2-2 分岐点

 ディエゴが十五歳の時に、転機は訪れた。

 故郷から程近い街に、バレンズエラ強盗団が滞在していると聞いた。

 どこかの銀行か、列車を襲いに行くのか、それともその帰りか。

 強盗団は街の酒場サルーンに集まっていた。

 バレンズエラ強盗団の悪名は、南部中に響いている。

 政治家と金持ちを容赦なく殺し、一切合切を奪っていく極悪非道のアウトロー。ただし貧民の財布からは一セントだって巻き上げず、奪った金を気前よくバラまいて去っていく。

 何も知らない民衆はラファエルを義賊のように祭り上げた。いけすかない北部政府カーペットバッカーズをぶちのめすヒーローとして。

 ラファエルの悪名に惹かれ、強盗団に入りたいと望む者は多かった。何も持たない人間が名声を得るための、のし上がるためのチャンスが強盗団にはある。

 ディエゴもそう思っていた。

(奪われ続けるくらいなら、おれは奪う側に回ってやる)

 兄のバージルには何も告げず、強盗団の面々が出入りする酒場≪サルーン≫に向かった。


 自在戸を開き、酒場の中に入る。

 二十人はいるだろうか。丸テーブルを囲み酒を飲み、タバコを吸い、下卑た笑い声を上げている。男たちの体温がこもり、蒸し暑い。アリゾナの熱風が窓を通り抜けて行く。

 酒と汗、娼婦が漂わせる香水の入り混じった匂い。ディエゴは気分が悪くなった。

 腰のホルスターに形見の拳銃――父の形見で、兄ニュートンの形見でもある――ドラグーンを差している。拳銃に手を触れる勇気はなかった。無法者たちはディエゴを一顧だにしないが、全身を突き刺すような殺気が店の中に溢れている。

 いっぱしの男に、一人前の男になったつもりでいた。だが無法者の集団に飛び込むと、まるでコヨーテの群れに裸で放り込まれたような気分になる。

 ディエゴは唾を飲み込んだ。

 真面目に生きたところで、父のように撃ち殺されればそれまでだ。

 復讐を誓おうと、力がなければ返り討ちに遭う。それに、法は弱者を救わない。

 奪う者と、奪われる者。この世にはその二種類しかいない。

(何もかもうまくいかないなんて……おれはそんな人生の終わり方はゴメンだ。奪われるだけの人生なんて、全部ぶっ壊してやる)

 力が欲しかった。

 あらゆる困難を跳ね除け、不運を真っ向から撃ち破って進めるような力が。

 ガンマンとして名を上げる。そうして奪われ続ける人生を終わらせる。

 腕を磨き、名を広めるためには、バレンズエラ強盗団の看板は魅力的だった。悪名だって名声に変わりはない。強盗団の一員になって、ディエゴ・マディソンの名をアメリカ中に響かせてやる。

「ラファエル・バレンズエラはどいつだ」

 平静を装ってディエゴは言う。しかし、その声は震えていた。

「なんだ、仇討ちか?」

 顔に傷のある男が答える。

 傷顔スカーフェイスの男はテーブルを囲み、三人の男とポーカーをしている。

「やめときな。その年でまだ死にたくないだろ、坊や」

「おれを子供扱いするな」

 ディエゴが言うと、男はゲラゲラと笑った。

「いかにも子供の言いそうなことだ。用があるってんなら聞くぜ」

「おれを強盗団に入れてくれ」

「お前を? 子供なんか仲間にしてどうなる。銃は撃てるのか?」

「試してみるか?」

 ディエゴは腰のホルスターに手を伸ばす。だが、男たちは手にしたカードから顔もあげない。注意すら向けずポーカーを続けていた。

「格好つけるなよ、坊や。人を撃ったことないって、顔に書いてあるぜ」

 男が手札を机に広げる。キングのフォーカード。他の三人が悔しそうに、カードをテーブルに投げ捨てた。

「どうやら、今日は幸運に恵まれたらしい。またおれの勝ちだ」

「冗談じゃねえ。おれは抜けるぜ。やってられるかよ」

「おいおい、待てよスワロー。せっかくツキが回って来たところだ。降りてもらっちゃ困る」

「知るかよ」

 スワローと呼ばれた男は席を立つと、近くに立っていた娼婦の肩を抱いた。そのまま酒場の二階へと、女と一緒に消えて行く。

「強盗団に入りたいんだ」

 相手にもされない状況に苛立ち、ディエゴは言う。

「たしかにアンタの言う通り、人を撃ったことはない。だけど……おれは拳銃を手に入れてから、一日も欠かさずに訓練を続けて来た。早撃ちなら誰にも負けない。10ヤードの距離だったら、絶対に外さない自信がある。疑うって言うなら証明しても良い。外に出てくれ。拳銃の腕前を見せる」

