第一章 夢宮翼という少女 三



 俺たちはハイエナからの逃走を開始した。

「しかし、随分な数だな。一、二、三、四……。まあ、とにかくたくさんだ」

〈後方からミサイル、結構早い〉

 少し焦る俺と『ムウ』に対して、『ヒメ』は余裕を感じさせる口調で応じた。

「大丈夫、私がフレアを撒くから」

 フレアとは、センサーを欺瞞するための、使い捨てのデコイのことだ。主に赤外線センサーによって誘導を行うミサイルは、フレアに誘導されてしまい、本来の目標であった俺たちから逸れていく。

 それでも。

「あ、ちょっと残っちゃったか」

 全ての誘導を振り切れたわけではなかった。

「『ヒメ』、後は俺と『ムウ』で……」

「大丈夫、残りも全部打ち落とすから。支援機の本領、見せてあげるよ」

 『ヒメ』のそんな通信の直後、『ヒメ』の操る『ウィニング・フェアリー』の背面部に装備された機銃が、一斉に火を噴いた。

 空薬莢をまき散らしながら対空迎撃用の機銃が弾丸を吐き出し、飛来するミサイルを次々と迎撃する。

「流石ですね『ヒメ』」

「自動照準だから私がすごい訳じゃないんだけどね。弾代もバカにならないから、本当はレーザーにしたいんだけど」

「まあ、レーザーはジェネレーター出力結構食っちゃいますから」

〈『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』じゃ、ちょっときつい〉

「うぅ……。まあ、仕方ないことだよね。機動性を犠牲にしたら本末転倒だし」

 とりあえず、一旦後方を確認する。

 相変わらず追いかけてくるハイエナはたくさんいる。

 速度は俺たちと同じくらいで、付かず離れずといった感じだ。この数だと、複数のチームが混在しているのだろう。

 それほど珍しいことじゃない。とはいえ、俺たちからフラッグを奪ったら、その後でハイエナ同士で奪い合いになるんだろう。……まあ、奪わせるつもりなんて勿論無いけど。

 よく見てみると、ハイエナの一団の、その先頭数機は少々やっかいな装備を持っているのが確認できた。

 『ヒメ』もそのことに気がついたんだろう。拠点で待つリーダー、『こめっと』へと向けて言った。

「リーダー、相手に盾持ちがいる、対ビーム用の。多分あれ、結構固いヤツだよ」

「ありがとね。でも、あんまり関係ないよ。いい感じにまとまってくれたから、合図と同時に離脱してね」


×××


 対ビーム用コーティングとは、比較的安価なビームに対する防御方法の一つだ。

 盾や装甲の表面へと特殊な塗料を塗ることによって、ビームから防御するためのものだ。ビームによるダメージは、帯電粒子の衝突による衝撃と粒子の持つ熱による二重のものであり、対ビーム用コーティングはこの内の、主に熱によるダメージを防ぐことが出来る。

 原理は単純だ。

 熱によって溶けた塗料が、融解時に発生するガスによって冷却を行い、同時に磁力によって、帯電粒子を減速させる。ダメージをゼロには出来ないが、なかなかの防御能力が期待できる。

 『こめっと』は一人呟きながら、自らの愛機『マジカルこめっと』に、その機体の最大の特徴でもある大型装備『超高出力ビームカノン』を構えさせた。

「攻略するのは簡単なんだ。特にボクにとってはね」

 銃身の長さが機体の全長の二倍近くあるその銃は、見る物に圧倒的な威圧感を与えた。

 そして、その威圧感は見かけ倒しのモノではない。

 帯電粒子が銃身内へと収束し、既に射撃の準備は完了していた。

「バレルを広域拡散モードへと変更。さあ行くよ! カウント五、四、三、二、一、ゼロッ! ドッカーン!」

 『こめっと』は「ゼロッ!」の言葉と共にトリガーボタンを押した。

 それと同時に、眩い光を放つ帯電粒子が亜光速にまで加速され、遙か遠方を行く敵集団へと襲いかかった。

 『こめっと』のカウントダウンを聞いていた『タツヤ』達は、合図と同時に散開しビームを回避する。だが『タツヤ』達のことを追いかける敵達は、そんなことなど知る由もない。

