5-4 地獄の決闘

 破棄された酒場の屋上にバージルは居る。

 腹這いに横になり、スプリングフィールドライフルを構えている。

 予備は二丁のウィンチェスター。

「一人一発で仕留められれば理想だが……」

 バージルは呟いた。


 無法者の集団が近付いて来る。地平線から登り始めた朝日が逆光になり、バージルは目を細めた。敵の数は三、四十だろうか。部隊を分けている。ラファエルの姿があるかはわからない。眩しい朝日のおかげでハッキリとは見えなかった。

 合図の銃声から、一時間は過ぎている。ディエゴもロジャーも、今頃は作戦通りに潜んでいるはずだ。

 距離が500ヤード程度まで近付く。バージルはスプリングフィールド・ライフルを構えた。

 呼吸を止める。

 引き金を引く。


 轟音。

 先頭を走っていた男の馬が転倒した。

 攻撃に気付いた男たちが一斉に拳銃、ショットガン、ライフルを連射し始めた。バージルの狙撃位置がわからず、手当たり次第に撃ちまくっている。

 バージルは次に並べておいたウィンチェスターを手にとった。スプリングフィールドと違い射程も威力も落ちるが、ウィンチェスターなら連射ができる。


 敵集団との距離は300ヤードを切っている。

 フィンガーレバーを押し出し、引き金を引く。それを繰り返して一本目の弾が空になると、二本目のウィンチェスターも連射する。

 数秒で十四発の弾丸を撃ち切ると、バージルは酒場の屋上から飛び降りた。積んでおいた藁の上に着地する。負傷した右足に痛みが走った。

 足を引きずりながら繋いであった馬に戻ると、拍車を掛けて走らせた。

 走りながらスプリングフィールド・ライフルの薬莢を排出し、新しい弾丸を込め直す。

 街の反対側で火の手が上がるのが見えた。


 ――――――――


 炎はフォース・ストリートから上がった。

 強盗団の男たちは接近して来るなり、ダイナマイトを投げ込んできた。建物が爆破され、木造の建物は次々と燃え上がる。悲鳴を上げて逃げ惑う人々を、覆面をした強盗団は次々と撃ち殺して行く。

