第6話 セーター

リネンたちが宅配便で到着したのは、どこかの小学校の校庭だった。

周りにいる人々の会話から察するに、どうやらこの地域で震災があり、ここはボランティアの活動拠点となっているようだ。タカヒロはリネンたちを支援物資として送ったようだ。


リネンたちのほかにも大量の段ボール箱が届いていた。

箱はすべて一度開封され、男性服、女性服、子供服に分けられ、さらにサイズ別にインナー、アウター、ボトムスに分類が始まった。


ジャケットやTシャツ、Gパンともお別れだ。

ジャケットはアウターに、Gパンはボトムスに分類されたが、Tシャツは虫食いのため廃棄されることになった。

可燃ごみの袋に入れられるTシャツの姿を見ながら、リネンは人知れず彼が生まれ変われることを願った。


同じ段ボールに入れられた薄手のセーターが、リネンに話しかけてきた。

「ここはお前さんみたいなオシャレな服が来るところじゃないと思うがねえ。なんでこんな所来ちゃったの。」


その質問にリネンはちょっと不愉快になった。

「知らないよ。元の持ち主に聞いてくれ。」


「苦労するよ、あんたみたいなオシャレさんは。」

その時は、その意味がよく分からなかった。


やがて校門から少しずつ人が入ってきた。支援物資の受け取りに来た被災者の人たちのようだ。ほとんどが年配の女性だった。恐らく家族代表で来ているのだろう。

誰かリネンたちの新しい持ち主になってくれるだろうか。


しかし女性たちはリネンたちのいるあたりには目もくれず、下着はどこだとボランティア職員に尋ねた。どうやら目当ては下着や靴下のようだ。

職員が下着や靴下は新品のみで数が限られているため、一人一点で配れるように、向こうへ並んで下さいと説明している。


セーターが、またかという体で話し始めた。

「私はね、他所のリサイクルセンターから送られてきたんだよ。でもそこでも引き取り手がなくてね。

災害支援で需要がある衣類なんて、ほとんど下着や靴下、防寒具や雨具だけなんだよ。

私のような部屋着や、ましてやあんたのようなオシャレな服なんて見向きもされないよ。」


突然にわか雨が降り始めた。

職員たちはあわてて段ボールに蓋をし、体育館へ運んだ。リネンも少し濡れてしまった。


「まずい、まずいよ。これはまずい」

セーターが何やら慌てている。


「どうした。」

「私はウールで出来ているんだ。濡れたらすぐに乾かさないと縮んでしまう。

それに濡れたままだと雑菌も繁殖しやすいんだ。」


通気性がよく抗菌性もあるリネンにはわからない苦労だった。


「なんだって。でも段ボール蓋されちゃったよ。」

「仕方がないね、早く蓋を開けて広げてもらえるのを待つしかないね。」


しかし、段ボールは体育館に積み上げられたまま、開封されることなく一週間が過ぎた。


リネンはセーターの具合が悪いのが気にかかっていた。

あれから職員も段ボールの山に近寄らず、情報が遮断された状況で、リネンにとってはセーターとの会話だけが心の拠り所だった。


しかしセーターは日に日に弱っていった。すでに繊維は縮み、濡れた繊維にとりついた雑菌が繁殖を始めていた。

それに加えて、どこからかイガの幼虫が入り込み、セーターのウール繊維を齧り始めていた。


こうなるともう長くはもたない。Tシャツの時と同じだ。

リネンには、タカヒロの押し入れでの経験で分かっていた。


「こんな見捨てられた箱の中で、屍のように朽ちるのを待つしかないのか。

虫食いに怯え、雑菌に侵食され、誰にも必要とされず、腐っていくだけなのか。

それが俺たちの服生なのか。

人間なら死んだら火葬してもらえるのに、俺たち服は焼却すらしてもらえない。

そんな終わりのために生まれてきたのか。」


人の人生に意味があるのなら、服の服生にも意味があるはずじゃないのか。


セーターが元気のない声で慰める。

「リネンさん、あんたの服生はそれだけじゃなかったはずだ。

少なくとも持ち主にワンシーズンだけでも大事に着てもらった。

世の中には一回か二回着ただけで飽きてしまう持ち主もいる。もっとひどい場合は、一度も袖を通さずしまい込まれることもある。

それに比べればお前さんは幸せもんだ。」


はっとリネンは思い出した。タカヒロと出かけた時のこと。

俺を着ることで明るい気持ちになれると言ってくれた。

友達にもいいシャツだろ、と自慢してくれた。

俺もそんなタカヒロが好きだった。

ちゃんとクリーニングにも出してくれたし、気に入って何度も着てくれた。


「そうだ、忘れてた。」

終わりは惨めかもしれないが、俺の服生は惨めなことばかりじゃなかった。


セーターが話しかけてくれなければ、自分の服生を恨んで朽ち果てるところだった。それこそが本当に惨めな終わりではないか。


「そうさ、あんたの持ち主との関係は終わったかもしれないが、終わりが悲しくても楽しかった思い出は嘘じゃない。

服ってのはね、持ち主との幸せな思い出があれば、それを支えに生きていくことができるんだよ。

リネン、あんたも自分が幸せだったことを思い出すんだ。」


「セーター、あんたにもそんな思い出があるのか。」

「ああ、あるよ。幸いにね。

私はもうこんな虫食いだらけで繊維も腐ってる。もう長くないだろう。

だから、頼みがある。もしこの先、この倉庫に絶望して来る服がいたら、あんたがさっきの話をしてやるんだ。分かったかい。」


リネンはセーターが自分の死期を悟っているのを知った。

「分かった、分かったよ。必ず伝えるから、安心して休んでくれ。もう無理に話さなくていいから。」

そう言って、リネンはセーターとの話を終えた。


翌日、リネンはセーターに話しかけたが、その翌日も、翌々日も、もう返事はなかった。


それでもリネンは物言わぬセーターに話しかけた。

「あんたは立派な服だよ。俺なんかよりずっと。」


彼の中にブランド服としてのプライドはもうなかった。

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