二部:悪魔と悪党

2-1 四人の兄弟

 父が死んだのは、ディエゴがまだ九歳の頃だった。

 共同経営していた農場の権利で揉めて、雇われの無法者に撃ち殺された。

 残された四人の兄弟――長兄のモーガン、次兄のバージル、三兄のニュートン、それから末弟のディエゴ。

 ディエゴは幼い子供に過ぎなかったが、三人の兄はただ泣き寝入りを決め込むほど幼くはなかった。


「復讐だ!」

 木造の小屋に、ニュートンの怒声が響く。

「おれは戦うぞ! 一度でも奪われるのを許せば、あとは奪われ続けるだけだ!」

 ニュートンは十四歳になったばかりだが、血気盛んな男だった。大人顔負けの体格と生来のケンカっ早さで、街では悪童のように扱われている。

 父の形見である二丁のコルト・ドラグーン。一丁は次兄のバージルに、もう一丁はニュートンが受け継いでいる。形見のコルト・ドラグーンを手に、ニュートンの目は怒りに燃えていた。

「奴らを皆殺しにしてやる……!」

「落ち着け、ニュートン」

 次兄のバージルが、弟を止める。

 バージルはどんな時でも冷静沈着で、優れた頭脳と誰にも負けない度胸がある。

 熱しやすいニュートンを止めるのはいつも、バージルの役目だった。


「悔しくないのか、バージル! 親父はジャッカルに喰い荒らされた野兎みたいに八つ裂きにされて死んだんだぞ!」

「頭を冷やせ。ロイドは金を持っている。奴の雇った無法者は腕利きだ。おれたちだけで、どうやって戦う」

「戦えるさ! 銃弾を眉間に叩き込んでやればいい! 脳みそをぶちまけて死体をブタのエサにしてやる!」

「ディエゴを巻き込むつもりか?」

 バージルが言うと、顔を真っ赤にして怒鳴っていたニュートンも口をつぐんだ。

 椅子に座ると、悔しそうに机を叩く。

「だが、このままじゃ黙ってられねえ。親父はロイドに殺されたんだ。あいつの雇った無法者に……」


 深刻そうに黙り込む三人の兄に向かって、幼いディエゴは言った。

「おれだって戦う」

 ディエゴは本気で戦えると信じていた。拳銃を撃ったことはないが、兄たちが射撃の練習をするのを間近で見ていた。誕生日を迎えた時には、ディエゴも拳銃を貰うはずだった。

 長兄のモーガンが、大きな手でディエゴの髪をくしゃくしゃにした。ディエゴはその手を払いのけた。

「やめろ、子供扱いするなよ!」

「お前はまだ子供だ。大人ぶるな」

 モーガンは銃が苦手で、危険な真似は決してしない。安全地帯だとわかるまで、知らない道を通るのも避けるような男だ。人並外れた巨体もあって、モーガンは周囲の人間から木偶の棒のように扱われた。

 ただモーガンは、誰よりも優しかった。

「親父のことは、今は忘れろ。大事なのはこれからおれたちがどうやって生きていくかだ」

 ニュートンが椅子を蹴立てて、怒鳴る。

「親を殺されて、農場まで奪われたんだぞ!」

「だがおれたちは生きている」

「だから復讐するんだろ! 保安官のベンはロイドの言いなりで役に立たない、周りの大人は誰ひとりおれたちに力を貸さない! 息子のおれたちが仇を討たないで、誰がやるって言うんだ!」

「仇を討ったところで腹は膨れない。おれたちに必要なのは明日を食いつなぐためのパンだ」

「だったら、ロイドを殺して奪えばいい。モーガンは臆病者だ!」

 ニュートンはコルト・ドラグーンをホルスターに収めた。

 蹴倒した椅子をそのままに、二階の自室へと戻っていく。

「おれは一人でもやるぞ」

 誰かに――あるいは自分自身に――言い聞かせるように、ニュートンは呟いた。


「あいつの性根は誰に似たんだ」

 モーガンが小さくため息を吐く。

「バージル、お前はどう思う。これからどうするべきだ?」

 モーガンが弟に問う。バージルはしばらく考え込むように、両腕を組んで黙っていた。

 やがて、答えを出すように言った。

「法の報いは受けさせるべきだ。だが、今はその時じゃない。悔しいがおれたちだけでは復讐するのに力が足りない。誰も頼りにはできない。となれば現実的なのは、荷物をまとめて逃げることだな。戦う意志を見せなければ、ロイドだっておれたちを殺そうとは思わないだろう」

「おれも賛成だ。いずれにせよ農場の権利がロイドの手に渡った以上、この家も明け渡さなきゃならない。ここに残って余計なトラブルを抱える方が危険だ」

「五年かけて、ようやく軌道に乗ったところだがな」

 表情には出さないが、バージルも悔しそうだった。


 父を失い、家まで失うのだろうか。幼いディエゴは、漠然とした不安を覚えた。

 窓から覗く空は忌々しいほどに晴れ渡っている。見慣れたアリゾナの、故郷の空。雨はほとんど降らず、灼熱の太陽が一年を通じて忌々しいほどの熱を地上にそそいでいる。

 ディエゴの生まれはサンディエゴだが、記憶にないほど小さい時に家族はアリゾナ準州への長旅に出た。最も古い記憶は、スプリングが悪くガタガタと揺れる馬車の中で見た、荒野と快晴の空だった。


「仕方がない。不幸の女神はよっぽど我が一族が好きらしいな」

 自嘲するように、モーガンが笑った。

「何をやってもうまくいかないんだよ。おれたちの家系はな」

 モーガンが何を考えて言ったのか、子供だったディエゴにはわからない。

 大人になった今も、聞くことはできない。

 その翌日、モーガンは死んだ。

 報復に向かったニュートンと一緒に、ロイドの雇った無法者に撃ち殺されて。

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