5-2 開戦の引き金

 最初の襲撃から、すでに二週間が過ぎている。

 ローンを守るために結成された自警団は日に日に士気が下がり、訓練への参加も一人また一人と減っていく。

「もう練習は十分だ。仕事をほっぽり出して拳銃ばっかり撃つわけにもいかない」

 訓練に来なくなった農夫を尋ねると、悪びれもせずに答えた。


「だが、ラファエルはこの街を狙っているんだ。鉄道駅まで救援を呼びに行った連中も戻って来ない。このままじゃおれたちは全員、殺されるんだぞ」

 ディエゴの言葉を聞いても、男は表情を変えない。

 むしろ不快そうに、フンと鼻を鳴らした。

「どうだかな。あの時はバージルの言い分を信じたが、よく考えたらこの街が襲われる理由なんてないだろ? 裕福な街でもないし、鉱脈があるわけでもない。もう来ないかも知れない」

「あれだけの人数が殺されたのを、忘れたのか?」

「わかってるさ、そのくらい。いざとなれば戦うと言っているじゃないか。だが、来るかどうかもわからない連中をいつまでも待っていられない。他の時間までアンタに指図される覚えはないしな。帰ってくれ」

 ディエゴの鼻先で、農夫は扉をバタンと閉める。

 わざとらしくガチャガチャ音を立てて、扉に錠をかけられた。

 ディエゴは深い溜息を吐いた。


 士気の低下は止めようがない。襲われて数日はまだ皆にやる気がみなぎっていたが、二度目の襲撃がないことですっかり緩み切っている。街を守ろうという気概が誰からも感じられない。襲われれば終わりだ。まともに戦える者はひとりもいないだろう。

