五部:荒野に響く、復讐の銃声
5-1 悪魔の発明
拳銃を抜く。撃鉄を起こす。引き金を引く。
拳銃で人を殺すには、その三つの動作だけでいい。
たった三つの動作を極める為に、ガンマンは腕を磨く。
銃を手放すか、自分よりも百分の一秒早く引き金を引ける敵に出会うまで。
「手本を見せる」
集まった二十人の自警団員に、ディエゴは言った。
空き瓶を空中に放り投げる。投げたビンが落下を始めた、直後にディエゴは空き瓶を撃ち抜いた。
砕けたガラス片が砂の上に散らばる。
「最終的には今みたいに、動く標的にも命中させられるようになって欲しい。最初は止まっている標的を撃ち抜く練習だ。早撃ちは一朝一夕で身に着くような技術じゃないから、まずは狙ったところに当てることを考えて欲しい」
街はずれに集められた団員たちは、大人しくディエゴの言葉を聞いている。
彼らは真剣そのもので、誰もがラファエル率いる邪悪な一党に立ち向かう意志を見せている。
少なくとも今のところは。
「それじゃあ、並んで」
四人ずつ並べて、それぞれの3ヤード先にタルを置く。タルの上に空き瓶を乗せた。
「構えて。一人ずつ」
男たちが順番に撃鉄を起こし、引き金を引く。乾いた音がそれぞれ四発。弾丸は瓶を掠めもしなかった。
次の四人も同じだった。最初は馬鹿にするように笑っていた男たちも、自分の番が近づくと黙り込んだ。十六の弾丸が無駄に使われた頃には、誰も笑わなくなった。
「……この中で、拳銃を撃ったことのある者は?」
何人かが恐る恐る、手を挙げる。
「日常的に拳銃の練習をした者は?」
全員が手をおろした。
「仕方がないだろ。ローンは平和な街だったんだ。それに、今は街中で銃を持ち歩くのは禁止されている。普通に暮らしていたら誰だって、拳銃を撃つ機会なんてない」
言い訳するように禿げ頭の男、ボブが言った。
「ちょっと、退いて」
並んだ男たちを押しのけて、赤毛のアニー・シュトラウスマンが立った。
無造作に構えて、撃つ。乾いた音を立てて、空き瓶が砕けた。
「……偶然だ」
ボブがぼそりと言った。アニーは挑戦的な眼差しをボブに向ける。
「かもね。試してみましょう」
アニーが樽から離れて行く。目算でおよそ6ヤードだろうか。
拳銃を空に向けると、カチャリと音を立てて撃鉄を起こす。
細い腕をゆっくりと下ろし、真正面でピタリと静止させる。
銃声。ガラスの砕ける音。
驚きの声を上げる男たちを見て、アニーは微笑んで見せた。
ボブはむっつりと黙り込んでいる。禿げた頭が真っ赤に染まっているので、腹を立てているのはわかった。
「筋が良いな。どこかで射撃を?」
「家が銃火器店だからね。こっそり商品を持ち出して撃ったことは何度もあるわ。その度、父に怒られたけど」
彼女の父、エトガー・シュトラウスマンは強盗団に殺された。
家を焼かれ、自らの身体にも火が付きもがいていたところを、何発も撃たれて。
ディエゴがまだ街で暮らしていた頃から、エトガーは変人として有名だった。
ドイツからの移民らしいが、詳しいことは知らない。街の人たちとの接触をできる限り避けている節があった。店を閉めて何日も家にこもったかと思うと、忽然と数ヶ月、行方をくらませることもあった。
「エトガーのことは、残念だった」
気遣うようにディエゴが言う。アニーは首を横に振った。
「殺されたのは、父さんだけじゃないから。それに、悲しんでる暇はないわ。まだ街が狙われてるんだから。連中に報いは受けさせてやるわ。必ずね」
自らも殺されかけたというのに、アニーは恐怖を感じている様子を微塵もみせない。勇敢な女性だと、ディエゴは素直に感心した。
合計で百発は撃たせただろうか。ようやく3ヤードの距離で、半分の人間は当たるようになった
最も筋が良いのはやはりアニーだ。アニーに負けじと禿頭を真っ赤にしながらボブも熱心に射撃をしている。
彼らは上達に満足をしている様子だったが、ラファエルの軍勢は3ヤードに近づくまで銃撃を待ってはくれないだろう。
このまま実戦を迎えれば戦いにもならない。待っているのは一方的な殺戮だ。
日が傾き、練習を終えた頃。街から馬が近付いて来る。ディエゴは警戒してドラグーンを抜いた。
馬に乗っているのは、ライリーだった。