「このままじゃ火に巻かれちまう! 退こう!」

 ライリーが叫ぶ。


 頭を上げかけたディエゴのすぐ横を、弾丸が通り過ぎた。銃弾が空気を切り裂いて飛ぶ音が耳に痛い。ディエゴは再び身を伏せ、手当たり次第に拳銃を応射した。

 煙を吸い込み、ディエゴは激しく咳き込んだ。

 散開して移動しながら、敵の数を減らす算段だった。ケガ人のライリーはディエゴと共に、バージルとロジャーも街のどこかで戦っている。

 住民には夜の間に、街の中央にある教会に逃げるよう勧告していた。

 だが家を離れたがらない者も、襲撃の予想を信じない者も大勢いる。

 今やローンの街は炎と銃声、悲鳴と怒号の飛び交う地獄と化した。

 たった四人。たった四人で守り切るには、街は広すぎる。


「クソ……!」

 敵を牽制しようと、ディエゴはバリケードから頭を覗かせた。途端、帽子が撃ち抜かれて吹き飛ぶ。慌てて頭を引っ込めた。

「このままじゃ犬死にだ! おれは退くぜ。残るってんなら勝手にしろよ。お前の兄貴には勇敢な最期だったって伝えてやる」

「まだ逃げていない人がいるんだ!」

 自分で叫び、悔しさに歯噛みする。あんな連中が死のうと知ったことじゃない。頭ではわかっているのに、見捨てて逃げることができない。


「わかってんのかよ坊や! ラファエルを殺らなきゃ、おれたちに勝ち目はないぜ!」

「だからって……!」

 風向きが変わった。通りが煙で隠されて、強盗団との間に火と煙の壁ができる。

「いまだ、走るぞ!」

 数ブロックを駆け抜けた途端、銃弾と共にライリーが倒れた。

「ライリー!」

 ディエゴが叫んだ。走り出そうとして――止まる。視線を巡らせた。

 ライリーはどこから撃たれた? 煙の向こうではない。そこからは見えないはずだ。

 屋上に、敵がいる。

 ディエゴは屋根に向かって拳銃を撃った。


 一瞬だけ見えた敵は身を翻して隠れた。撃ち返して来ない。

 煙が晴れた。再び、強盗団がディエゴに向かって発砲を繰り返す。

「クソ、ライリーが……!」

 ディエゴはバリケードから出られない。

 ライリーは、動かない。

 このままでは、敵の的だ。


 ――――――――


 ディエゴと別れたロジャーは、馬を速駆けし通りを駆け抜けた。

 片手で手綱を握り、全速力で馬を走らせながら拳銃を抜く。通りを飛び出した途端、曲がり角に姿を見せた敵に発砲。ロジャーに気付いた男がライフルを向けるが、遅い。

 胸、腹、頭。的確に急所を撃ち抜いて絶命させる。馬の速度を決して落とさず、外さない。

 通りの影から飛び出した男がショットガンを構える。その手と頭をロジャーは撃ち抜いた。


 空になったコルトを投げ捨てる。鐙の上で立ち上がり、新たな拳銃を抜く。

 通りの前方に、五人の無法者が見えた。 

 左手で引き金は絞ったっまま、腰だめに構えた拳銃の撃鉄を連続して叩く。

 立ちふさがった五人の、誰ひとり撃鉄を起こさせなかった。

 五発すべてを叩き込み、全員を打ち倒す。倒れてもがく男に向かって、最後の一発を撃つ。


「あと何人、殺せばいいんだ? 次から次へと湧いて出やがって」

 両腰のホルスターに一丁ずつ。ガンベルトに直接差して二丁。都合四つの拳銃を使い捨てた。残された拳銃はあと一丁。何人殺したかロジャーは数えていなかった。十か二十か……いずれにせよ敵はまだ、半分以上は残っているはずだ。

「さて、こいつは厄介だな」


 火の手はどんどんと大きくなっている。

 風が強いことも災いした。一度着いた火は簡単に勢いを増して、隣へ隣へと燃え上がっていく。

 後方で銃声が響く。馬がいななく声を上げて、バランスを崩す。

 咄嗟にロジャーは馬から飛び降り、地面の上を転がる。

 馬が撃たれ、倒れた。

 銃弾が肩をかすめる。転がったまま勢いを殺さずに立ち上がり、走る。コートのポケットに手を入れるが、拳銃がなかった。

 倒れた時の勢いで、唯一銃弾の残ったコルトM1911が地面を転がっている。

 敵と目が合った。


 ほんの20ヤード先、ウィンチェスターの二連ショットガンを持った屈強な男。筋肉の塊が服を着ているような男だ。長身のロジャーよりも更に大きいだろう。巨躯に反して小さな目が殺人の喜びに爛々と輝く。男はショットガンを持ち上げた。

