4-5 立ち上がる者たち


 街の中央に、大きな噴水の広場がある。

 広場には街中の人が集まっていた。

「ラファエル・バレンズエラの強盗団がこの街を狙っている」

 用意された壇上で、バージルは住民に向かって語り掛ける。


「理由はわからない。連中の目的もわからない。だがすでに十八人もの尊い命が奪われた……それだけじゃない。奴らはこの街を孤立させた。電信柱は破壊され、外へ助けを求めることもできない。敵は数が多く、わたし一人で戦うのは無理だ。だからと言って指をくわえて殺されるつもりはない。みんなの力を貸して欲しい」

 バージルの言葉を聞いた住民たちは、ざわついた。

「銃を取る意思の有る者はここで名乗り出てくれ。この場で臨時の保安官補佐に任命する」

 まさか、自分たちが戦う羽目になるとは思っていなかったのだろう。

 隣人同士の好き勝手な話し合いが続く。

 バージルは壇上で黙ったまま、彼らが語り合うのを聞いている。

 誰かが名乗り出るのを。


「このままじゃおれたちは皆殺しだ。やってやろうぜ」

「だがよ、おれたち銃なんて撃ったことねえだろ。下手に抵抗して殺されるのはゴメンだ」 

「大人しくしていた方が良い。そのうち郡保安官カウンティシェリフが応援に来てくれるだろ」

「今の話、聞いてなかったのかよ。電信柱は壊されてるんだ。外へ助けを求めるって、誰が行くんだよ。あの強盗団がどこに隠れてるかもわからないのに」

「だいたい、助けが来るまでに襲われたらどうする。警察官は全滅だし、保安官だからってバージルひとりにやらせるわけにも……」

「じゃあお前、戦えるのかよ」

「あれだけの数の無法者だ。とても勝てるとは思えない」

 議論は――初めからそう呼べたものだか疑問だが――結局のところ、誰も何の結論も出さない。


 延々と無駄な議論を繰り返す男たちを、ディエゴは苦い思いで見つめた。

(ローンはあの頃から、何も変わっていない)

 父が殺された十年前。四人の兄弟は保安官のベンジャミンに、頼りになりそうな大人たちに救いを求めた。

 普段は父と懇意にしていた者も、父に世話になっていた者も、誰ひとり兄弟に力を貸さなかった。父の農場はロイドという男に奪われ、仇討ちに向かったニュートンとモーガンは撃ち殺された。

 結局、彼らは自分の命が惜しい。危険には決して近付かない。誰かに守られるのを待っている。大勢が殺され、目前に危機が迫っているというのにまだ目を覚まさない。

 救えない。

 ディエゴは悔しさに歯噛みした。


 武器を取れる若者が全員で立ち向かえば、二百人は集まるだろう。

 ラファエルの軍勢は多く見積もったところで二十、三十人だった。仮に伏兵が居て、倍の六十人に膨らんだとしても街の人間の半分にも満たない。

 街中の武器、戦える者を結集すれば勝てないはずがない。

 考えればわかるはずだ。敵は話の通じる相手ではない。従おうと逆らおうと殺される。戦わなければ死ぬだけだ。

 この期に及んでまだ、臆病風に吹かれている。

(本当にこの連中は、救えない)

 臆病者を自覚しているディエゴですら、街の男たちの情けない姿には怒りと失望を覚えた。


「十人も集まれば御の字と思っていたが……これはいよいよおれたち三人で戦うしかないかもな」

 ロジャーが平然と言う。

「いくらアンタが早撃ちだからって、あの数を相手に勝つのは無理だ」

「どうかな。おれとしてはラファエルの首さえ獲れれば構わない。この街がどうなろうと知ったことじゃないからな」

「おれにとっては……故郷だ」

 弱腰で議論する男たちに、デェイゴは目を向けた。

「こんな連中でも、守らなきゃならない」

「とてもそんな風に考えてる顔じゃないぜ」

 ロジャーに言われ、ディエゴは自分が強張った顔をしていることに気付いた。

 せめて誰か一人でも、勇気を示してくれれば。

 聴衆を眺めるディエゴの横を、若い女が通り過ぎた。


 頭に包帯を巻いた、若い女。

 赤毛のポニーテールを振り立てて、彼女はバージルに近付いた。

「あたしがやるわ。武器をちょうだい」

 壇上のバージルに向かって、女は手を伸ばす。

 女の横顔に、ディエゴは見覚えがあった。

 銃火器店の娘。エトガー・シュトラウスマンの娘だ。強盗団に襲撃された時に、目の前で父親を殺された時に敢然と悪党たちに立ち向かった彼女。

 バージルは困ったように眉根を寄せた。

「……レディを戦わせるわけにはいかない」

「この街に男なんていないわよ。どいつもこいつも、あれだけの人が殺されてもまだ戦う気にならないんだから」

 振り返り、女は聴衆を見る。

 怒りのせいか、彼女の頬は紅潮していた。


 群衆の中から一人、禿頭の男が叫ぶ。

「女は引っ込んでろ! 遊びじゃないんだぞ!」

「男だけで解決してくれるならね、大人しくしているわ。さっきから黙って聞いてたら口ばっかりで、結局は戦うのが怖いんでしょ? それとも図体ばっかりでかいクセに、拳銃が重くて持てないの?」

「生意気を言うんじゃない! 女のクセに!」

 禿頭の男は彼女に近付くと、平手で頬を叩いた。

 乾いた音が広場に響く。

 女は怯みもしなかった。頬を張られた直後、握りしめた拳で男を殴り返した。


 禿頭の男は、まさか殴り返されるとは思っていなかったのだろう。バランスを崩して尻もちをついた。殴られた頬を抑えて、呆然と赤毛の女を見上げている。

「悪党が来たら隠れるクセに、女が相手なら手を出せるのね。役に立たないからアンタは引っ込んでなさい。納屋にでも隠れてガタガタ震えてたら?」

 女は、バージルの立つ壇上に登った。

 バージルですら気圧されたようで、思わず女に場所を譲っている。

「街を焼かれて隣人を殺されて、アンタたちは黙っているつもり? あたしは戦うわ! 一人でも戦う! 女だろうと子供だろうと、殴られたら殴り返すのよ! 誰かが守ってくれるのを待つだけの軟弱者は今すぐ逃げ出しなさい!」

 吹きすさぶ熱風のように、彼女の怒声が広場を通り抜けて行く。


 広場に集まった男たちが、気まずそうに顔を見合わせる。

 最初に反応を示したのは、殴られた禿頭の男だった。

「ふ、ふざけるな!」

 禿げ頭を夕陽のように赤く染めて、男はぶるぶる震えている。

「ここまで言われて引き下がれるか! おれはやるぞ! バージル、武器をくれ!」 

 バージルはうなずくと、まず壇上の彼女に拳銃を手渡した。

「名前は?」

「アニー。アニー・シュトラウスマン」

「わかった。アニー、礼を言うよ」

 壇から飛び降りて、禿頭の男にも拳銃を渡す。

 彼らに引きずられるようにして一人、また一人と名乗り出る者が続く。

 場の雰囲気に流されたのもあるだろうが、結局は満場一致に近い形でバレンズエラ強盗団に立ち向かうことが決まった。


 市長のジムはまるで団結が自分の手柄であるかのように、この危機に立ち向かうことの重要性が云々と演説を打って見せた。

「追い詰められた羊に牙が生えると思うか?」

 演説に聞き入る群衆を、冷めた目でロジャーが見ている。

「絶望が臆病者を勇者にするって言うけどな」

 古いことわざをディエゴが口にすると、ロジャーは苦笑する。

「それで、お前は? 勇気は手に入ったか?」

「……さあな。どうだか」


 武器を手にすれば覚悟が決まる。絶望を前にすれば勇気が湧く。

 だが、勇気や覚悟では人は守れない。

 ディエゴのてのひらにはまだ、消えて行くエマのぬくもりが残っていた。

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