「いや、いい」

 傷顔はあっさりと言う。

「それより坊や、ポーカーのルールはわかるか? 一勝負しよう。ちょうどテーブルに空きもできた」

「おれは遊びに来たワケじゃない」

「そう邪見にするなよ。もしおれに一度でも勝てたら、ウチのボスに取りなしてやってもいい」

「……アンタがラファエルじゃないのか?」

「そこまで凶悪な面構えはしてないだろ? おれはライリー・ローズ。まあラファエルの右腕ってところだな。座れよ。そこに立たれちゃ手札が丸見えだ」

 警戒しながら、ディエゴはテーブルの反対側に座った。

 ライリーと名乗った男は、顔に無数の傷跡がある。この暑さにもかかわらず長袖のホワイトシャツをきっちりと着て、汗一つかいていない。

 右隣に座る大男が威圧するようにディエゴを睨む。

「金は持ってんだろうな」

 ポケットの中から全財産を、なけなしの20ドルをテーブルに置いた。

 ライリーが傷のある顔を歪めて、ニヤリと笑った。

「オーケー、それじゃ勝負といこう」


 勝負は、ほんの数試合で終わった。

「悪いな坊や。どうやら今日のおれはとことんツキが回ってるらしい」

 スペードのエース、キング、クイーン、ジャック、それから数字の10……滅多に揃うことのない、ポーカーにおける最強の役。ライリーの手札はロイヤルストレートフラッシュ。

「まあ、悪く思うなよ」

 一度としてライリーを上回る役はそろわず、瞬く間に20ドルを奪われた。

「クソ! どうしてそんな手が来るんだ!」

 最後の一勝負は、ディエゴもフォーカードが揃っていた。ライリーがロイヤルストレートフラッシュなどという規格外の幸運を引き寄せたりしなければ、勝っていたのはディエゴだ。

「ま、おれは幸運の女神に愛されてるんだろうな」

 ライリーの言い種が、ディエゴの癇に障った。マディソンの家系はいつだって不幸に襲われて来た。まるでそれを知って揶揄されているように感じた。

「今だけだ。運が一度も落ちないなんて、有り得ない」

 負け惜しみのように言い返す。

「かもな。あと一度か二度か、勝負すりゃ坊やが勝つかも知れない。しかし、もう賭ける金がないんだろ? 金ってのは銃弾だ。相手の運が落ちるまで勝負する弾がなけりゃ、降参するしかないんだよ。諦めて家に帰りな。それとも、腰の拳銃でも賭けるか?」

「これは……」

 ディエゴはホルスターから提げたコルト・ドラグーンを見つめた。

「ドラグーンか? 骨董品みたいな拳銃だな。そんなもので撃ち合いをすれば、呑気に火薬を詰めてる間に頭をブチ抜かれるぜ」

「……これは、ダメだ。このドラグーンは形見なんだ」

「だったら大事にした方がいいな。帰って磨いて、宝箱の奥にでもしまっておけよ。一生使う機会もないだろう」

 バカにするようにライリーが笑う。

 ディエゴは歯噛みする。

(おれは、自分の人生を変えるんだ……この手で)

 運は確実に向いてきている

 ライリーが規格外の幸運を引き寄せたりしなければ、ディエゴが勝っていたはずだ。

「一度でも……一度でもおれが勝てばって、約束だよな」

 ちらりと、ライリーがディエゴを見る。

「おれは約束を守る男だ。もしおれに勝てば、ボスを説得してやる。そうすりゃ坊やは晴れてバレンズエラ強盗団の一員だ」

 ディエゴは腰のドラグーンに触れた。

 形見のコルト・ドラグーン。力を手に入れるためなら、なんだってすると決めたはずだ。ラファエルの手下として、バレンズエラ強盗団の一員として名を上げると。

 そのために故郷を捨て、兄と決別し、無法者に身をやつす覚悟を決めた。

 拳銃がそのための切符になるのなら。

「……やってやる」

 ディエゴは拳銃をテーブルに置いた。

「そうこなくちゃ。それでこそ男ってもんだよ、坊や」

 ライリーがカードをシャッフルする。

「それじゃ、最後の一勝負と行こうか」

 配られたカードを眺め、ディエゴは祈った。

 たった一度、ライリーを上回る手を出せばいい。たった一度勝てれば、それで人生を変えられる。

 配られたカードを拾い上げる。

「レイズはなしだ。坊やのチップが拳銃一つだからな」

 ディエゴは黙って頷いた。

 カードを一枚交換すると、ダイヤの9が滑り込んでくる。

 手札はストレートフラッシュ。

 思わず浮かんだ笑みを誤魔化そうと、ディエゴはわざとらしく溜息を吐いた。

 とうとうツキが回って来た。

 勝てる。ポーカーで最強の役、これに勝つにはロイヤルストレートフラッシュしかない。

 互いに手札が決まると、左隣に座るビルがカードを投げるようにオープンした。役なしのノー・ペア。

 右隣の大男、カルロスはAと8のツーペア。

「デッドマンズハンドだ、クソ」

 カルロスが吐き捨てるように言う。

 ディエゴは一枚ずつ、手札を開いてみせた。

「ストレートフラッシュ」

 テーブルに並ぶカードを見て、ライリーが口笛を吹いた。

「こいつは……驚いた。とうとう幸運の女神に味方されたわけだ」

 ライリーは不気味な笑みを浮かべている。顔の傷跡が蛇のように歪んだ。

「一度でも勝てばいいって約束だよな」

 気圧されないように、ディエゴは声を張り上げた。

「アンタらのボスに会わせてもらう」

「悪いが、約束は守れない」

「何を……!」

 ライリーが伏せていた手札を返した。

 スペードの10からAまでの連番。

 ポーカーにおける最強の役、スペードのロイヤルストレートフラッシュ。

 先ほどとまったく同じ手が、ライリーの元に揃っていた。

「今回もおれの勝ちだな、坊や」

「イ、イカサマだ!」

 ディエゴは叫び、立ち上がった。

 店中の視線がディエゴに集中する。喧騒に溢れた酒場に、一瞬の沈黙が下りた。

「イカサマだって? 証拠もなしに人を疑うのかよ」

「こ、こんな偶然が二度も起こってたまるか! さっきも同じ手だったろ!」

「そうだったかな」

「とぼけるな! こんなイカサマ、認めるもんか! 何かしたに決まってる!」

「おいおい……口が過ぎるぜ、坊や」

 ガタ、と。

 イスを引く音が酒場に響く。

 ライリーが立ち上がった。

「負けたのが気にいらないのか? 難癖つけて勝負を無効にしようなんてのは、男のやり方じゃあないな」

 ライリーの顔から、笑顔が消えた。

 客の何人かが立ち上がり、テーブルの周りから離れた。避けている。巻き添えにならないように――狙いを外れた弾に当たらないように。

 血の気が引く音を、ディエゴは聞いた気がした。

「拾えよ」

 ライリーは目線で、テーブルのコルト・ドラグーンを示した。

「おれは生意気なガキは嫌いじゃない。だがな、我慢にも限度ってものがある。仲間の前で二度も、イカサマ呼ばわりされたんじゃあ笑って許してやるわけにもいかねえ」

 心臓の鼓動が早くなる。ディエゴは唾を飲み込んだ。

「拾え。腕前に自信があるんだろ? どっちが早いか、試してやる」


 テーブルの拳銃まで、手を伸ばせば一瞬だ。

 撃鉄を起こし、銃口を向けて、引き金を引く。

 それだけでいい。

 たったそれだけの動作で、どちらが上かハッキリする。

 こんな瞬間が来ると、覚悟はしていた。奪う側に回ると決めた時から。

 のし上がるには撃つしかない。

 こうなることは覚悟していたはずだ。

(やってやる)

 どれだけ度胸があるか。どれだけ早く拳銃を抜けるか。どれだけ上手く人を殺せるか……飛び込もうとしているのは、そういう世界だ。


「どうした、坊や。震えてるぜ。怖いのか?」

「……後悔させてやる」

 早撃ちなら、誰にも負けない。今まで重ねて来た鍛錬は、いつか人を撃つためにある。

 撃たなきゃならないんだ。ディエゴは自分に言い聞かせた。

 でなきゃ撃たれて終わりだ。


 三度、呼吸を数える。

 ライリーの右手が動く前に、ディエゴはテーブルに手を伸ばした。

 コルト・ドラグーンのグリップを掴んだ。

 その手首を、ライリーに掴まれる。

 ライリーはディエゴの手首をテーブルに押さえつけ、右手に銃身を切り詰めた拳銃を構えている。

 銃口はディエゴのあごに触れていた。

「銃身を切り詰めるとだな……ホルスターから抜きやすくなる。早撃ちには良い。当然、狙いは安定しなくなるがな。しかし、この距離ならどうかな?」

 撃鉄を起こす音が聞こえた。

 ディエゴの背筋に冷たい汗が流れる。

 狙いがどうかなんて関係ない。外しようがない。銃口はあごに触れている。

 ライリーが引き金を引けば、飛び出した銃弾はディエゴの頭蓋骨をブチ抜き、頭の中身をぐちゃぐちゃに押し潰した後に後頭部から飛び出していく。

「高い授業料を払う羽目になったな」

 ライリーの人差し指がゆっくりと動く。引き金が絞られていく。

 やめろ――言葉が喉でつかえて、出てこない。

 汗が止まらない。体が震えた。

 殺される。

 ディエゴは目を瞑った。


 カチン。

 撃鉄が弾倉を叩く音が響いた。

 銃口であごを小突かれ、ディエゴは小さく悲鳴を上げた。

 大声でライリーが笑い出す。切り詰めた銃身を天井に向けて、撃鉄を起こしては引き金を引いている。

「弾は入ってない。冗談だよ、坊や」

 急に力が抜けて、ディエゴは床にへたりこんだ。

 酒場の客たちも一斉に笑い出す。羞恥と怒りで顔が熱くなるのを感じた。

「ま、これに懲りたら証拠もなしに人を疑うのはやめることだな」

 ライリーはコルト・ドラグーンの銃身を掴み、グリップをディエゴに向けた。ディエゴは乱暴にグリップを掴むと、腰のホルスターに拳銃をねじ込む。

「証拠なら、あるわ」

 声は背後から聞こえた。

 振り返ると、酒場の壁に女がひとり立っていた。

 年はディエゴと変わらないだろう。十四か、十五か。まだ少女の面影が残っている。金色の髪に、褐色の肌。力強い眼差しで、ライリーを睨んでいる。

「ライリー、その左袖に入ってるカードはなに?」

 少女の言葉の意味が、ディエゴにはわからなかった。

「おいおい……エマ、そういうのは黙ってなきゃダメだろ」

 ライリーが諦めたように左手を振る。長袖の裾から、パラパラとカードが何枚も落ちた。

「こ、この野郎! やっぱりイカサマじゃないか!」

「騙される方が悪いのさ」

 同じテーブルについていた大男のカルロスもビルも、ライリーの不正に怒るどころか腹を抱えて笑っている。

「アンタらも騙されてたんだぞ! 悔しくないのか!」

「騙されちゃいない。儲けの半分で手を打っただけだ」

 言われて初めて、ディエゴは自分がカモにされていたのだと気付いた。

 初めから三人はグルだったのだ。もしかしたら最初に席を立った男も含めて、全員。

「帰りな、坊や」

 落ちたカードをライリーが拾い集める。

「お前みたいな間抜けが生き残れるほど、この世界は甘くないぜ」

「だけど、おれは……」

 今日こそ運命を変えられるはずだった。今日、この場所で。

「どうして男って、そんなにバカなの?」

 エマと呼ばれた少女が、呆れたように言う。

「ラファエルの手下になりたがるなんて、どうかしてる。あいつも、ここにいる連中もただの人殺しのゴロツキよ」

「……キミは? 強盗団のゴロツキにはとても見えないけど。連中と顔見知りなんだろ?」

「好きでいるわけじゃない。母親に売られたのよ。十歳の時にね」

 吐き捨てるようにエマが言う。

「わたしは混血児だから、この肌の色が珍しいんでしょうね。だからラファエルはわたしを手元に置きたがる。海外の人形を並べるみたいに」

