第三章 ストライクフォートレス 四
四
まだ戦争が地球の中で行われていた頃の、しかもかなり昔の話だ。光学兵器はおろか自動照準や追尾兵器すらなかった頃に、海の覇者だった『戦艦』と呼ばれる兵器の話だ。
戦艦は圧倒的な威力と射程を誇る質量兵器を備えており、確かにそれは驚異となりえる。しかし、それ以上に恐るべき特徴があった。それは設計段階の目標として、自身の砲撃に耐えられるだけの防御能力を求められているということだ。時代が移り変わり、戦いが宇宙で行われるようになったとしても、そういった思考や理念が兵器開発の場においては生き残っていた。
ストライクフォートレスは、まさにそうんな兵器だった。製造にかかる莫大なコストを考えれば、防御能力に重点が置かれるのは正しいと言えるだろう。そして、その防御能力の目安として自身の攻撃能力を用いるというのは、確かに合理的だ。
ストライクフォートレス『スコーピオン』は、それが造られたと考えられる時代特有の、大量かつ高威力の光学兵器で武装されている。確かにそれそのものは、とてつもない驚異だ。だが、『スコーピオン』の真に驚異的な部分とは、実は、その圧倒的な防御能力にこそあるのだ。『スコーピオン』が造られたと推測される時代の技術は、その一部が、既に失われてしまっている。
それらのことから、とてもシンプルな答えが導き出される。即ち、「現代の兵器では『スコーピオン』を破壊することは、極めて困難である」ということだ。特に、光学兵器に限定してしまえば、「全く効果が無い」と断言してしまっていいだろう。
それはそのまま、タツヤ達のストライクギアの装備が、半分近く役に立たなくなってしまうことを意味する。いや、それだけの熱量を防御できる装甲であれば、そもそも質量兵器を容易く防ぐことすら明白だ。
そんな絶望的な真実を彼等が目の当たりにするのには、それほど長い時間は必要なかった。
×××
『スコーピオン』との激しい攻防は続いた。いや、攻防という表現は間違っているかもしれない。何しろ『タツヤ』達は有効な攻撃手段を見いだせないまま、防御すら許されずに、ひたすら回避に専念し、隙をついてたいしたダメージにならない攻撃を行うという、そんな戦況なのだから。
そして、激しい攻撃に晒されていたのは、空中だけではなかった。地上で起死回生の一撃を撃とうと準備を進める『こめっと』の『マジカルこめっと』と、その直援に就いた『ヒメ』の操る『ウイニング・フェアリー』はより激しい攻撃を受けていた。
彼等を狙って放たれるのは、『スコーピオン』の対地ビームマシンガンと、主砲のビームカノンだ。
眩い何本もの閃光が『マジカルこめっと』へとめがけて降り注ぐ。大型ビーム兵器による攻撃に特化したその代償として機動性に致命的な弱点を抱える『マジカルこめっと』では、この攻撃を回避する手段はない。
だが。
「やらせない!」
『ウイニング・フェアリー』がグレネード弾によるアンチビームスモークを展開したその直後、『マジカルこめっと』を狙って放たれた攻撃は届くことなく霧散した。
「大丈夫だった?」
「ありがとう、正直助かった。なるべくダメージを受けずに、万全の状態で撃ち込みたいからね」
「サポートは私の本領で真骨頂よ。指一本触れさせやしないわ」
「その言葉、信じて頼らせてもらうよ」
とは言ったものの、スモークもコーティングも決して無尽蔵ではなく、万能でもないこの方法でいつまでも防ぎきれるわけではない。
時間とともに『スコーピオン』からの攻撃は激しさを増した。そして『こめっと』はあることに気がついた。
「どうやら、アイツのターゲットはボクみたいだね」
より強力な攻撃が優先的に『マジカルこめっと』を狙って放たれているということが、決して偶然ではないことを、認めなければならなくなったのだ。
「射撃準備を悟られて、警戒されているのかもしれないわ。逆に言えば、警戒にあたいするってことかもしれないけど」
「もしそうならボクにとっては救いかな。頼りにさせてもらうよ、『ヒメ』」