左腕を包帯で釣って、足の動きもぎこちない。
馬から降りるのに、ひどく苦労していた。
「よう。生きてたんだな、坊や」
「それはおれのセリフだ。二、三日で治るような傷には見えなかった」
ライリーは腰の左右に拳銃を吊るしている。抜けるような状況にも思えないが、安心はできない。この男は、バレンズエラ強盗団の一人だ。
「早合点するなよ。おれが邪魔をしに来たとでも思ったか? おれがラファエル・バレンズエラの部下だったから?」
ラファエルの名前が出た途端、自警団の男たちにざわめきが起こった。
戸惑いが敵意に変わる。背後から撃鉄の起こる音が聞こえた。
「落ち着けよ。敵対する気はないと言ったつもりなんだが、わからなかったかな。とにかく銃を下ろしてくれ。見ろよ、おれは傷だらけだろ? この顔は古傷だが、まともに動けないんだよ。そんな警戒しなくたっていいだろ」
ディエゴはライリーと男たちの間に立った。
8ヤードの距離を保ち、撃鉄に指をかける。
「話があるのなら聞いてやるから、言えよ」
「冷たいな。おれとお前の仲じゃないか。率直に言えば、おれもこの街を守るのに協力したいんだ」
「……何のつもりだ? お前はラファエルの手下だろ」
「まあ、元だよ。助けてくれた坊やならわかるだろ? おれはラファエルを裏切って、殺されかけた。裏切者だよ。状況的には誰かさんと同じなんだが」
含みを持たせた言い方をする。
「助けてくれたディエゴくんの恩義に報いたいってわけさ。ってワケで、おれもお仲間に入れてくれ」
本心とは思えない。
人を食ったようなライリーの態度は昔から変わらない。この男もラファエルと同じだ。本音を他人に見せようとせず、何を考えているのかが読めない。
「どうする?」
誰に向かってだかわからないが、ディエゴは訪ねた。自警団の面々は顔を見合わせるばかりで返事はない。
「アナタが決めるべきよ。リーダーなんだから」
アニーが言う。
「……わかった」
ディエゴは溜息混じりに答えた。
「お前も自警団に入ってもらう。ただし、拳銃は預かる。行動する時はおれかバージル、ロジャーと一緒に動いてもらう」
「構わんぜ。そのくらいの条件はな」
文句の一つでもあるかと思ったが、ライリーは大人しく従った。
――――――――
自警団の訓練を終えて、ディエゴはライリーを連れて保安官事務所に戻った。
傷が痛むのか、呻くような声を上げてライリーはソファに座った。
「あー、痛え。まだ動けるような状態じゃないんだよ。ああ、クソ。酒でもないか? 飲めば傷の痛みが治まるかも知れない」
「ない。あったとしても、怪我人になんか飲ませるかよ」
「冷たいなぁ、坊や。おれとお前の仲だろ。ところでホリディ先生に聞いたんだが、ロジャーとか言うガンマンがいるらしいじゃないか。どこにいるんだ?」
「見ればわかるだろ。ここには誰もいない」
近くの鉄道駅へ応援を呼びに行った一団も戻らず、行方不明になっている。
バージルは行方不明になった一団の調査、ロジャーは逃げた強盗団の足取りを追っている。
「そのロジャーって男、何者だ」
ライリーは身を乗り出して、秘密の話をするように言った。
「ただの賞金稼ぎだ。凄腕の、だけど」
水瓶からカップに水を注ぐ。右手でカップを持とうとしたが、まだ指を曲げると痛みが走った。
ラファエルに貫かれた右手は、完治はしないだろう。傷口は縫い、塞がったが握力はほとんど戻っていない。引き金を引くくらいはできるだろうが、狙いはまともに付けられない。
水のはいったカップをライリーに渡す。
「お、悪いね、へへへ……」
カップの中身を一口であおると、ライリーはあからさまに顔をしかめた。
「なんだよ。酒じゃないのか」
「飲ませないって言ったろ。ライリー、本当のことを話せ。何が目的だ。まさか本心で、おれたちの仲間になろうってんじゃないだろうな」
「おーおー、ポーカーでやられて半べそかいてた坊やが、偉そうじゃないか」
「何年前の話だと思ってる。お前が本心を明かさない限りは、信用はしない」
「まあ、最初から話す気だったがおれにはおれの目的がある。ラファエルの正体を探ることだ」
あっさりとライリーは白状した。
「……正体?」
「今さら、隠す必要はないよな。おれは元々ラファエルの仲間なんかじゃない。強盗団に入り込んで、ラファエルのことを探っていた」
