5-3 夜明け前
「ラファエルを襲撃する」
提案したのはロジャーだった。
保安官事務所で仏頂面を突き合わせる三人の男たち。
バージル、ロジャー、ライリー。
ディエゴはイスに座り、三人を眺めていた。
「連中が来るとしたら、明日の朝だ。十や二十の雑魚ならいいが、こっちの銃弾には限りがある。全員を撃ち殺すには数が足りない」
「だからって、闇雲に打って出るつもりか?」
バージルが反対意見を述べた。
「ラファエルがどこにいるのかもわからない。下手に動けば、街の防備が手薄になったところを狙われる」
「目途はついてるぜ。あれだけの大所帯だ。隠れる場所にも限りがある」
ロジャーは周辺の地図をテーブルに広げた。一点にナイフを突き立てる。
「ここは……フランクの農場がある辺りだな」
「仮に敵の数が倍の百いるとして、隠れられる規模の畜舎はここにしかない。潜むのにちょうどいいし、四方が開けているから包囲もされにくい。こっちは四人だが、夜に紛れて襲撃すりゃ混乱してるところを襲える」
ロジャーの意見を聞いて、ライリーが手を挙げる。
「おれもいいかい、旦那。意見を言わせてもらえるなら、攻めに出るのは反対だ。ラファエルが隠れ家に選んだって言うなら、敵に対する備えは十分すぎるほどにしているはずだ。それならまだ、街の防衛を考えた方が利口だ。銃弾に限りがあるのは向こうだって同じだしな。もし十分に弾薬があるなら、きっと奴らは退かなかった。あの五十人は脅しの人数で、銃弾に余裕はないんだろうよ」
バージルが考え込む。事務所の外はすでに暗闇に閉ざされていた。壁からつるされたランプが頼りなげに揺れている。
「ディエゴ。お前はどう思う」
バージルが、ディエゴを見た。
ディエゴが信頼しているのはバージルとロジャーだが、ライリーの言う通り防衛に徹するべきだと感じている。
わざわざラドルスネークの巣に飛び込む馬鹿はいない。
それならまだ、巣穴から飛び出して来たところを狙った方がいい。
「……おれは、その」
しかし……自分の意見に自信が持てない。ロジャーに従うと言うべきだろうか。
故郷に戻って来たせいか、それとも昔と変わらない人々の姿に失望したせいだろうか。自分の無力を思い出し、どうしても弱気になってしまう。
(弱気になるな……ラファエルのやつを撃ち殺すと決めたのはおれだ)
でなければ死んだエマも、女たちも報われない。
「おれは、街に残るべきだと思う」
恐る恐る、ディエゴは言った。
「こっちには地の利がある。襲撃されるのがわかっていれば罠だって張れる。逆だって同じだ。ラファエルが農場に罠を仕掛けているかも知れない。だったら、待ち構えた方がいい」
ロジャーは肩をすくめて見せた。
「おれの言うことには従えと何度も言ったと思うがな」
「最善と思うことを言っただけだ。ロジャー、アンタを信頼はしているが」
バージルが立ち上がった。部屋を見渡し、意を決したように言う。
「ラファエルを迎え撃つぞ」
――――――――
襲撃に備え、その夜は交代で見張りを出すことになった。
街の入口脇にある納屋で、まずはディエゴが見張りに着いた。
日が落ちてから二時間。
真っ暗な地平線まで目を凝らしてもラファエルたちの姿も、足音も聞こえなかった。
ディエゴは納屋の中に戻ると、整備を終えた拳銃を三つ、落ち着かない気持ちで並べた。
銃撃戦の最中で弾丸の再装填をしている時間はないかも知れない。形見のドラグーンを左腰に、使い慣れたシングルアクションアーミーを右腰と、ロジャーを真似てコートのポケットに忍ばせた。
ラファエルに刺された右手は、かなり動くようになっている。
遠くから狙いを付けるには十分とは言えないが接近して引き金を引く程度なら、できるだろう。
「ずいぶんやる気じゃないか」
交代に来たロジャーが言った。
ロジャーは帽子を柱の釘に引っ掛けると、積まれた藁の上に寝転んだ。
「お前も寝ておけよ。今から気を張ってたらいざって時に動けないぜ」
「見張りが寝てどうするんだよ。もしラファエルたちが来たら」
「来ないさ。新月だぞ。二人や三人ならともかく、何十人って集団で動くなら灯りが必要だ。近付くには火を焚くしかない。並んで松明なんて持ってたらただの的だ。ラファエルが考えなしの阿呆ならともかく、早くても夜明けまでは動かんだろう」
「でも、万が一ってことも……」
「おれの言うことには」
ロジャーは面白がるようにディエゴを見た。
「従うって約束だったな」
「約束だって言うなら、殺し方を教えてくれるって言ったよな」
ディエゴが言うと、ロジャーは笑った。
「そうだったな」
「ラファエルの狙いはなんだと思う? あいつはどうして、このローンの街を狙うんだ?」