「上手くやってよ、リーダー」
「上手くやるよ、いつも通りにね」
そう、いつも通りだった。
対処法の分からない未知の強敵など、ゲーマーにとっては日常茶飯事なのだ。そんな状況で最適解を探しだし、攻略方法を探り当てるのがゲームなのだ。
×××
『くま』にとっては、とても辛い戦況だった。
「……攻撃の糸口がつかめないのは歯がゆいが、……ともかく、射撃準備が整うまでの、後少しの間だ」
下手につっこんで砲台を破壊しようとすれば、間違いなく蜂の巣になってしまう。そのことは、アンチビームスモークを張りながら接近して間合いを詰め、砲台を一つ破壊したときに身をもって味わった。
下に潜り込んで足を破壊するのも一手だが、今の『ワイルド・ベア』のパワーでそれが成功するかどうかは難しいところだった。
「……そこを切り抜ければ、勝機が見えるはずだ。……今までも、このチームはそうやって戦ってきた」
『マジカルこめっと』の大型ビームカノンを最大の威力で『スコーピオン』へと命中させるためには、粒子の減衰を最小限に止めるために、間合いを積める必要がある。『スコーピオン』が逃げようとしているのなら面倒だが、こちらへと向かってくるのであれば好都合だった。
ともかく、今は『タツヤ』も『ムウ』も、つかず離れずの間合いで攻撃を行い少しの砲台を破壊できたぐらいの戦果だ。そうやって時間を稼ぎ、『こめっと』の砲撃準備を待つしかなかった。
そんな中『くま』は見た。
『スコーピオン』の不審な行動を。
「……ハサミを『マジカルこめっと』の方へと向けた? この距離で? ……いったい何を」
『スコーピオン』が『マジカルこめっと』を警戒し、優先的に攻撃していることは確かだ。そして『スコーピオン』は今まで、決して無駄な行動をしていない。ならば意味があるはずだ。何かの意図が。この距離で、あのハサミを使って攻撃をする方法が。
(あのハサミの中に、何らかの射撃装備を仕込んでいるのか? 確かに不可能ではないし、あり得ない話ではない。だが、予測は比較的簡単で隠し武器としての働きには疑問が残る。何より、これだけ全身にビーム砲を装備しておいて今更ハサミの中に隠してあった砲門が増えたところで大差はない。他には何だ? 腕に仕込む、それだけの価値のある、たとえばあのハサミの質量を武器として使えるような……まさか!?)
『くま』は判断を下した。
「『こめっと』、『ヒメ』! 全力回避だ!」
そう叫びながら、『スコーピオン』のハサミと、その射線上にいる『マジカルこめっと』の間へと割り込んだ。それとほとんど同じタイミングで『スコーピオン』が攻撃を行った。
そして、『くま』がそのことをディスプレイ上に映された情報として認識した直後、彼のディスプレイは暗転した。
「『くま』! 大丈夫!?」
ヘッドセットからよりも早く、直接耳へと『ヒメ』の声が聞こえてきた。
『くま』は自室のデスクトップパソコンを眺めながら、そういえば『ヒメ』はリビングへと持って行ったノートパソコンでやってたな、とかぼんやり思いながら応じる。
「……たかがメインカメラをやられただけだ」
「ははは、一度は言ってみたい台詞ね」
そんな軽口を言えるくらいには余裕があった。
『くま』の予測は正しかった。
『スコーピオン』が行った攻撃は、ハサミの付いた腕を射出するという、あまりにも単純なものだった。
『スペース・フロンティア』にも同様の追加装備は存在する。だがそれは、『技術的に可能だから』という理由で作られた装備が『ロマン装備』や『ネタ装備』として用いられているだけで、それが実際に兵器として使われることをだれ一人として想定していなかった。だが、『くま』のような近接戦闘特化型の使い手など一部のプレイヤーの脳裏には常に、純粋な質量のもたらす単純でありながらも強大な破壊力のことがあった。
だからこそ『くま』はこの場でとれるもっとも正しい行動に出た。その結果として『ワイルド・ベア』のメインセンサをつぶされ、数十メートル後方まで吹き飛ばされ、一時的に行動不能に陥ろうとも、『マジカルこめっと』をほとんど無傷のまま、この窮地を切り抜けることが出来たのだ。