 言って、少女は自分の手を眺めた。

 輝くような金髪、アリゾナの太陽を吸い取る褐色の肌、そして透き通る青い瞳。

 いくつもの宝石をちりばめて作られたような、美しい少女。儚い美と力強さが共存する眼差し。エマの美貌に、ディエゴはしばし見とれていた。

「ろくな男じゃないわ、あんなヤツ」

「あんまりボスの悪口を言うもんじゃないぜ。ほれ、本人に聞かれるぞ」

 ライリーが酒場の二階を見た。

 吹き抜けになった二階部分、通路に男が一人立っている。

 山高帽とフロックコート。整えられた口髭。ネクタイまで締めて、北部の紳士じみた格好をしている。ナイフを思わせる双眸で、酒場の喧騒を眺めていた。

「聞こえているさ。ずいぶんな言い方だな、エマ」

 二階の男が低く、地を響かせるような声で言う。

「ホントのことを言ってるだけよ。悪い?」

「いいや。お前の生意気なところも気に入っているんだ」

「わたしはアンタなんか大嫌いよ。女を金で買うような連中は、全員ね」

「だがお前の母親はわたしの払った500ドルで借金を返済できた。他の女にしたってそうだ。娼婦たちには一生働いたって稼げない額を渡しているし、金のない家から役に立たない女を買い取って強盗団で働かせている。わたしが女の首に縄をつけて連れて行ったことがあるか? いつだって適正な金を払い、我々のファミリーに居場所をつくってやってるんだ。これは慈善と呼ぶんだよ」

「偽善の間違いでしょ。どんな理由を並べたって、人を金で買うなんて許されないことよ」

「奴隷の売買はお前たちアメリカ人がずっとやっていたことだと思うが」

「そんなの、ずっと昔の話よ。内戦シビル・ウォーより前の」

 言い合う少女と紳士風の男。

(これが……あのラファエル?)

 少女と口論している姿は、伝説的な強盗団の首領には見えない。

 もっと悪党然とした、もっと凶悪な男を想像していた。

 歯向かう者は問答無用で撃ち殺すような。

「それで? そこの少年は誰だ?」

 ラファエルが口髭を撫でつけながら、ディエゴを見る。

「ああ、この坊やは……」

「ディエゴ・マディソンだ。アンタの強盗団に入れてくれ」

 ライリーの言葉を遮って、ディエゴが言った。

「拳銃の早撃ちなら自信がある。10ヤードの標的なら……」

「どこの生まれだ?」

「おれはアメリカ人だ。サンディエゴで生まれた。祖父は、アイルランドからの移民だけど。ゴールドラッシュの時に」

「フォーティー・ナイナーズの子孫か」

 どこの国もそうなのだろうが、アメリカは移民に厳しい。カリフォルニアのゴールドラッシュに惹かれてやって来た中国人たちと祖父は対立し、土着のアメリカ人には迫害され続けた。ラファエルが生まれやルーツにこだわる男なら、出身だけで断られるかも知れない。

「これから仕事だ。ついて来い」

「え?」

「さて、諸君。お楽しみの時間は終わりだ。仕事に掛かるぞ」

 強盗団の面々が一斉に立ち上がる。一瞬、酒場は熱気と興奮に満たされた。

「ま、待ってくれ。いいのか、ついて行って」

「仲間になりたいんだろう?」

「それは、そうだけど」

「だったらお前もファミリーの一員だ」

 まさか、こんなにも簡単にことが進むとは思わなかった。

 酒場を出て行く男たち、ディエゴもその後を追った。

「おいおい、ボス。この坊やは役に立たない。人を撃ったこともないんだ。足手まといにしかならんぜ」

「構わんさ。この若さで我々の元に、ひとりで現れたんだ。度胸があるじゃないか。そういう男は、わたしは好きだ。移民の子というのも良い。わたしのファミリーには多くの民族の血が必要だ。期待しているよ、ディエゴ・マディソン」

 ラファエルに名を呼ばれ――今となってはおぞましい限りだが――若かったディエゴは、喜びを覚えた。強盗団のひとりとして、無頼のガンマンとしての前途が開けたのだと、くだらないことを考えて。

 足を踏み出したのが滅びの道だとは、まだ気付きもしなかった。

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