1-3 夕陽とガンマン

 切り立った巨岩がいくつも並んでいる。

 巨岩の群れには自然にできた洞窟が無数にあり、バレンズエラ強盗団は洞窟の一つを根城にしていた。

 外を通りがかっただけではわからないが、自然洞窟は人の手で隠れ家として機能するように改造されている。雨水を貯める貯水槽や井戸、見張り用の台や雨水を貯めて置ける貯水槽がある。地下水をくみ上げるための井戸や、洞窟の一つには馬小屋もある。

 常に食料と弾薬の備蓄があり、たとえ敵に囲まれても立てこもり戦えるように作られていた。


「ずいぶん周到だな。たかだが強盗団の隠れ家にしては」

 ディエゴの話を聞いて、男が言った。

「ラファエルは慎重なんだ。派手で目立つ行動を好むクセに、隠れ家に逃げる時は追っ手が来ないように何日も掛けて遠回りをしていく。列車や銀行を襲う時も徹底的に下準備をして、狂いが出ればすぐに撤退する……ラファエルの計画を乱すヤツは、仲間だって殺される」

 無法者の集団は普通、互いを信頼したりはしない。行動する時は命を預けるし、戦う時は背中を守る。だが金さえ手にしてしまえば、ほとんどが散り散りになって逃げる。追っ手を撒くためには、一つのところに固まるのは愚策でしかない。

 だが、バレンズエラ強盗団は違う。


 荒野にいくつもの拠点を置き、強盗団のメンバーを数十人の単位で共同生活させている。荒くれの無法者たちがラファエルという巨悪を頂点に、不気味な結束力で結ばれている。ラファエルには悪を惹き付ける才能がある。血と暴力、硝煙と火薬、金にも食うものにも困らせないと信じさせるカリスマがある。

 ダスターコートの男は目を細めた。強盗団の隠れ家、その入り口を睨んでいる。


「洞窟にいるのは何人だ?」

「戦えるのは十五人。おれが逃げて、アンタが三人を殺したから、ラファエルを含めてあと十一人いるはずだ」

「それだけの男が生活できるほどの備蓄があるのか?」

「男だけじゃない。女もいた。雇った娼婦、雑用をさせるためにさらって来た女、それからまだ子供のうちに親に売られたりした子供が……全部で七人」

 そのうち六人は、ラファエルに殺されたが。


「ずいぶんと大所帯じゃないか。軍隊でも作るつもりなのか?」

「ラファエルの考えなんて、誰にもわかるもんか」

「だいたい、それだけの金がどこから湧いて出る。強盗で稼ぐのだって限界があるぜ。頭数が増えりゃ増えるほど、稼ぎは減るんだからな」

「……さあな。ラファエルのことを正しく理解してる人間なんて、どこにもいない」

 有り余るほどの財力を持ち、金持ちから奪った金を豪勢にバラ撒くラファエルの姿は、多くの無法者を惹き付けた。自分の力ですべてを勝ち取るアウトロー。持たざる者たちにとって、バレンズエラ強盗団の看板は栄光そのものだった。

 ラファエルの残虐さ、非道な行いを知らない馬鹿どもが彼を英雄に祭りあげる。

(そんなものに憧れた馬鹿のひとりが、おれか)

 ディエゴはかぶりを振った。後悔はあとでいい。今はエマを助けることだけを、考える。


 男は隠れ家の入り口が見張れる位置に陣取ると、近くの灌木に馬の手綱を結び付けた。

 馬鞍のホルスターから、ウィンチェスター・ライフルを抜き取る。

「出て来るのを待つか。まさか待ち伏せされるとは思わないだろうしな」

「待つって、いつ出て来るのかわからないじゃないか。ダメだ、そんなの」

 こうしている間にも、エマに危機が迫っている。

 呑気に待っている時間はない。

「だいたい人相もわからないだろ。出て来た相手を片っ端から撃つ気かよ」

「そのつもりだ」

 平然と男が言う。

「ラファエルのついでに小物の首を獲って、ちょっとした小遣い稼ぎだな。それに人相なら知ってるさ。ラファエルの手配書なら見た覚えがある。おれは記憶力がいいんだ」

「手配書はダメだ。アイツは生死問わずの賞金首だけど、出回ってるラファエルの手配書に本人の顔は一度も載ってない。保安官を買収してニセモノの手配書を広めてるんだ」

「ほう。それじゃおれがラファエルを殺したとして、誰が二万ドルの賞金を払ってくれるんだ?」

「ラファエルの使ってるコルトは特注だ。誰がつくったかおれは知ってるし、証人を集められる。もちろんおれも証人になるし……それに、砦に捕まってるエマも」

「だったら、そのお嬢さんが死ぬ前に助け出さなきゃならんか」

 男がライフルのフィンガー・レバーを押し出した。ガチャリと音がして、筒形弾倉から薬室に弾丸が送り込まれる。


「名前は?」

「は?」

「お前の名前だ。死んだら墓に刻んでやる」

「……ディエゴ。ディエゴ・マディソン」

「そうかい。おれはロジャーだ。長い付き合いになることを願うぜ。ラファエルのツラを拝む前に、お前に死なれたら困るからな。で、ディエゴ・マディソン。お前の恋人を助けるために命を懸ける覚悟はあるか?」

「当たり前だ。エマを助けるためなら、なんだってする」

「だったら、正面から走れ」

 本気とも冗談ともつかないことをロジャーは言う。

「突っ込むんだよ。洞窟の入り口に向かって突撃しろ」

「そんなの……何を考えてるんだ。殺されに行くようなものじゃないか。見ろ、ここからじゃ暗くてわからないけど、あそこに見張りがいる」

 洞窟の壁面にはいくつもの穴が開いている。穴のいくつかは砦に繋がっており、いつもなら三人は見張りに立っている。

「覚悟はあるんだろ? 幸い、今なら逆光だ」

 ロジャーは目を細め、地平線を見た。真っ赤な太陽が荒野の果てに沈みかけている。

「太陽が沈み切るまでの数分なら、隠れ家の側からこっちの動きなんて誰にも見えやしない。急げよ。入り口まで走れ」

 ロジャーが洞窟を指さす。


「忍び込んだら、お前は女を見つけて脱出しろ。見張りが動きを見せたらおれが撃つ」

「撃つって、この距離からか?」

 洞窟まで400ヤード(約366メートル)は離れている。人の姿なんて、豆粒のようにしか見えない。

「アンタの腕はさっき見たが、この距離で狙撃できるのか?」

「さあな」

 ロジャーは肩をすくめる。

「ま、できなきゃお前が死ぬだけさ」

「人の命だと思って、気楽に言いやがって」

「命を懸ける覚悟はあるんだろ?」

 軽々しくロジャーは言う。

(構うもんか……どうせ拾った命だ)

 ロジャーが通り掛からなければ、あの場で殺されて終わるはずだった。

 ディエゴは深く息を吸い、吐いた。心臓の鼓動が早くなっている。

「やってやるよ」

 覚悟を決めて、ディエゴはささやいた。


(何をやってもうまくいかない、か)

 死んだ兄の言葉を思い出す。

 不運はディエゴの家系にいつだってまとわりついて来た。死神の手がいつも後ろから迫っていた。

(一度だけでいい。今日、この一度だけ幸運が味方をしてくれたら)

 残りの人生は不運と不幸に塗れてもいい。

 赤く燃える空を見る。彼女の囚われた砦を見る。

(待っていろ、エマ。今助けにいく)

 灼熱のアリゾナの大地に、沈む夕陽を背に受けて、ディエゴは走った。

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