射出された『スコーピオン』の腕は後部に付けられていたワイヤーによって即座に回収された。
『こめっと』が、どこか力強さを感じさせるような声で言った。
「ごめん、『くま』。この借りは、今すぐにでも返させてもらうよ」
ついに攻撃準備が整った。
生成され、圧縮された帯電粒子が、機体の全長の二倍近い長さのある延長バレルの奥底で、その力を解き放つ瞬間を待ちわびていた。
対地弾幕の隙間を抜け、一気に間合いを詰め、『スコーピオン』の正面へと躍り出る。
「『タツヤ』、『ムウ』、『ヒメ』これから仕掛ける。どうにか攻撃を引きつけておいて!」
『こめっと』はディスプレイ上に表示されたターゲットスコープを凝視する。そこに映し出された、『スコーピオン』の、その名の通りサソリを連想させるような頭部を。
「さよならだよ、亡霊。この三発は避けるも受けるも不可能な必殺の三発。……さあ、第一射、今っ!」
直後、『こめっと』の砲撃が『スコーピオン』へと放たれた。
『こめっと』はビームカノンを収束モードで撃った。放たれる粒子を一点へと収束させる事で高い破壊力を得ることができるこのモードは、『こめっと』をリーダーに据えたこのチーム『シューティングスター』の、最大の切り札だ。
新調された新型のメインジェネレーターとサブジェネレーターの出力は今までの比ではなく、そこに新惑星の重力と待機成分の条件が加わり、さらに粒子とエネルギーのチャージを限界まで行う事によって、設計上の理論値すらも凌駕する威力を叩き出すことが可能となる。
『こめっと』はその砲撃を、『スコーピオン』の頭部へとめがけて放った。
(例え『スコーピオン』の装甲が対ビームに特化していたとしても、光学センサーの集合体である頭部をピンポイントに狙えば、それを破壊することは可能なはずだ。『目』が潰れてくれさえすれば攻撃も移動も不可能になる。そうなれば、後はどうにだって出来るんだ!)
もっとも、収束とは言ってもビームカノンの砲門の大きさよりも絞ることは出来ない。そして、大口径のビームカノンの砲門から放たれるビームは、ターゲットである『スコーピオン』の頭部を飲み込んでしまうほど太さがあった。
「サブジェネレーター接続、第二射、発射準備完了」
一瞬だけ、ビームの閃光が途絶える。
その僅か一瞬に『こめっと』は嫌な光景を目にした。
「あれは、シールドか!? 随分とご丁寧なことだよ。だけど!」
今更引き下がることは出来なかった。
サブジェネレーターの接続は完了した。第二射はもう、いつでも撃てる。ためらう必要など無かった。
「第二射、発射!」
『こめっと』がトリガーボタンを押すと同時に、二度目の砲撃が放たれた。加熱されたバレルが溶け始めたことにかまわず、その限界まで攻撃を続行する。
だが、それでも『スコーピオン』は歩みを止めようとはしなかった。おまけに、背中の対空ビーム機銃と有線遠隔兵器は、やや精細を欠くとはいえ攻撃を続行していた。そして、巨大な主砲がゆっくりと、『マジカルこめっと』へと照準を合わせていた。
「ちっ、メインバレル使用限界、投棄、サブバレル接続」
素早く第三射の準備を整える。
そして、間髪入れずに追撃を行う。
必殺必勝の三発目。その、理論値を越えた最大威力を眼前のターゲットに叩き込むために。
「バレル接続完了。第三射、発射!」
そして放たれた閃光は、三度目も狙いを逸れることなく、真っ直ぐに『スコーピオン』の頭部を目指して放たれた。
だが、その直後、『ムウ』が叫んだ。
「『こめっと』、ヤツも撃ってくる!」
「だからって、ボクが逃げるわけにもいかないんだよ。『マジカルこめっと』なら、このぐらいは!」
『スコーピオン』の攻撃が真っ直ぐに『マジカルこめっと』を襲うことはなかった。ビームカノンから放たれる大量の帯電粒子が、スコーピオンのそれと干渉しあったことによって、お互いの軌道を湾曲させあったのだ。その結果『マジカルこめっと』は、直撃こそ避けることが出来たモノの、予想外の方向から攻撃を受けることとなった。