「さあな。おれが知るかよ。おれが興味あるのはあいつの首に掛かった二万ドルの賞金だけだ」
「……本当にそれだけか?」
「おれを疑うのか?」
「そういうわけじゃない。だけど……バージルにはこの街を守るって目的がある。おれもラファエルを殺す理由がある。ロジャー、アンタは? 二万ドルで命を張るには、今の状況は割りに合わないだろ。相手は百人はいる。こっちは四人だ。生き残れるとは思えない」
「今から死ぬつもりとはな。弱気になってるのか?」
認めたくはなかったが、ロジャーの前で強がっても仕方がない。何度も無様な姿を見せて、何度も命を救われた。
「……かも知れない」
士気が落ちたのは街の人間だけではない。ディエゴも同じだ。
必ずラファエルを殺す。そう誓っている。ケイトの死に顔も、腕の中で失われていくエマの体温も覚えている。
復讐の炎は今も、ディエゴの身体を焦がしている。
だが、怒りや決意で人は殺せない。
拳銃を抜く速度、銃口を向ける正確さ。勇者だろうと臆病者だろうと、引き金を引けば飛び出す弾丸は同じだ。
人を殺すのは気持ちではなく技術。一瞬でもラファエルよりも早く引き金を引く。それができなければ、勝ち目はない。そしてラファエルを守るのは百人からなる兵隊。
「ディエゴ。お前に足りないものが何か、わかるか?」
「……銃の腕か?」
「違う。お前の腕前は悪くない。早撃ちの速度や正確さだけでいうなら匹敵するヤツは少ないだろう。まあ、おれと比べたら足元にも及ばないが」
「褒めてるのか自慢してるのか、どっちだ」
「おれは事実を言ってるだけだ」
開かれたままの窓から冷たい風が入り込んでくる。今日の夜はやけに冷え込む。気が滅入るような毎晩の暑さはどこかへ消えて、轟々と唸るような風が吹き抜けていく。
「お前に足りないのは覚悟だ」
と、ロジャーは言った。
「……覚悟?」
予想もしていない言葉だった。
「ロジャー、アンタがそんなことを言うとは思わなかった。覚悟なんかで人が殺せるかよ」
「おれは事実を言っているんだ。二度も同じことを言わせるなよ」
「意味がわからない。覚悟を決めればラファエルを殺せたとでも言うのかよ」
「撃つべき時を見ろ。偶然で命中することもあるが、引き金は必ず当たると確信した瞬間に引くんだ。その瞬間に引けるかどうか。逆に言えば、確信がない時は引き金を引かない。それが覚悟だ。わかるだろ? 簡単な話だ」
「アンタには簡単なことなのかも知れないが。それがわからないから、おれは悩んでるんだ」
「いくら腕を磨こうと、わからないヤツには一生わからん。理解できないまま死ぬか、生き残って理解する時が来るか……お前次第だな」
「わからなくたっていい。覚悟なんかなくたって、引き金を引けば銃弾は飛び出すじゃないか」
「さあな。銃を撃てることと人を撃てることは違うんだ」
と。
どこかで聞いた言葉を、ロジャーは言った。
「……どういう意味だ?」
「ま、少しは自分で考えるんだな」
言って、ロジャーは寝返りを打った。
「エマも同じことを言っていた。昔、知り合ったガンマンの言葉だって……母親の客の言葉だって。なあ、ロジャー。あんたもしかして、エマの……」
「知らんな。おれは寝る。お前もさっさと戻れよ」
言って、ロジャーは寝返りを打った。
追及しても、もうロジャーは何も答えなかった。
どうやらこれ以上、話すつもりはないらしい。
ディエゴはコートを着て、納屋から真っ暗な外へ出た。
眠れそうにもない。エマと一緒に逃げ出した夜も、今日と同じように真っ暗だった。
ロジャーとの会話を頭の中で思い返す。
あの言葉は……エマが言ったものではなかったか。
(どうしてロジャーは、ラファエルにこだわるんだ)
二万ドルの賞金にこだわっているとは思えない。
エマは、知り合ったガンマンは妙に親切にしてくれたと、言っていなかっただろうか。
混血の少女。父親が誰かわからない、娼婦の娘。
彼女に親切にしていたガンマンの言った言葉。ロジャーが口にした、同じ言葉。
(この戦いが終わって生き残れたら……本当のことを教えてくれるだろうか)
感傷的になって、空を見上げる。
夜明け前の空は薄曇りに隠され、星は一つも見えなかった。
決着は、じきに訪れる。
――――――――
太陽が昇り始めた頃、地平線に砂煙が見えた。
馬に乗った男たちが、集団で近づいて来る。
「……来たようだな」
納屋から姿を見せて、ロジャーが言う。
ディエゴは拳銃を空に向ける。
合図の銃弾を、空に向けて放った。
これが、最後の戦いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます