4-2 再会する兄弟

 バージルが診療所にたどり着くと、医師のホリデイが怪我人の手当てをしていた。

 街に現れた放浪者は、三人。

 全員が怪我を負っている。一人が瀕死の重傷だった。

 身体中に弾丸を受けていて、左腕を抜けた弾が腹に残っていた。

 死んでいないのが不思議だとホリデイは言った。


「こいつが何者かは、そこの二人にでも聞いてくれ」

 訪問者を見て、バージルは驚いた。

 背も伸びて、筋肉も付いている。すっかり大人びて、バージルの覚えている幼さは消えていた。表情に影のようなものを感じる。

 そこにいたのは、弟のディエゴだった。


「ディエゴ! ディエゴじゃないか!」

「その……バージル、久しぶり」

 ディエゴと一緒にいるのは、見覚えのない無精髭。

 くたびれたダスターコートと砂に塗れたステットソン。手持無沙汰に見えるが、右手はいつでもホルスターに伸ばせるようにしている。


「何も言わずに家を飛び出して、悪かったと思ってる。手紙の一つも出さないで……それで、ちょっと今は事情が複雑なんだ。色々あって、おれたちは人を追ってる。それで、力を貸して欲しい」

「お前のためならいくらでも、力を貸す。二人きりの家族だからな。お前が生きていて本当に良かった。詳しい事情はあとで聞くが、まずは保安官事務所によってくれ。ベンに一声かけなくちゃならない」

「バージル、保安官になったんだな」

「ああ、少し前にな。ディエゴ、お前は? 五年もどこで、何をしていた?」

「まあ……なんというか、色々だよ」

 極まりが悪そうに、ディエゴがうつむく。

 

「いいさ。積もる話はあとで聞く。保安官事務所に行こう。そっちの男は?」

「ロジャーだよ。色々あって、おれを助けてくれたんだ。ロジャー、こっちは兄のバージル」

「なるほど、よろしくロジャー」

 長身の男に、バージルは掌を向けた。

 男はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「握手なら、遠慮しておくぜ」

「違う。武器を預けてもらう。ローンでは街中での銃器携帯は禁止している。許されるのは許可を取った銃火器店、もしくは馬止めコラルに居る間だけだ。それ以外は保安官事務所で預かっている。街を出て行く時に返してやろう」

「おれが従う理由はないな」

「この街にいる間はルールに従ってもらう。お前がディエゴの命の恩人だとしても関係ない。法はその場に存在するすべての人間が従うものだ。ディエゴ、お前もな」

 ディエゴは緊張した面持ちを見せていたが、ガンベルトを外すとバージルに手渡した。ホルスターの拳銃はドラグーンではなく、シングルアクションアーミーだった。

「父さんのドラグーンはどうした」

「あれは」

 ディエゴは言い淀んだ。

「なくしたんだ。その……色々あって」


「色々か。そればかりだなお前は。まあいい。形見の拳銃なんかより、お前が無事でいる方が父さんもニュートンも喜ぶさ。もちろん、おれもだが」

 ディエゴから受け取ったガンベルトを肩にかける。

「それで、ロジャー。お前の武器も預けてもらおう」

「おれが信頼しているのはおれだけだ。武器を手放して、どうやって自分の身を守る」

「誰もが武器を手放せば、誰にも撃たれる心配はない。そう考えたことはないか」

「死体に撃たれる心配はしない。死ねば誰だって撃てないからな」

「この街にいる間の平和は保証する。おれの街で無法は許さん」

「平和なんて存在しない。存在しないものを誰に保証できる? 詐欺師の言い分だぜ」

「従わないというなら、お前を拘束しなければならない」

「やってみるか? できるとは思えないが」


 ディエゴが慌てて二人の間に割って入る。

「待て、待てよ。ロジャー、頼むから従ってくれ。バージルも、挑発するようなことを言わないでくれ。この男はやばいんだ。拳銃の腕が並みじゃない」

「下がれ、ディエゴ。この男が何者だろうと、法を破るのなら報いを受けさせる」

 バージルはディエゴを押しのけた。

「それがおれのやり方だ」

「……死ぬところを弟に見せたいのか? 止めておけよ」

「決めるのはお前だ。おれだって、弟に死体を見せたいわけじゃない。友人の死体ならなおさらだ」

 睨み合う。

 空気が張り詰め、まとわりつくのをバージルは感じた。

 ロジャーが拳銃を抜いた。


 バージルは動かなかった。ロジャーの動きはぎこちなく、右腕に怪我をしているのだと気が付いた。

 抜いた拳銃の用心鉄に指をかけて、くるりと拳銃を半回転させる。ロジャーはグリップをバージルに向けて差し出した。

「今日は血を見過ぎたからな。大人しくしておこう」

「懸命な判断だ」

 ロジャーから拳銃を受け取る。二人の横で、ディエゴがホッと溜息を吐いた。


 ――――――――


 診療所を出ると、馬の鞍に差していた二本のライフルも預かり、バージルは自分の馬に背負わせた。

「ロジャー。前も街の周りをうろついていたな。こんな辺鄙な街で何を?」

「前も?」

 聞き返したのはディエゴだ。バージルは黙って頷いた。

「街を出入りする人間は把握するようにしている。もっとも、街に滞在するでもなくフランクの農場に寝泊りしていたらしいが」

「おれは根無し草の賞金稼ぎだ。その時は宿に泊まる金もなかったからな。農場の納屋で宿を借りただけだ」

「フランクは危険な商売に手を出しているという噂もある」

「だからなんだ? 宿を借りる相手の素性なんか気にするかよ。それに、おれがどこで何をしようがおれの勝手だ」

「お前が法に従う間は、弟の友人として扱ってやる。だが法を破るのなら容赦はしない」

「覚えておく。忘れるまでな」


 バージルは馬にまたがると、馬を歩かせて二人を先導した。

「それで、ディエゴ。お前の怪我はどうしたんだ。瀕死の男のことも聞きたいところだが」

 ディエゴが何かを答えるよりも先、バージルは人ごみに気が付いた。保安官事務所に人だかりができている。

「何があった」

 群衆の一人に声を掛ける。

「ああ、バージル」

 女性が今にも泣き出しそうに、嗚咽を漏らしている。

「殺されているの。ベンと、フランクが」


 人だかりをかき分け、バージルは保安官事務所を見た。

 さほど広くもない保安官事務所に、二つの死体が転がっている。

 手足と顔面を撃ち抜かれたベン。

 喉をナイフで切り裂かれたフランク。

 それに――机の上に、一冊の本が置いてある。


 本には、血のこびりついたナイフが突き立っていた。

 フランスの作家、ジュール・ヴェルヌの著作、『国旗に向かって』。

 バージルはナイフと本を……犯人からのメッセージを黙って睨んだ。

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