第一章 夢宮翼という少女 二



 俺が、自分の所属するチーム『シューティングスター』の拠点へと降下してから少しして、チームのメンバーが集合した。

 まずは周囲の索敵をして安全を確認しつつ、地下資源採掘用の小型ロボットを起動させる。

 チームは一般的に四から六機ぐらいで編成する事が多く、これは運営側へと申請し登録される。チームを編成しないプレイヤーも存在し、その場合は運営側が自動で割り振る日替わりのチームへと入るか、『傭兵』という形で他のチームに『雇用』されることになる。採掘した地下資源は、集積し運営側へと提出される。そうすると、その資源の種類、質、量に応じて、運営側から報酬であるゲーム内通貨が渡される。報酬金の分配方法はプレイヤーに委ねられるが、一般的にはチームメンバーの頭割りとなる。チームメンバーが少なければ報酬の一人当たりの割合は多くなるが、その代わり作業効率が低下し採掘料が少なくなる可能性がある。チームメンバーの人数が多い場合はその逆だ。

「しかし、何度見ても『くま』の機体の、その腕はとてつもない迫力ですね」

 俺は戻ってきた小型自動採掘ロボットが、回収用ボックスへとレアメタルの含まれている岩石を投入するのを確認しながらそう言った。採掘ロボットと一緒に『くま』の操作するストライクギア『ワイルド・ベア』が、坑道から帰ってきたからだ。俺の言葉に対する『くま』の回答は、いつも通りの落ち着いた静かで低い声だった。

「……まあ、この装備の本来の使い方だからな」

「坑道の中、怖くないですか?」

「……怖くないと言ったら嘘になるが、この腕じゃ地上での作業はほとんど出来ない。……それに、『ワイルド・ベア』の装甲は、この程度の深さで起こる落盤事故ではビクともしない」

 『くま』の操作するストライクギア『ワイルド・ベア』。

 その最大の特徴は、両腕部に装備された、と言うよりも両腕部そのものが巨大な金属製の鉤爪、アイアンネイルと呼ばれる装備になっているという点だ。人間の五指に当たる部分が巨大な鉤爪になっているのだから、必然的に人間の手で物を掴むのとは同じように出来ない。

 ストライクギアは、その起源が人間の体をそのまま巨大化し頑丈にした、危険地帯での作業用機械だ。だから、人間と同じような手で様々な道具を持ち替え、状況や用途に応じて使い分けることが出来るのが最大の特徴と言える。兵器として考えたときにも、人間と同じように武器を持ち帰ることで、様々な局面に対応することが出来ると言える。

 だが『ワイルド・ベア』に装備されたアイアンネイルは、そういったストライクギアの本来持っているコンセプトを、真っ正面から否定する。何しろ武器が持てないのだ。持ち替えるという概念が存在しない。

「悪口を言うつもりはないんですけど、でも、よくその装備を選んで、使い続ける気になりましたね。ハッキリ言って尊敬しますよ」

「……別に大したことじゃない。俺は元々不器用だからな、こういった単純な機体の方がよっぽど扱いやすい。……むしろ、君や『ムウ』のような、様々な運用が可能な機体を使いこなす方が、よっぽど尊敬に値する」

 そんなことを話しながら作業をしていると、突然、緊急事態を知らせるアラートが鳴り響いた。それと同時に『ヒメ』からの通信が入った。

「フラッグ持ちの無人気を発見したわ。結構近くを通るみたいよ」

 続いてテキストウインドウが表示される。これは『ムウ』からだ。

〈『ヒメ』と一緒にフラッグを取りに行くけど、後一人くらい来てくれませんか?〉

 拠点から全員が離れれば、その隙に奇襲を受ける危険性もある。

 拠点として申請した場所は簡易的な安全地帯になっているが、チームメンバーが一人でも戦闘を開始すれば、安全地帯は解除されてしまう。フラッグを狙う以上は、基地の奇襲というリスクを考える必要が生じるのだ。

 リーダーである『こめっと』のストライクギア、『マジカルこめっと』は運動性能が低く、後方で足を止めての射砲支援が主な役割となる重装射撃特化型。

 『くま』の『ワイルド・ベア』は、突進力と防御能力、そして一撃の破壊力はあるものの、飛行中の細かい動作が苦手で射撃装備をほとんど持たない近接戦闘特化型だ。

 さて、誰が適任かと考えていると、リーダーである『こめっと』から通信が入った。

「『タツヤ』、頼めるかな?」

 まあ、そうなるだろうな。

「わかりました。基地の方、頼みましたよ」

「うん、まかせて」

「……がんばってこいよ」

 器用に手を振る『ワイルド・ベア』に見送られ、俺は拠点から出発した。


×××


 現在『スペース・フロンティア』では、運営側が主催する期間限定のイベントが行われている。俗に『フラッグ争奪戦』と呼ばれるタイプのものだ。

 簡単に説明すると、運営がばらまいた無人機からフラッグと呼ばれるアイテム、まあその名前の通り『旗』なのだが、まずはそれを奪い、イベント期間終了時にチームが所持していたフラッグの総数によって報酬がもらえる、というイベントだ。

「遅くなりました」

〈そんなこと無い。急に呼びつけたのはこっちだし〉

「それに君たちはまだ射程外だろうしね。私だって動きながら動くターゲットをこの距離から当てるのは、ちょっと無理かな」

 現在俺たちは、フラッグ持ちの無人気を、ちょうど真後ろから追いかけていた。

 速度は俺たちの方が早いため、もう少しで射撃装備の射程範囲内に入る。

 陣形は、中央に『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』、左右にそれぞれ『ムウ』の『ドリーム・フェザー』と、俺の『ミラージュF』という形だ。『ムウ』の『ドリーム・フェザー』は俺の『ミラージュF』と同様に、多くの種類の装備で様々な戦局に対応する事が出来るようなバランス型の機体だ。