 とうとう今日、訓練に参加したのはアニー・シュトラウスマンだけになった。


「キミだけか?」

 ディエゴが尋ねると、アニーは眉間にしわを寄せたまま頷いた。

「結局、口だけなのよね」

 15ヤード。課した距離の倍の距離で、彼女は拳銃を構えた。

 不甲斐ない男たちへの恨みを吐き出すように、撃った。弾丸は狙いを違わず、タルの上のビンを撃ち砕いた。

 ふん、とアニーが鼻を鳴らす。


「賭けてもいいけど、また街が襲われたらみんな逃げ出すわよ」

「仕方がない。追い詰められた時の決意ってのは所詮、長くは保たないんだ。誰だって怒りや恐れで戦える気にはなる。実際に戦える者はひと握りだ」

「わたしは違うわよ」

 アニーが赤毛を振り立てて言った。

「キミはよく戦う気になったな」

「父親を目の前で、あんな殺され方をしたら誰だって戦う気になるわ」

「仇討ちのつもりか」

「悪い?」

「いや……」

 ニュートンとモーガンを思い出す。父の仇を討とうとして、死んだ二人の兄。

 モーガンは死んだ時に十九歳、ニュートンはまだ十五にもなっていなかった。いつの間にか二人の年齢を追い越してしまっている。


「そういえば、お礼を言ってなかったわ。ディエゴがいなきゃ、わたしも父と一緒に殺されてた」

「ロジャーがいたから助かっただけさ。ロジャーがいなければあの場所でおれも死んでいた」

「謙遜して言っているの? ディエゴはあれだけ銃の腕が立つのに? ホルスターに拳銃を入れた状態から、すごい速さで撃てるじゃない」

「訓練の時に見せている射撃を言っているなら、ただの見せかけだ。敵を撃てるのと空きビンを撃てるのとじゃ、話が違う」

 空きビンを相手にするなら、どれだけ速く正確に撃てようが曲芸に過ぎない。


「わたしもやってみる」

 アニーがホルスターに拳銃を落とした。早撃ちを真似るように、ホルスターから拳銃を引き抜こうとするが――すっぽ抜けた拳銃は彼女の後方へ飛んだ。

「上手くいかない。どうしてかしら」

「一朝一夕じゃどうにもならないさ。コツさえ掴めば誰にでもってワケにはいかない」

「アナタは相当練習したのね」

「まあ。十年くらいは。あの頃は銃の腕を磨けば強くなれると思っていたからな」

「どういう意味?」

「銃を撃てることと、人を撃てることは違うんだ」

 エマがたしか、そんなことを言っていた。


 再びアニーだけの訓練に付き合っていると、訓練場所に馬が駆け寄って来た。

「ねえディエゴ、あれ」

 乗っているのは禿頭のボブだ。汗だくで、馬を全速力で駆け寄らせる。

 馬上で必死に、手を振っていた。

「ディエゴ! 街に戻ってくれ!」

 息を切らしながら、途切れ途切れにボブが言う。

「来たぞ! 強盗団だ!」


 ――――――――


 バレンズエラ強盗団が街に接近していると聞かされ、集まった自警団はわずかに十人。

 彼らは一様に落ち着きなく、武器を持っているが誰も撃てそうにはなかった。

 バージルとディエゴ。それから半死人のライリーと、子羊のように震える十人の自警団。

「この人数で街を守るのか?」

 ロジャーは皮肉げに唇を歪ませた。

 広場に陣取るバレンズエラ強盗団は、五十人はいる。


 集団の中にラファエルはいない。先頭に立つのは、筋肉の塊のような大男。猛牛が二本足で立ち上がったかのような印象を覚えた。日に焼けた顔の中に、二つの目が不気味に輝いている。

「まだ撃つなよ。相手の出方を待て」

 バージルが言った。ディエゴは頷き、いつでも撃てるように拳銃を左手で握った。

 広場に設営したバリケードを挟み、約200ヤード。


 先頭に立つ大男が、声を張り上げる。

「話がある! 撃つなよ!」

 バージルはしばらく黙っていたが、銃口を向けていたライフルを下ろす。

 距離が更に縮まった。互いの集団がそれぞれ100ヤードの距離を挟んで睨み合う。

「何の用か、聞こう」

 集団を率いる屈強な無法者に向かって、バージルが言う。


 大男はジッとバージルを睨み、それから重々しい口調で答えた。

「こちらの狙いはバージル・マディソン。それとライリー・ローズの二人だ。その二人さえ差し出せばこれ以上、街の人間に危害を加えるような真似はしない」

 大男は一度言葉を切り、こちらの反応を待った。ディエゴはバージルを見た。

(どうして……どうしてバージルなんだ?)

 裏切者のライリーが狙われるのはわかる。ラファエルはディエゴのことも許さないだろう。

 どうしてバージルの命が狙われるのか。


 バージルは黙っている。男の問いかけに答えたのはライリーだった。

「それで、おれとバージルの旦那を取り除いたところで街の人間を皆殺しにしようって魂胆か?」

「他の人間に興味はない。お前たち二人が大人しく首を差し出せば、街はもう襲わない。約束しよう」

「さて、そんな約束が信じられるかね」

 ライリーがちらりと背後を見る。

 自警団の男たちは互いに顔を見合わせいる。

 誰も、何も言わない。

 だが彼らの表情を見ればわかる。ちらつかされた希望に、揺れている。

 二人を差し出して命乞いをすれば、助かると思っている。


「そもそも我々は最初から街を襲う意思などなかった。やむを得なかったことだ。お前たちにバージル・マディソンとライリー・ローズを庇う義理があるか? 二人を差し出せばバレンズエラ強盗団はローンを襲わない。約束する」

 威圧するように、男はことさら大声で告げた。

「ど、どうするんだよ……

「数は相手の方が上だよ」

「勝てるはずがない。殺される」

 ディエゴの背後で、自警団の男たちは話し続ける。

「おれたちだって見捨てたくはないが」

 誰かがそう呟くと、一瞬の沈黙が降りた。

「被害を最小に抑える為なら……仕方ないんじゃないか」


 そう言ったのが誰なのか、ディエゴにはわからなかった。

「今度はバージルを殺すつもりか」

 振り返り、男たちを睨みつける。

「お前たちを守ろうとしたんだぞ……命を懸けてこの街を守って来たんだ! お前たちがバージルに、おれたち兄弟に何をした! 父を殺された時に、お前たちが力を貸してくれたら! モーガンとニュートンだって、死なずに済んだ! それをお前たちは、今度はバージルを……!」

 ディエゴの手が怒りに震える。こんな連中を守る必要なんて、ない。

 強盗団の選択を待つまでもない。この場で全員、撃ち殺してやる。

「敵から目を離すな、ディエゴ」

 バージルは冷静だった。男たちの会話など聞こえてもいないように、無法者たちに堂々と立ち向かっている。


「ここで決めろ! 二人の犠牲で済ませるのか、それともここで全滅するかだ!」

 強盗団の男が叫ぶ。

 生ぬるい風が通り抜ける。ディエゴは帽子が飛ばされないように手で抑えた。左手をホルスターに、ドラグーンのグリップに伸ばす。

(誰でもいい)

