4-4 もうひとつのドラグーン

 一般人が十二人、保安官が一人。

 定員五人の警察官は全滅し、合計で十八人が殺害された。

 爆破されたのは警察署と、隣接するシュトラウスマン銃火器店。

 火は民家を巻き込んで数時間後に鎮火した。


「大変なことになった、バージル」

 犠牲者の合同葬儀を終えた翌日、市長のジムが保安官事務所に姿を見せた。

「電柱も破壊されている。鉄道駅まで使いを出してはいるが、応援がいつやってくるかもわからない」

「ええ」

 バージルがうなずく。

 襲撃の日からほとんど一睡もしておらず、バージルの顔には濃い疲労の色が浮かんでいる。だがその瞳に宿る強靭な意志は少しも陰りを見せていなかった。


「ですが市長。この街は守ります。あの連中が何者だとしてもこれ以上、好き勝手にはさせません」

「守り切れるのか? 敵の規模も素性もわからない。まともに戦えそうなのはバージル、キミと……二人の流れ者だけだ」

 市長のジムがディエゴと、ロジャーを見た。

 ディエゴはムッと腹を立てた。自ら捨てて出て行ったとはいえ、ローンは故郷の街だ。流れ者などと、馬鹿にするように言われる覚えはない。


「連中の狙いは何だ? どうしてこのローンを襲った? それも、保安官と警察官だ。金が目当てとも思えない」

「この街の全滅でも考えてるんだろうよ」

 バージルの代わりに答えたのはロジャーだった。


「保安官を殺した。警察官を殺した。銃火器店は焼け落ちた。あとは武器の代わりに農具しか持てないような羊の群れだ。全滅させるのなんて、ワケないぜ。おれ一人でも十分なくらいだ」

 ロジャーの言葉に、ジム市長が眉根を寄せる。

「どうしてこの街が狙われる」

「おれが知ると思うか? ただの流れ者だぜ」


「バージル。どうするつもりだ」

 ジムは話の矛先をバージルに変えた。

「幸い、保安官事務所には武器が残っています。戦えそうな男たちを集めて自警団を結成しましょう。我々が連中を追う間、街の防衛をしてもらいます」

「市民に戦えというのか?」

「戦わなければ、奪われるだけです」

 バージルは平然と言う。


 戦わなければ奪われる。デェイゴの家系は、マディソン家はいつもそうだった。殺され、奪われ続ける運命。そんな運命を打破するために、ディエゴは奪う側に回った。

 奪う側に回り、結局はそこでも奪われ続けることになった。

 バージルは違う。奪われる側から、守る側に回った。まとわりつく不運を真っ向から撃ち落として進む。それがバージルという男だ。

 ディエゴはたった一人、生き延びた兄を誇りに思った。


「……任せていいんだろうな」

「人員の選定から訓練まで、わたしが指揮を執ります。市長は、みなの不安を取り除いてください。時間がない。急ぎましょう、ジム市長。街の人間を集めて演説を」

「ああ……犯人の確保は任せる。こんな状況だ。手段は問わない」

 ジムが保安官事務所を出て行く。その背中を見送って、バージルは小さくため息を吐いた。


「敵の足取りを追わなければならないな。連中の正体もわからないが……」

「連中はラファエルの一党だぜ」

 バージルをさえぎって、ロジャーが言った。

「屋上でライフルを撃っていた男に見覚えがある。覚えてるかディエゴ。あの男は谷間にいた。崖の上で待ち構えて、追って来た集団を撃った野郎だ」

 谷間での銃撃戦は数十人の男がいた。どんな人相の男がいたのか、ディエゴはいちいち覚えていない。

「あの一瞬で見ただけだろ? 本当に顔がわかるのかよ」

「おれは記憶力が良いんでね。前にフランクって男の農場に泊めて貰った時も会ったんだ。二度も会えば、忘れない」

「それにしたって、どうしてラファエルがこの街を襲う必要がある」

「二度も言わせるな。おれが知るかよ。だいたいラファエルとの付き合いの長さなら、お前の方が上だ。何か心当たりはないのか。ラファエルがこの街に因縁を持つような」

「……ラファエルが何を考えているかなんて、おれにわかるかよ」

 あの男の意図が読めたことなど、今までに一度だってない。

 まさか、ディエゴの故郷だから狙っているとも思えない。


「どういうことだ、ディエゴ。ラファエルと……あのラファエル・バレンズエラと面識があるのか?」

「ああ。まあ、面識というか」

 ディエゴは兄の目を見られなかった。

 五年で街の信頼を勝ち取り、市保安官になったバージル。

 対称的にラファエルの下で、強盗団の下っ端として生きたディエゴ。

 だが、もう秘密にし続けることはできない。


「街を出てから、おれはラファエルのところに居たんだ……強盗団のメンバーの、下働きをしてた」

「なんだって? 冗談のつもりか、ディエゴ」

「こんなこと、冗談で言えるかよ」

 五年前、ラファエルたちがローンに立ち寄った時に仲間になったこと。悪党にもなり切れずに下働きをさせられ、決別したこと。

 エマを救おうとして、撃ち殺してしまったこと。

 すべてを兄に話した。


「……ラファエルは絞首台に送ってやる」

 ディエゴの話を聞き終えて、バージルが言った。

「ディエゴ、お前は生きろよ。ラファエルの殺人を目撃したなら、お前は法廷で証言をする義務がある」

「おれを責めないのか? 悪人連中のひとりだったんだ。バージルが一番嫌ってるやつらと、おれは同じだ」

「道を踏み外しただけだろう。お前は生きて戻って来た。おれにはそれで十分だ」

 バージルは銃器ケースの中から、あるだけの武器を机に並べた。

 拳銃が二十丁。ライフルが三つにショットガンが二つ。


「武器はこれだけある。エトガーの銃器店は焼け落ちたが、まだ拳銃くらいなら家に保管している者もいるだろう。臨時の保安官補佐を増員して、自警団を結成して協力を仰ぐしかない」

 バージルがディエゴを見た。

「ディエゴ。お前が自警団を率いろ」

「おれが? バージルの方が適任じゃないか。ずっとこの街に暮らしてるんだし」

「いざという時には最前線に飛び出すのがおれの役目だ。自警団には最低限の防備だけを頼むつもりだが、拳銃を扱える者が頭にいなければ烏合の衆にしかならん。指揮はお前がとれ。できるか?」

「……わかった。バージルがそう言うなら」


 バージルは腰のホルスターからコルト・ドラグーンを抜いた。

「これはお前にやる」

 使い込まれたグリップは擦り減って、銃身には無数の傷が付いている。

 ディエゴはドラグーンを受け取った。

 形見のドラグーン。父の愛用した二丁の拳銃。兄弟で分け合った形見の拳銃。


「頼んだぞ、ディエゴ」

 ディエゴの肩に、バージルが手を置く。

 失ったはずの形見のドラグーン。

 託された重みがずっしりと、ディエゴの左手にのしかかる。

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