「死にやがれ、ド畜生!」

 男が罵声を上げる――銃声。


 膝を着いたのは男の方だった。

 男が猛牛のような悲鳴を上げる。膝立ちのまま振り返ると、背後に向かってショットガンをぶっ放した。

 背後から男に向かって拳銃を撃ったのは、ボブとか言う名前だったろうか。

 ロジャーを助けたその男は、振り絞った勇気の代償に10ゲージ径の弾丸をまともに浴び、禿頭を吹き飛ばされて絶命した。


 男が再びこちらを向くよりも早く、落としたコルトに向かってロジャーが飛びつく。


 ロジャーが拳銃を掴む。

 男がショットガンのフィンガーレバーを押し出した。

 ロジャーは飛びついたままの勢いで地面を転がる。

 男のショットガンから排出された空薬莢が空中へ飛び出す。

 ロジャーは腹ばいのままコルトを構える。

 男がショットガンの銃口を向ける。

 熱風が砂を巻き上げる。

 火の粉が降り注ぐ。

 一瞬にも満たない睨み合い。

 宙に跳ねたショットガンの空薬莢が、地面に落ちる。

 引き金を引いた。

 銃声。

 悲鳴が上がった。


 ロジャーの撃った弾丸は大男の指を吹き飛ばした。

 大男がショットガンを取り落とす。

 落下の衝撃で暴発したショットガンが、見当違いの方向へ弾丸を吐き出して行く。

 指を失ってわめく男に向かって三発。銃弾を胸に叩き込む。それでも男は倒れなかった。   

 怒りか痛みか、口から血とツバを飛ばしながら大声で叫び続ける。素手でロジャーに向かって突進して来た。さらに二発、男の腹に叩き込む。

 男は前方に走る勢いのままに倒れ、痙攣して動かなくなった。

「……今のは流石に肝が冷えたぜ」

 額に流れた汗を拭う。


 火の爆ぜる音がやかましい。ここもすぐに火で囲まれるだろう。

 ボブの遺体もあの男も、他に殺された街の人々も一緒くたに焼き尽くすはずだ。

 埋葬してやる時間などはなかった。ボブが握ったままの拳銃を掴む。

「絶望が臆病者を勇者にする、か」

 見れば……立ち向かったのはボブだけではなかった。

 通りに転がる死体は、どれも武器を握っている。街が地獄と化すまで追い詰められ、とうとう臆病者たちの目が覚めたのだろうか。


 通りの向こうで、老人が叫び声を上げながらギャングに向かっている。腰の曲がったような老人が三人。クワやツルハシを手に倒れたギャングを打ちのめしていた。

 恐怖に追い詰められ、死の直前まで追いやられてようやく、羊たちがその四肢を戦う為に動かし始めた。

「さて、これで勝ちの目は増えるかね」

 答える声はなかったが――代わりに銃声が響いた。


 力が抜け、ガクリと膝を着く。視線を巡らせる。

 殺したはずの巨躯の男が、その巨大な手には小さすぎる拳銃を構えていた。

 男はほとんど焦点の合っていない目で、力の入らないであろう指で、再び撃鉄を起こそうとする。ロジャーは拳銃を構えて、男の頭を吹き飛ばした。

 男の死体が起き上がらないのを見届けてから、ロジャーは荒い息を吐いた。

 耳鳴りが止まない。目の前が真っ黒に染まっていく。


 ――――――――


(クソ、もう銃弾が……!)

 ディエゴはすでに予備の銃弾も撃ち尽くしていた。

 反撃がないことで弾切れを悟られたのか、煙の向こうの男たちが近付いて来る。

 飛び出すしかない。このままバリケードに近付かれたら、的になるだけだ。

 ディエゴが身構えた。瞬間、爆音が響いた。

(――ダイナマイト!?)

 咄嗟にディエゴは地面に伏せた。爆発はディエゴを狙ったものではなかった。

「ディエゴ、大丈夫!?」

 アニー・シュトラウスマンが大型の筒を手に、男たちの先頭に立っている。

 羊の群れ、烏合の衆に過ぎなかった自警団の男たちが、手に手に武器を持って無法者たちに立ち向かっていく。

 炎と煙の中、響く悲鳴はバレンズエラ強盗団の上げたものに変わった。


(助かった? 戦っているのか……街の連中が?)

 感動を覚える暇もなかった。

 ディエゴは倒れたままのライリーに駆け寄った。ライリーの傷顔スカーフェイスは蒼白で、目は虚ろに宙を彷徨っている。

「ライリー。しっかりしろ、ライリー!」

 何度か彼の頬を叩く。反応はなかった。

 水筒を取り、少しずつ唇に水をかけてやる。水を求めたのか単純な肉体の反応なのか、ライリーはわずかに口を開いて水を飲み込んだ。

 それ以上、ライリーは動かなかった。


 ディエゴはライリーの体を横たえて、見開かれたままの目蓋を閉じてやった。ホルスターから拳銃を一丁、形見替わりに抜き取る。

 銃身を切り詰めたコルト・シングルアクションアーミー。

 どこかの酒場で脅された時のものだ。弾倉には六発、すべて弾丸が詰めてある。

 ディエゴはコルトを右腰のホルスターに差した。

 燃える街を見た。

 煙の向こうから、まだ銃声が響いている。


 ――――――――


 馬が火に怯え、言うことを聞かない。危うくバージルは振り落とされそうになった。

 馬の足が止まったところをライフルで狙われる。肩を銃弾がかすめた。

 バージルは馬から飛び降りた。馬体を盾に、銃弾を防ぐ。

 両手に構えた拳銃を交互に撃つ。建物の影に隠れるまでに十二発。空になった拳銃は捨てた。

「これで、最後か」

 懐から最後の武器を、スミス&ウェッソンのリボルバーを抜く。


 右足の傷口から、じわりと血が滲んだ。全力で走るのは無理だろう。

 血を流し過ぎた。もう何発、銃弾を食らったかもわからない。左手に二発と右足に一発。背中も撃たれた。まだ両手で銃を扱えるのが不思議なくらいだ。

「出て来い、バージル・マディソン!」

 叫び声が聞こえた――ラファエルの声だ。

 バージルは全身の痛みを吹き飛ばすように、長く息を吐いた。

「街中の人間が全員殺されなければわからないか? お前さえわたしの前に跪けば、退くと約束しよう」

「お前の約束など信じられんな。外道め」

 吐き捨てるようにバージルは言う。

「外道? わたしが、外道だと? 自分を棚に上げて、よく言う。この炎を見ろ! 焼け落ちる街を、人々の死体を! すべてお前が招いた事態だよ、バージル。お前がわたしを!」

 裏切りか。

 皮肉げな気持ちで、バージルは唇を歪めた。

「裏切ったのはどっちだ、ラファエル。暴走したのはお前だろう。おれが求めるのは法と秩序だ。おれの街で無法を許さん」

「黙れ、バージル! お前はここで死ね! お前もお前の弟も、お前の大切なこの街も、すべて地獄へ変えてやる!」

 ラファエルは殺さなければならない。

 でなければ――バージルは拳銃を握り直した。


 この位置からはラファエルは狙えない。

 お互いに同じはずだ。敵は何人いる? 六人よりも少なければ、ひとり一発で仕留められる。

 もしも六人を上回っていれば、負けるか。

「自業自得か」

 バージルはつぶやいた。

 意を決して、飛び出そうとした。


 その時、人々の叫び声が聞こえた。

 通りの向こうから武器を手に、ラファエルたちに向かって走る集団がいる。

 あれほど戦うことを拒絶していた人々が、武器を手にしていた。市長のジムすら、泥と血に塗れながらショットガンを手にしている。

「バージル!」

 彼らと共に、ディエゴも居た。

 アニーも一緒だ。ライリーとロジャーの姿は見えなかった。

 無法者たちが市民に向かって発砲を始めた。

 バージルは飛び出すと、拳銃を空になるまで撃った。

 五人か、六人。打ち倒したのはその程度だが、倍以上の市民が血溜まりの中に倒れた。

 だが、彼らはもはや怯まない。ディエゴも果敢に応戦している。

 バージルが叫んだ。

「ディエゴ、ラファエルはあそこにいる! ラファエルを撃て!」

 

