ヒメ』が言った。

「はい、みんな注目。今、ざっと計算してみたよ。『スコーピオン』が今のままの速度でマスドライバーに向かった場合、マスドライバー周辺にある安全地帯を越えるのは後三十分ぐらいかな。もう、あんまり時間はないよ」

 安全地帯の中では全てのストライクギアは能力が制限され、戦闘に関する一切の行動がとれなくなる。だがそれは、『スペース・フロンティア』というゲームの為に設けられた機能制限にすぎない。『スコーピオン』にとっては何ら関係の無いことだ。

 だとすれば俺達に出来ること、やらなきゃいけないことは一つしか無い。

「なら、追いかけていってもう一度攻撃を仕掛け、とっとと撃破しないと」

 真っ先に応じたのは『こめっと』だった。

「『タツヤ』確かにキミの気持ちはボクにだって分かる。でも、実際問題として、どんな方法で『スコーピオン』を撃破するんだい? ただ無策で挑めば返り討ちにされてしまうのは目に見えている」

 『こめっと』の言葉はもっともだ。間違い無く正論だろう。

 だけど。

「撃破する方法、か。それならありますよ」

 俺は不適にそう言い放った。

 少しだけ芝居がかってるかもしれないけど、でも、そんな風に言いたくもなる。

「ほ、本当か? 本当に、あの『スコーピオン』の攻略方法がわかったと、『タツヤ』はそう言うのか?」

「わかったって言うよりも、思いついたって言う方が正確ですけど

 そう付け加えてしまうと、どうにも締まらなかった。

「『タツヤ』、それも少し違うよ。多分みんなもう気付いてる。ここまであの『スコーピオン』のことがわかっていたら、大体同じことを思い付くと思うよ」

 『ムウ』のそんな言葉に続いて、『ヒメ』と『くま』が言う。

「だけどそれが、かなりの無茶ってわかっているから、皆口にするのをためらってた。そうだよね?」

「……ああ、そうだ。……だが、それを『タツヤ』から言い出したということは、覚悟ができてると考えていいんだな?」

「覚悟だなんて、そんな大層なモノじゃないですよ。俺はただ、負けたくないってだけのことです」

 とても心強かった。

 ディスプレイの先で皆が不適な笑みを浮かべる姿が簡単に想像できた。

 そう、ここにいる誰もが自分の機体と技量に自信を持っていた。決して過信ではなく、己のことを客観視した上で揺るがないプライドを持っているのだ。

 そして、その上で判断した。

 この戦いには十分に勝機がある、俺達はまだ負けたわけじゃない、今の俺達なら『スコーピオン』を撃破出来る、と。

「じゃあ、その作戦について今から話します」

「『タツヤ』、その話は『スコーピオン』を追いかけているうちに話してもらうことにしよう。どっちにしろボクの作戦は失敗に終わってしまったんだ。何であれキミの作戦に従い、それに全てを賭けようじゃないか」

 そう言った『こめっと』に対して、少し心配そうに夢宮さんが言った。

「それは私も同意だけど、そもそも『マジカルこめっと』動くの?」

「今やっと、動けるようになった。武器だってビームカノン以外は新品同様だよ。それより『ワイルド・ベア』のダメージの方が厳しいんじゃないのかい?」

 確かにそうかもしれない。何しろさっきの戦闘で、『ワイルド・ベア』の頭部にある光学センサーは完全に破壊されてしまっているのだ。

 だが、『ヒメ』と『くま』の二人が何やら相談しているその声からは、闘志が衰えている様子は全く無かった。

「予備パーツを軌道エレベーターから落とすっていうのはどう?」

「……申請から実行まで時間がかかるし、何より『スコーピオン』に迎撃される危険がある。それよりは、奥の手を使った方が手っ取り早い。『ヒメ』が良いと言うなら、だが」

「奥の手……ああ、なるほどね。いいよ、やってみようじゃない」

 五人五機、全機健在で全員参加。

 これならば勝機は、十分すぎるほどにある。

 今回は俺が言い出しっぺみたいなもんだし、俺が仕切るとするか。

「よし、全機出撃だ。第二回戦、いや、最終決戦を始めようじゃないか」


×××


 人類の歴史は戦いの歴史でもある。

 そんな人類の有史以降、最強の名を冠された武器、兵器は幾度と無く現れ、そして次々と最強の座を受け渡し受け継いでいった。

 木の棒は石の剣に破れ、銅の剣、鉄の剣と塗り替えられた最強の座は、やがて火縄銃へと移り変わる。銃は進化を重ねて威力や命中精度、連射性を向上させていったが、陸上戦闘の覇者はついに、銃で武装した歩兵から戦車へと移り変わっていく。そんな陸の覇者である戦車も、海の覇者たる戦艦の装甲を打ち抜くことや、その主砲の威力を凌駕する事はできない。だが、いかに海の覇者たる戦艦であっても、空を縦横無尽に飛ぶ航空機にたいしては為すすべもなく、ついには航空機こそが時代の覇者となる。しかし、いかに空を自由に飛び回ろうとも、遙か衛生軌道上に座する衛星軌道兵器の前には為すすべもない。そして、それを攻略するための宙域戦闘用飛行機とその輸送船が生まれ、やがてはそれらにたいする回答としてのストライクギアが生み出される。

 人類史が始まって以降、最強の座は幾度と無く移り変わってきたのだ。

 そう呼ばれたモノ達が、しかしそれは幻想にすぎなかったという事を、他でもない自ら証明している。 

 何故か?

 理由はいくつかあるだろうが、その一つとして、運用上無敵という物はあっても、構造上無敵という物は存在しない、ということが上げられるだろう。

 何にでもどうしようもない弱点は存在するが、その弱点を付かれない限り最強であり無敵なのだ。

 しかし、歴史上に名を連ねる『かつて最強であったモノ達』は自身の生まれた時代では想定しなかった相手から、想定しなかった方法によって敗北し、最強の座を退いた。

 最強の兵器ストライクフォートレス『スコーピオン』。

 だが、最強の座が移ろいゆくものであるという現実からは逃れる術など無い。

 今、反撃の時間は始まった。 

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