第2話 タカヒロ
「新作のリネン、ディスプレイしといて」
店長がアルバイトに指示を出す。さっそく俺様の出番だ。
しかし俺、「リネン」って呼ばれるのか。俺たち服にはそれぞれの名前はないから仕方がないだろう。
入り口正面に配置されたマネキンにディスプレイされると、さっそく入ってきた客の目を引いた。
さすがに新作は注目度が高い。その客は、顔つきはまだ若そうだが中年体系の上に、ファッションセンスも何というか、ジャラジャラと下品な感じだ。
「おいちょっと待て、あんたは嫌だ。
俺はもっとスリムで品のいいイケメンに着て欲しいんだよ。」
リネンの心の声など聞こえるはずもなく、客は店員に試着していいかと聞いている。
「やめろ。そのトゲトゲのついた指輪で袖を通すな。繊維が傷つくだろうが。」
客が試着している間、リネンは祈るようにして考えていた。
この客に買われませんように。
なぜ服は持ち主を選べないんだ。不条理だ。基本的服権はどうなる。
そもそも服身売買が合法なんて、こんな世の中は間違ってる。
幸い、その客は服のラインが体形に合わなかったらしくリネンを買うのをあきらめ、リネンはほっと胸をなでおろした。
その後も目玉商品だけあって、次々とサイズや色違いのリネンの兄弟は売れていき、最終的にはディスプレイされていたリネン自身も、その日のうちに買い手がついた。
リネンを買ったのはタカヒロという若いサラリーマンだった。
普段はスーツで仕事に通っているため、私服の出番は週末にしかない。もちろん、タカヒロは他の服も持っており、このシーズンでリネンが何回着てもらえるかは不透明だ。
しかしリネンにはブランド服としてのプライドと自信があった。根拠のない自信があるのはエリート育ち故である。何といってもNAGROMの今年の春の目玉商品であるし、素材、縫製、デザイン、全てにおいて最高のはずの自分がないがしろにされることなど想像もしていない。
実際、タカヒロは毎週のようにリネンを着る服に選んだ。
タカヒロは自分の気持ちをコントロールする手段として服を使うタイプで、落ち込んだ時や気合を入れたい時にはお気に入りの服を着て気持ちを盛り上げるのが常だった。
仕事が忙しい時期だったこともあり、タカヒロは毎週末、お気に入りの服を着ては友達と遊びに出かけた。そして着るたびにこまめに洗濯して、服を大事にしていた。
必然的にリネンの出番も多かった。
リネンはそんな生活に満足していた。
持ち主の心を明るくすることが服の使命であると考えるリネンにとって、タカヒロとの関係は理想的だった。
「無理」
LINEで食事に誘った女性からそんな返事が来た日、タカヒロは落ち込んでいた。
話しかけられないのが残念だが、リネンは心の中でタカヒロを励ましていた。
夕方、事情を知ったタカヒロの友人が飲みに誘ってくれたらしく、今日もタカヒロはリネンを着て出かけた。
「お前、最近その服よく来てるのな。」
服に目ざとい友人の指摘にタカヒロが嬉しそうに答える。
「うん、いいシャツだろ。好きな服着て出かけると、明るい気持ちになるよな。」
それを聞いて、リネンはますますタカヒロのために頑張ろうと思った。
できることは心の中で応援することぐらいだが、リネンはその気持ちが必ずタカヒロに届いているはずだと信じていた。
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