 白熱する炎のような怒りは消えた。

 身体中の血が冷めて行く。

 誰でもいい。敵の提案に乗るような真似をすれば、撃ち殺してやる。

「あんたたちの指図は受けない!」

 突然の動きで、誰も止められなかった。

 アニーが集団の中を飛び出し、バリケードに飛び乗る。

「ラファエルはあたしが――!」


 咄嗟にディエゴも飛び出した。

 アニーの肩を掴み、バリケードから引きずり下ろす。

 彼女の撃った拳銃は強盗団の足元に着弾する。銃声に驚き、馬がいなないた。

 怒声と、銃声。

 アニーの引き金が、文字通りの引き金となった。

 戦いが始まった。


 誰が撃ったのか、撃たれたのは誰か。

 広場は一斉に混乱と叫び声に満たされた。

 自警団の面々は、烏合の衆も同然だった。誰も武器を構えることすらしない。各々が悲鳴を上げて、勝手に逃げて行く。

 強盗団の男が、馬ごとバリケードを飛び越える。だが着地するよりも早く、バージルが拳銃を連射した。着地した馬が乗り手を振り落とす。


 バリケードの上に陣取ったロジャーが、近付く馬を次々とライフルで撃ち抜いていく。バリケードの隙間を狙って、バージルも拳銃を連射する。

 銃声は途切れない。

 敵は闇雲に銃を乱射しているが、ロジャーは的確に馬を射抜いていく。

 広場に横たわる馬が道を塞ぎ、強盗団の後続も思うように身動きが取れないでいる。動きが止まったところを、バージルが手にした二丁拳銃で撃ち殺していく。

 空になった拳銃を、バージルが後方へ向かって放り投げる。ライリーが空中で掴むと、代わりの拳銃をバージルに投げ返した。

「ディエゴ、その子を連れて退け!」

「でも、バージル! この人数じゃ……」

「行け! おれだってこんなところで死ぬつもりはない!」


 バージルとロジャー。たった二人で、五十人からなる強盗団を押し留めている。

 この二人は規格外だ。これだけ強い男が味方にいるのだから、せめて自警団が戦う意志さえ見せれば、この人数差だって覆せるかも知れないのに。

 アニーが、痛みにうめき声を漏らした。震える手で、ディエゴのシャツを握る。

 苦悶の表情を浮かべるアニーの姿が、エマに重なって見えた。

「……すぐに戻る!」

 ディエゴはアニーの身体を抱え上げて、走る。


 広場から離れた民家に押し入る。民家は無人だった。

 ベッドにアニーを寝かせ、血で真っ赤に染まったシャツをナイフで切り裂く。

 幸い、肩の傷口は銃弾が抜けていた。

 酒で消毒をすると、キツく包帯を巻き付ける。アニーがうめき声をあげる。

「なんて無茶をしたんだ。アニー、あの場で殺されてもおかしくなかった」

「でも……ラファエルを撃てば、勝てると思ったのよ」

「あいつはラファエルじゃない。たぶん、ラファエルの部下だ。あいつを殺したって何も変わらない」

 先頭に立っていた大男には貫禄があった。知らない者がみれば強盗団を束ねる首魁と思ってしまうような。だがラファエルは危険の矢面に立つような男ではない。

「……ここで隠れているんだ。おれはバージルを援護しに行く」

「勝てる?」

 ディエゴは答えなかった。

 

 広場に駆け戻ると、銃声は止んでいた。

 バリケードを囲んでバージルとロジャー、ライリー。

 それから向こう側に強盗団。転がる馬と無法者の死体。

「……これが答えだと受け取って良いんだな?」

 ライフルを構えたまま、強盗団の大男が言う。

「帰ってラファエルに伝えろ。もはや戦う以外に道はない」

 強盗団の大男は、しばらくバージルを睨んでいた。

 それからようやく、馬首を返した。

「覚悟を決めておけ」

 男が言う。

「この街は地図から消えることになる」

 馬を走らせ、強盗団はどこかへ走り去っていった。


 ディエゴは構えた拳銃を下ろし、溜息を吐いた。

「バージル。無事でよかった」

「ああ。だが……あいつらが戦力のすべてとも思えない。こちらはほとんど戦える者がいないと露呈してしまったな」

 街の人間たちは平和に慣れ過ぎている。戦うことを忘れ、平和の維持を他者に委ねた結果、降り掛かる火の粉を払う力を失った。

 バージル、ロジャー、ディエゴ。死にかけのライリーを含めたとしても、戦えるのは四人。


 たったの四人。

 この四人で、バレンズエラ強盗団に立ち向かわなければならない。

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