 異変に気が付いた時はもう手遅れだ。

 広範囲に拡散したビームが、ハイエナ達全員の装甲を満遍なく焼く。先頭でシールドを構えながら『タツヤ』達を追っていた男は、ディスプレイが一面閃光へと包み込まれたことに少々怯みながらも、しかし静かに呟いた。

「後ろに射撃型がいたのか。だが、そんなことは予想通りだ。そしてそのビーム兵器、容易く連射できるはずもない。一撃で落とされなかった時点で、俺たちの勝利は決したも同然だ」

 そんなことを言われているとは知らない『こめっと』。

「二発目、いくよー!」

 そう言うと『こめっと』は超高出力ビームカノンの接続先を、機体のメインジェネレーターから、背負わせていたサブジェネレーターへと変更した。

 サブジェネレーターからの電力供給を受け、バレル内へと再び帯電粒子が高速で収束される。

「二発目、ドーン!」

 先ほどと同じように、広域へと帯電粒子が打ち出された。敵機体の操縦者の中で、このことを予測できた者はいなかった。再び画面が閃光に包まれる中で、男は思わず叫んだ。

「何っ!? こんなにも早い二発目だとっ!?」

 同時に、ビームを受け止めた男の機体の盾が、衝撃に耐えきれずに吹き飛んだ。

 通常、このような高威力や広範囲のビーム攻撃は、要求されるエネルギーが膨大なので連射が出来ない。だが『こめっと』はその弱点を、ジェネレーターの増設という単純かつ強引な方法で克服した。

 それは対ビーム用コーティングに対する回答でもある。対ビーム用コーティングの効力は、塗料が融解することによって生じるガスによって発生する。つまり、二度同じ場所でビームを防ぐことは出来ないのだ。そして『こめっと』の放ったビームは、全体を満遍なく攻撃する拡散型。一発目の攻撃で全ての塗料をはがされ、二発目はその攻撃を直接受けることとなる。

「しかし、これで終わりだ。あれだけのビームを短時間で二発も撃てば、銃身は焼け付き安定した三発目を撃つことが出来ない。二発目を耐えた時点で、我らの勝利は確定した!」

 男はそう叫び、なおも機体を突進させた。

 ……追いつけるぞ!

 男はそう確信した。

 だが。

「バレル交換完了。三発目、準備完了!」

 男は知らなかったのだ。

 『こめっと』の機体『マジカルこめっと』の超高出力ビームカノンは、サブアームを使うことで予備のバレルと素早く交換することで連射が可能だということを。

「三発目、ドゴーンッ!」


×××


「これほど『こめっと』が味方で良かったと思うことはないな」

〈同意〉

「まったくもってその通りね。それにしても、綺麗だけどとんでもない迫力」

 超高出力ビームカノンによる広範囲拡散ビーム三連射。

 改めて考えてみても恐ろしい攻撃だ。

 回避も防御も意味をなさない必殺の三連射。

 以前『こめっと』が「最大出力で撃つと銃が壊れちゃうんだよ」と言っていたので、ある程度加減しているんだろう。とはいえ、手負いのハイエナを追い払うには十分だった。

 実際、三発目の射撃が終わった時には、俺たちのことを追いかけていたハイエナは、その全てが撤退を開始していた。流石は引き際を心得ていると言うべきだろうか。ハイエナによる戦果の横取りは、最小限の被害で最大限の成果を得るためのやり方だ。