 装甲は俺の機体よりさらに薄く、防御よりも回避を重視する高軌道型で、ジェネレーター出力の問題から光学兵器はあまり装備していない。

 『ヒメ』の『ウィニング・フェアリー』は、なかなか特徴的な機体だ。何しろ攻撃用の装備が極端に少ない。

 『ヒメ』は『ウイニング・フェアリー』へと、その数少ない装備の一つである巨大な銃を装備させながら言った。

「よし、まずは一発撃ってみるわ。当たろうが外れようがアイツらは陣形を崩して散会するだろうから、そしたら各個撃破してフラッグを回収、終わったらソッコーで撤退。いいわね?」

「了解しました」

〈了解〉 

 『ウイニング・フェアリー』が装備したのは、その数少ない装備、長い銃身が特徴的な狙撃用電磁加速砲、所謂『スナイパーレールガン』と呼ばれるものだ。

 『ウイニング・フェアリー』の最大の特徴は、高い機動性能と索敵能力。それらを複合する事によって可能となる前線での情報収集能力は、まさに『勝利の妖精』という機体名に恥じないものだ。

 そして、その機体特性を最大限に活かす戦闘スタイルこそがーー。

「当たってくれたらラッキーかな」

 弾丸が放たれた。

 電磁加速によって超高速で加速された弾丸は、一歩遅れて回避行動をとろうとした無人機の、その機体中央を一撃で貫いた。

 ーースナイパー、だ。

 機動性と『目』を活かして前線での戦闘を行う、俗に『突スナ』などと呼ばれるような戦闘スタイルこそが、『ヒメ』と『ウイニング・フェアリー』の真骨頂だ。

「一機撃破。私は降りてフラッグの回収するから、後の二機はお願いね。いやー、運が良かった」

 謙遜気味に「運が良かった」と言った『ヒメ』だが、あれが幸運なんかじゃないのは明白だ。この正確な射撃こそが『ヒメ』の実力なのだ。

 俺と『ムウ』は返答する代わりに機体をさらに加速させ、左右に散開して逃走する敵無人機をそれぞれ追う。

 逃げに徹する相手に対して射撃を的確に命中させることはとても難しい。空中という三次元的な移動が可能となる場所においては尚更だ。

 だが所詮は無人機。運営の用意する無人機の挙動は、少し馴れれば簡単に先読みできる。

 動きを先読みし、次に動くであろう方向へと、ビームマシンガンを撃ち込む。

「そこだっ!」

 読みは正しかった。ビームの弾丸の何発かが、逃走する敵無人機へと命中する。

 ……だが。

「対ビーム用コーティングか。こいつ、意外と面倒な」

 この前まではそんなもの無かったけど、難易度を上げるために改良したのだろうか。あるいは、最初から対ビーム用コーティングを施した機体も混在させてあって、俺がたまたま遭遇しなかっただけなのか。

「まあいいか。この武器はこういう奴のためにあるんだしな」

 俺は銃のモードをビームから実弾へと変更する。

 俺の愛機『ミラージュF』が装備するこの銃、名を『マルチバレットマシンガン』という。要するにビームマシンガンと実弾のマシンガンを一セットにした武器で、状況に応じて相手が最も苦手とする攻撃方法を、武器の持ち替えという手間を省いて選択できる優れものだ。

 相手の移動位置を予測して、弾丸を放つ。

「よしっ!」

 命中。

 数発で装甲を貫通し、動きが止まった無人機は墜落し始める。

 俺はすかさず機体を急降下させ、無人機が墜落する前にフラッグをもぎ取る。

 この距離から墜落すれば、この無人機程度の装甲ではバラバラになってしまうことは明らかだ。その残骸からフラッグを探し出すのは少々面倒なのだ。

「よし、フラッグゲットッ!」

 俺がそう叫んで着地し周囲を見渡すと、背後には既にフラッグを手にしていた『ウイニング・フェアリー』と『ドリーム・フェザー』の姿があった。

「とりあえずこれで目標は達成だね。でも、対ビーム用コーティングはビックリだったな」

「確かに驚きはしましたけど、さほど問題じゃありませんでした。後は拠点へと戻るだけですね」

〈だけど、少し面倒なことになった〉

「面倒?」

 『ムウ』の不穏な発言から少々いやな予感がしたので、改めて索敵をしようとする。

「私の方から送るね」

 俺が索敵を開始するよりも早く、『ヒメ』から周囲の情報が送られてきた。

「うわー。こいつは確かに面倒だ」

 まるで、待ち伏せしていたかのような機体の反応が、マップ上へと表示された。

「こいつ等、ハイエナか」

〈おそらくは〉

 ハイエナ、要するに戦果の横取りのことだ。

 確かに少々ズルいような気もするが、これも立派な作戦の一つ。これを批判するのはお門違いだし、それを予測するのも当然のことだ。面倒であることに変わりはないけど。

「とりあえず、全力で離脱ですかね?」

「まあ、そうなんだけど、その前に、『こめっと』にレーダーのデータを送っておくよ。……ってことで、危なくなったらよろしくね」

 『ヒメ』の発言に応じる、リーダー『こめっと』からの答えが返ってきた。

「状況は大体把握したよ。大丈夫、一直線で戻ってきて」

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