本気なのか冗談なのか、ライリーの表情は変わらない。
「おれはピンカートン探偵社の人間だ」
聞き覚えのある名前だが、思い出せなかった。
「え、知らないのか? まいったな、知名度があると思ってたんだが……内戦の時にリンカーン大統領の護衛もしてたのもおれたちピンカートンの人間だぜ」
「偉そうに。ライリー、お前だって内戦の時は生まれてもなかっただろ」
「まあ、とにかく聞け。おれたちの仕事は色々とあるが、軍の斥候を民間で行う会社だと思えば良い。ラファエルを追うのもお仕事の一つってわけだ」
「賞金首を追うことが?」
「あいつはただの賞金首じゃない」
ライリーが断定するように言う。
「おかしいと思わなかったか? あれだけ派手に暴れてるのに正しい人相書きが出回らない。金回りが異常に良く、どこに行っても協力者がいる。ただの悪党じゃあないさ。それに、お前は知らないだろうが強盗団のメンバーは、あそこにいた十五人だけじゃない」
「……谷間で、待ち伏せていた奴らか。あそこにラファエルもいた」
ライリーがうなずく。
「あれが全部とも思えないがな。ラファエルには表と裏、二つの顔がある。表の顔が強盗団首領だ。おれの役目は裏の顔を探ることだった。だがラファエルの奴はなかなか尻尾を見せなくてね。坊やがラファエルを裏切った時あの時が絶好のチャンスだった。カルロスたち三人も砦を離れてたからな。おれは強盗団をまとめて捕えるために、こっそり砦を離れて仲間を呼んだ。ところが戻って見たら、砦に転がってたのは死体だけだ。慌てて足跡を追ったよ」
あの時、ディエゴとロジャーを追って現れた馬の一団。
谷間で待ち伏せに遭い、殺された男たち。
あれがライリーの仲間たち、ピンカートン探偵社の人間というのだろうか。
「仲間を殺されたが収穫もあった。この街に内通者がいる。ラファエルの密偵とでも言えばいいか。散らばった強盗団の連絡係だ。ラファエルは仲間を呼び集めて、おれたちを谷間で待ち伏せしたんだ」
「お前の話を信じていいか、わからない」
「信じろよ。でなきゃ話した意味がない」
「……ロジャーとバージルにも説明してからだ。それからお前を信じるか、決める」
「おいおい、勘弁してくれよ、坊や。なんのためにお前にだけ話したかわからないのか? お前はラファエルと通じていないのがわかってるからだぜ」
「どういう意味だ」
「ローンにラファエルの内通者がいるって、言ったろ。おれはフランクって男が怪しいと睨んでたんだが、殺された今じゃ真相はわからない。他に何人いるんだか、検討もつかないしな。それに、ロジャーって男も怪しいぜ」
ライリーは声を潜めて言った。まるで誰かに聞かれるのを警戒しているように思えた。
「怪しい? ロジャーが?」
「ラファエルと協力関係なんじゃないかってことさ」
「馬鹿なことを言うな。ロジャーが敵なはずないだろ」
「どこであの男と知り合った?」
「おれを助けてくれたんだ。カルロス、ビル、スワローの三人を撃ち殺して」
「どうしてあの男はその場所に居たんだ? 偶然お前が捕まった場所に、偶然ロジャーが通り掛かったのか?」
「おかしくはない。偶然が重なることだってある」
「そりゃ、あるだろう。ロイヤルストレートフラッシュを二度繰り返すみたいなモンだな」
ライリーが小馬鹿にするように言った。
「おかしいさ。おかしいに決まってる。目的もなく荒野を散歩していた時にたまたま、なんてことが有り得るか? あの男は何か意味があって、ラファエルの隠れ家周辺をうろついてたんだ。おれはあの男もラファエルの協力者なんじゃないかって思うぜ。おれたちピンカートンの動きを察して、ロジャーって男が応援を呼んでたのかも知れない」
「馬鹿げてる。だったらロジャーがラファエルの部下を殺す意味がない」
ロジャーが敵であるなんて、考えられない。もしもラファエルの味方なら、ディエゴの命を救う意味がない。
「あるいは仲間割れかも知れないな。ラファエルは命を狙われていることを知っていたのかも知れない」
「そんなこと……」
ラファエルは、何かを警戒していた。
生きて戻るはずのないディエゴを、隠れ家で待ち伏せていた。
(あれは……誰を警戒していたんだ?)
ラファエルが警戒していたのは、ディエゴではない。
他の誰かを罠にハメるために、隠れ家で待っていたのだ。
誰を?
もし待っていたのがロジャーだとしたら、ラファエルはロジャーの存在を知っていることになる。ロジャーに命を狙われていることを。
ディエゴはかぶりを振った。
「……少なくともおれは、ライリー。アンタよりはロジャーを信じる」
「命を助けられたからって犬みたいに懐くのは良くないぜ」
「そんなつもりはない。だけど、もし仮にロジャーがラファエルの仲間だったとして、関係ないだろ。おれだってお前だってラファエルの仲間だった」
「おれたちは部下だった。仲間とは違う。もしラファエルの奴を撃ち殺したとして、規模のわからない強盗団の勢力を別の誰かが支配するなら、意味がないだろ」
「何が言いたいんだよ」
傷のある顔を歪めて、ライリーが試すようにディエゴを見る。
「これが権力争いなら厄介だって言ってるのさ。ラファエルの首を獲ったとして、頭がロジャーにすげ変わるだけなら意味がない」
「ロジャーはそんな男じゃない」
ディエゴの声に怒りが滲む。
「ラファエルみたいな外道と一緒にするな」
「何が違うってんだ。同じ人殺しじゃないか。アイツもラファエルも、敵を迷わず殺すんだろ? まあ、おれも人のことは言えんがな」
「いい加減にしろ! お前は……」
怒鳴るディエゴの声を遮るように、保安官事務所の扉が開いた。
ディエゴは咄嗟に拳銃を抜いた。
ディエゴとライリー、二人の銃口が扉に向いている。
「えっと……なに?」
扉の向こうにいたのは、アニーだった。
ディエゴがため息を吐き、ドラグーンをホルスターに戻した。
「何か用か?」
「うん。燃え残った納屋に隠してた銃が見つかったから、持ってきたの」
アニーが持ち込んだ銃はどれも、ディエゴの知らないものばかりだった。
並べられた武器の一つを、ディエゴは手に取った。
「……これは?」
「見た目通り、ライフルとショットガンをひとつで使い分けられる銃よ。薬莢を排出するのに分解しなきゃならないから、一発しか撃てないけど」
大きな筒に引き金を付けたような装置もある。
「こっちは?」
「ダイナマイトを遠くへ飛ばすための銃よ。筒に火のついたダイナマイトをセットするの。まあ発射中に導火線の火が消えたり、発射の衝撃で爆発するかも知れないから実戦じゃ使えないかもね」
「エトガーは何をやってたんだ?」
「販売だけじゃなく、武器開発もしてたのよ。昔の武器をアレンジした物もあるけど、どれも未来のスタンダードになる技術だって、口癖のように言ってたわ」
アニーの父、エトガー・シュトラウスマンが変人であるのはディエゴも知っていた。まさか武器の密造のような真似をしているとは思わなかったが。
アニーが武器をテーブルに並べる。テーブルの上に置かれたままだった一冊の本に、アニーが気付いた。
「あれ、これ……ジュール・ヴェルヌだよね?」
血まみれのナイフは抜かれているが、表紙の真ん中は無残にナイフの跡が残っている。
「アニーも知ってるのか」
「お父さんが好きだったな……悪魔の発明だって言ってたな」
「悪魔の発明?」
「この本に出て来る、ロック式電光弾のこと。トマ・ロックって人がつくったすごい威力の爆弾で、街を丸ごと破壊できるような威力があるんだって。お父さんはその爆弾のこと、悪魔の発明だって言ってた」
「空想の中でなら、どんな威力の武器だって作れるさ」
「うん。でも……」
アニーは言いよどんだ。
「本気か冗談かわからないけど。これも未来のスタンダードになる技術だって言ってたわ。街を破壊できる爆弾が量産されて、いずれ世界中を巻き込むような取り返しのつかない戦争が始まるって」
「まるで予言者だな、エトガーは」
ディエゴは苦笑する。アニーもつられて笑う。
「そうだよね。そんな武器ができるわけ、ないのにね」
ライリーだけが笑っていなかった。
まるでおぞましいものを見るように、ライリーはヴェルヌの本を睨んでいる。
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