 俺たちからフラッグを奪うために、無人機から奪うよりも大きな被害を出してしまっては意味がない。だから、彼らの撤退は当然の選択だった。

「さて、これにて無事ミッションコンプリートってところかな」

 無論、俺だけでは出来ないことだ。

 チームだから出来る、チームにとっての成功だ。


×××


 全員が無事に拠点へと戻り一段落ついたとき、『こめっと』が言った。

「実はみんなに、少し相談があるんだけど」

 余りにも唐突だったが、全員『こめっと』の言葉へと耳を傾けた。

「近くの週末に、このメンバーでオフ会をやってみたいなー、って思ってるんだ」

 突然の提案に対し、最初に反応したのは『くま』だった。

「……宗教の勧誘ならお断りだぞ」

「そんなわけ無いじゃん。そんな風に疑われると、ちょっと悲しいよ」

「……わかっている。ただの冗談だ」

 そうか、冗談だったのか。

 『くま』の声のトーンからだと、そのへんの判断は少々難しい。

 もしかしたら、そういう所で誤解されやすい人なのかな、とかどうでもいいことを考えていた。

「このチームも結構長いからさ。まあ、あれだよ。親睦会ってやつだね。どっかに集まってお昼ご飯でも、とか思ってさ」

 まあ確かに、なんだかんだで一年以上になる。長いと言えば長いだろう。

 『こめっと』の提案に対して、真っ先に賛同の声を上げたのは『ヒメ』だった。

「へぇー、いいじゃない。なんだか面白そう」

 確かに面白そうではあった。何しろ、普段は声だけしか聞いていないのだ。この画面の向こう側にいるプレイヤーがいったいどんな人物なのか、それについてはかなり興味があった。

 『ヒメ』に続いて『くま』が言った。

「……俺も面白いと思う。都合が合えば是非参加したい」

 どうやら『くま』も乗り気のようだ。そして、俺の答えも既に決まっていた。

「俺も賛成です。週末なら大体大丈夫ですし」

 まあ高校生なので、平日の昼間というのは確実に無理だ。俺は未成年なので、当然お酒も飲めない。俺が高校生だということは、前にチームメンバーへと伝えてあった気がした。社会人の人もいるだろうし、そこらへんを考えれば週末の昼食という選択は納得だ。

 立て続けに三人の好意的な反応を得られたからなのだろうか。『こめっと』は、とても嬉しそうに言った。

「おー、賛成してくれる人が多くて、とっても嬉しいよ。『ムウ』はどうかな?」

 『こめっと』はどんな人物なのか気になる。まったく想像も付かなかった。

 そして、わからないと言えば『ムウ』もそうだった。何しろテキストチャットだ。ハッキリ言って年齢どころか性別すらもわからない。そんな謎多き人物『ムウ』の返答は、『こめっと』の発言から少しの間を開けてからだった。

〈日程次第。今は何とも言えない〉

 まあ、もっともな意見だ。提案者である『こめっと』も流石にそう思ったらしい。

「確かにその通りだね。じゃあまた明日までに、具体的な日程とか場所とかを考えておくから、みんなも予定とか確認しておいてね」

 

×××


 『こめっと』の話の後ふと時間を確認すると、それなりに遅い時間になっていたので、俺は一足先にログアウトすることにした。

 パソコンの電源を落とし、歯を磨いてからベッドに横たわった俺は、『スペース・フロンティア』のプレイ中にふと思った一つの事について、改めて考え始めた。

「もしかして俺は『ムウ』のことを、『ムウ』の正体を知ってるんじゃないか?」

 『ムウ』は戦闘中であっても、テキストチャットで会話している。戦闘中にキーボードで文字を打つのは、普通に考えて無理な話だ。多分、音声のテキスト変換装置を使っているんだろう。主に手が不自由な人に向けての商品として、そういった機械が売り出されているが、勿論、用途はそれだけじゃない。ボイスレコーダーで記録した音声を、いちいち聞きながら文字にする手間を省略したりなど、使い方はいろいろある。しかし『ムウ』が機体を普通に操作している以上、手が不自由という可能性は低い。

 ならば何故、わざわざ音声のテキスト変換なんて面倒なことをするのか、ということになる。

 自分の正体がバレるのを防ぐためにしても、声を聞いただけで特定するなんてそうそう出来ることじゃない。実際にその人と会ったことがある人でもなければ、だ。そうなれば、俺たちのチームメンバーの誰かが、『ムウ』と実際に知り合いである可能性が高い。そして『ムウ』はそのことに気が付いている。

 さらに言うならば、だ。

 俺は『ムウ』の正体について、少し心当たりがあった。

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