「マズい、バレルが」
攻撃のうちの一つがバレルをかすった。
普段であれば大した事ではない。
だが、耐久能力ぎりぎりの負荷をかけられていたバレルが、外側からのダメージを受ければどうなるか。
「拡散モードの安全圏まで離脱するんだ! 早く!」
『こめっと』がそう叫び、全員が即座に反応した次の瞬間、バレルが内側から爆ぜると共に、眩い閃光を放つ帯電粒子の中へと『スコーピオン』の姿は飲み込まれた。
×××
「よし、これで」
『こめっと』は誰に聞かせるためでもなくそう呟いた。
冷却材はほとんど空になり、放熱板はその機能を失っていた。ジェネレーターはメインサブ共にオーバーヒートし当分の間は機体を歩かせることすら出来ないだろう。二本目のバレルは耐久限界を迎え、高熱の影響で変形している。
大量の帯電粒子を放った事による一時的な電波障害に加え強烈な光をモロに浴びせられ続けた光学センサーの不調によって周囲の様子を確認することは出来ない。しかし、彼の心は心地よい充足感に満ちあふれていた。
(出来た。倒すことが出来たんだ。あの亡霊を)
最初は無茶な作戦だと思った。しかし……。
「『こめっと』! ねえ、聞いてる? 『こめっと』!」
余韻に浸る『こめっと』の耳へと聞こえてくる声の主は『ヒメ』だった。
突然の『ヒメ』の声に『こめっと』の思考は現実へと引き戻された。
「うん、聞こえているけど、いったいどうしたんだい?」
「どうしたんだい、じゃないよ! 目の前!」
『ヒメ』のその言葉に、『こめっと』は胸騒ぎを覚えた。
メインの光学センサーが回復した。
「……!? ば、バカな」
ノイズ混じりのそこに映し出されたのは悪夢そのものだった。
融解し最早原形をとどめていない頭部センサー用のシールドが開かれたその先は、大したダメージを受けていないことが一目でわかった。
そして『こめっと』は確かに感じ取った。
ストライクフォートレス『スコーピオン』の瞳が嗤うのを。
×××
『スペース・フロンティア』には運営側が用意した巨大兵器を倒すというイベントも存在する。だから、タツヤ達は巨大兵器との戦闘経験が皆無というわけではない。
だがその場合、確かに強敵であったとしても、明確な弱点が用意されているものであり、それをいかに早く見つけ攻めるか、ということになる。このストライクフォートレス『スコーピオン』は、その点において明らかな違いがあった。
明白な弱点というモノが存在しないのだ。いや、おそらくは存在するのだろうが、それは巧妙に隠蔽されている。
少し考えてみればわかる当たり前のことだ。『スペース・フロンティア』は、そもそも『ゲーム』なのだ。『プレイヤーがいかに楽しく遊べるか』という点を考え、ゲームバランスというものが存在する。
だが、この『スコーピオン』はそもそもが『兵器』であり、ゲームバランスなどというモノが考慮されることはない。
むしろ兵器の本質とは『いかにゲームバランスを崩すか』というものであり、それを突き詰めた結果がストライクフォートレスという化け物じみた兵器であり、『スコーピオン』も例外ではなかった。
確かに『スペース・フロンティア』で操作されているのは本物の兵器だが、ゲームバランスを考慮した多少の調整が行われている。イベントに登場するような巨大兵器についても同様のことが言える。『スペース・フロンティア』がゲームである以上、『どのようにして倒されるか』という点が考えられ、明白な攻略法というモノが存在する。例えそれが高度な技術や高額な装備を要求するものであったとしても、『倒されるために存在する』という明確な立場がある。
だが『スコーピオン』にはソレがない。実戦に投入する以上『いかに倒されないようにするか』という点が考えられる。
それが当然のことなのだ。
そして、そんな現実を彼等は今、眼前へと突き立てられた。
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