また貴女に逢えますか?

蒼凍 柊一

特別な夜の物語

 現在、深夜二時くらい。


 丑三つ時というやつだ。


 いきなりだけれど、僕の周りにはこんな時間まで活動している人たちは少ない。……というより、僕が住んでいる場所は至って普通の田舎町なので、夜に出歩いて遊びまわるような場所や、バイクや車でスピードを出して面白がれる程の直線道路なんてない。

 だから、都会のように夜遅くまで遊び呆けている人たちなんていないのだ。


 そんな誰もが寝ているであろう田舎町の――深夜二時。


 何となく目が覚めてベッドから抜け出した僕は、ふらりと出かけたくなった。


 なぜだろうか。

 今日は特別疲れたとか、学校で嫌なことがあったとか、そういうわけじゃない。

 なんともなしに、起きただけ。


 そして、なんともなしに、出かけたくなっただけだ。


 僕は自分自身.を不思議に思いながらも、服を着替えて、家を出た。

 何故か、ちょっとワクワクしてきた。

 普段はこんな時間に起きていないし、もし起きていたのが両親にばれたらきっと怒られる。

 けれど、そのスリルが今の僕にはちょうどいいスパイスのようになっていて、ワクワク感を増幅させてくれていた。


 ――五月の真ん中。春の夜。


 僕は外へと飛び出した。


 まだ外は肌寒い。


 深く息を吸い込み、吐き出す。

 肺の中につめたい空気が流れ込んできて、一気に体が冷えてしまった。


 けれど、徐々に冷えていく体とは対照的に、僕の心は先ほどよりも高鳴っていた。

 言いようのない高揚感が、僕の体を、心を支配している。


 なんだかもどかしい気持ちになって、ふと空を見上げると――満天の星空が。


 きれいだ。


 数分はそうしていただろうか。

 ボーっと立っているのがなぜだかもったいなく思えてきて、僕は田舎町の中を少し歩いてみることにした。


 近所の公園は、昼間は子供が遊んで騒がしいのだが、今は昼間とは打って変わって静まり返り、古びたブランコが風に揺れて、何か不気味だ。


――そこで、僕はなぜだか分からないけれど、その不気味な公園で遊びたくなった。


 もう公園で遊ぶような年じゃないし、特別ブランコや滑り台が好きなわけでもない。


 でも、公園で遊ぶ僕を見る人は、誰もいないのだ。


 遊んだって誰もいないし、誰にも迷惑をかけないから、別にいいかなぁ。と考えた。


 そうして僕は、公園に足を踏み入れ――


「キミも、眠れないの?」


「うわぁ!?」


 いきなり声を 掛けられてびっくりしてしまった。

 そして、声を掛けてきた人の姿を見て、二度びっくりした。


  いや、びっくりしたなんてもんじゃない。


 流れるような銀色の髪。

 あきらかに日本人の顔ではない――現実離れした美しさをしたその女性を見た瞬間、体中に電撃が走ったかのような錯覚に陥った。


「……? どうしたの?」


「い、いえ、こんな時間に声を掛けられるなんて思ってなかったので、ちょっと、びっくりしちゃって」


 ふーん、と彼女は頷き、僕の事をまじまじと見てきた。

 負けじと僕も彼女を見る。眼が紅いなぁ、とか、おっぱいおっきぃなぁ、とか、美人だなぁ、とかそんな陳腐な感想ばかりが浮かんでくる。


 それにしても、見つめられすぎじゃないだろうか。

 こんなに人に見られたのは初めてだ。ちょっと、居心地が悪い。


「あ、あの、僕に何か御用ですか?」


「何歳?」


「え、僕は17ですけど」


「17かぁ……高校生だね?」


「はい」


 何だこれ。僕、コミュ障かい。

 聞かれた事にしか答えないとか、バカじゃないの?

 ちょっと気の利いた事の一つでも言いたいけれど――ダメだ。

 僕にそんな才能ない。


「そっかぁ。学校、楽しい?」


「楽しいか楽しくないかで言えば――友達も居るし、楽しいですよ」


「国語とか、好き?」


「嫌いじゃないですけど、得意でもないです」


「そっか」


 それだけ言うと、彼女は空を見上げた。


「月が綺麗だね?」


「そうですね。死んでもいい位です」


「知ってた?」


「知識としては……ですけど」


「ふーん……知っててそういう事言うんだ? ひょっとしてあれかな? 彼女とかもう居たりする?」


 なんだこの人。

 良くわかんないや。


「いえ、生まれてこの方一人も居ないです」


「……そうだね。モテそうじゃないもんね。キミ」


「結構グサっときました。泣きそうです」


「あははっ、嘘だよ、嘘」


 なんだか、彼女が涙声だ。


 笑い過ぎて泣けてきたんだろうか?

 そうだとしたら、なかなか僕もいい仕事をしたと思う。

 目の前の彼女を楽しませられたのなら、これ以上嬉しいことはないから。


「あの、さ」


「はい?」


「私の事、覚えてない?」


「……えっと、ごめんなさい。どこかで会いましたっけ?」


「引っかかんなかったかー。つまんないなー」


「そりゃそうですよっ、貴女みたいな人、一回見たら忘れませんって」


「特徴あるもんね。私」


「そんなにきれいな銀色の髪、中々ありませんよ」


「ふふ、ありがと」


「いえ……」


 だめだ。顔が赤くなってしまう。

 なんて可愛い笑顔でお礼を言うんだろう。この人は。


「ねえ、コンビニでコーヒーでも買いにいかない? 一緒に飲もうよ」


 これはどういうことだろう。

 意図はわからないけれど、丁度ズボンのポケットに小銭が入っているし、コーヒー位いいかと考えている内に、口が勝手に動いてた。


「いいですよ」


 その後、僕は彼女とコーヒーを買いに歩いて五分くらいのコンビニまで行った。

 コンビニの中ですら、いつもとは違う時間、違う人。


 そのすべてが新鮮で、運命的に思える。


 安易かもしれないけれど――今僕は、彼女の事が気になっている。


 なんでこんな夜に出歩いているのか。

 なんで僕に声をかけてきたのか。



 一体貴女は、何者なの?



 ソレを聞くのは少し気が引けた。


 だから別れの間際まで、僕はソレを聞けなかった。


「じゃあね」


 そういって手を振る貴女に、言いたいことがあった。

 素敵な貴女に、僕はどうしても言いたかった。


「あの――」




 また、逢えますか?




 でもそんなの、言える訳が無い。


 出逢ってすぐの見ず知らずの男、しかも高校生だ。

 変に思われるのも嫌だったから、僕はこのまま、不思議な思い出としてずっと取っておこうと思った。


「なに?」


 言いよどむ僕に、笑顔で聞き返してきた貴女は、とっても素敵だった。

 だからこそ、僕は何も言わないことを選択する。


「いえ、ありがとうございました」




 そんな覚悟を決めた僕を知ってか知らずか。


 貴女は――





「また、逢いましょうね」





 そう言ってまた素敵な笑顔を見せて、宵闇の中に消えていった。


 ――また、逢えるといいな。

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