 バージルは地面に投げ捨てられたスプリングフィールドライフルを掴んだ。

 こちらの動きに気付いたのか、あるいは動物的なカンか。

 ラファエルはバージルに銃口を向ける。

 二つの銃声が重なる。

 ラファエルの弾丸が腹をかすめた。バージルの撃ったライフル弾はラファエルの左腕に当たった。

 ラファエルが傷口を抑え、獣のような叫びをあげる。

「バージル! お前だけは必ず、この手で殺してやる!」


 バージルは再び建物を盾にすると、素早く弾丸を排莢。残された弾は、一発。

「アニー、逃げろ!」

 ディエゴの叫ぶ声が聞こえる。

 ラファエルはただ闇雲に突っ込むだけの市民に向かって走ると、飛び出して来たアニーの足に発砲。倒れた彼女を無理矢理に立たせて盾にする。

 ラファエルは無事な馬に飛び乗った。

 アニーの身体を軽々と持ち上げると、彼女も馬鞍に押し付けるようにして乗せる。

 ラファエルは馬を走らせた――街の外へ向かって。


「クソ……ディエゴ! ラファエルを追え!」

 ここで逃がすわけにはいかない。

 ラファエルを生かしておけば、強盗団は何度でも復活する。

 バージルはライフルを構えた。ラファエルはバージルを警戒してか、身を低くしてジグザグと馬を蛇行して走る。撃てない。この位置ではラファエルを貫いたとしても、アニーまで巻き込む恐れがある。

 アニーを連れたまま、ラファエルの馬が疾駆する。


 その影を追うように、バージルの横を馬が走り抜けた。

 ロジャーだ。ロジャーが炎を煙の中を突っ切り、馬で飛び出している。

 馬上のロジャーは血塗れだった。

 片手にショットガンを構えたまま、ロジャーは馬を走らせる。


 遠ざかるラファエルとロジャーを、バージルは見る。

 ロジャーはただ真っ直ぐにラファエルを追い、弾丸のように馬を走らせる。

 他の敵など眼中にないのか、あるいはそれだけの余裕がないのか。

 ロジャーは背後を振り返りもしない。

 

 馬上のロジャーは一度だけふらついた。

 その背中はあまりにも隙だらけだった。

 

 バージルはスプリングフィールドを構えた。


 ――――――――


 血を失い過ぎた。

 下手に動けば死ぬかも知れない。

 だが、ラファエルの姿が見えてしまった。

 ラファエルは女を人質に、馬に乗って走り出した。

 ロジャーの脳裏に浮かんだのは、エマの姿だった。

 それからエマとそっくりの、混血の娼婦。

 どうしようもない女だった。救いがたいクズで、もうずっと昔、ロジャーが愛した女。

「……地獄へ道連れにしてやるぜ、ラファエル」


 自らを奮い立たせるように呟くが、力が入らない。

 ふらつく足で、ロジャーは馬を走らせた。

 こんな危険は何度も経験したはずだ。撃たれたのは今までに一度や二度ではない。

 殺したギャングの馬がまだ無事だった。馬の手綱を掴み、震える足を持ち上げて乗り込む。

 下半身の感覚が薄れてきている。痛みすら鈍くなっているのは幸いだった。

 馬に拍車をかけると、炎と硝煙の溢れるストリートを一気に走り抜けた。

「ロジャー!」

 すれ違い様、バージルが叫んだ。

 通りを抜けて、荒野へ走る。

 女連れで、ラファエルも負傷している。追い付ける。

 ロジャーは奪ったショットガンを構えた。

 まだ距離が遠い。

 残った弾は一発。

 確実に殺さなければならない。


 視界が、霞む。ロジャーは舌打ちし、自らの頬を叩いた。

 気を失えば、二度と起き上がれない。

 一発で、ラファエルを仕留めなくては。

 ロジャーは再びショットガンを持ち上げ――銃が手から滑り落ちた。


 目の前に地面が見える。

 額を強く打ち付けた。全身をバラバラにされるような衝撃。

 ようやく、ロジャーは自分が落馬したことに気が付いた。


 立ち上がろうとした。少なくとも、そのつもりだった。

 手のひらが真っ赤に染まっている。

 胸の大穴から吹き出した血が自分の両手を濡らしている。

 ……撃たれた?

 目眩がする。目の前が少しずつ暗くなっていく。立ち上がろうとしているのに、身体は少しも動かない。

 朦朧とする意識の中で、ロジャーは考える。


 誰だ?

 おれは、誰に撃たれた?

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