リネン

和代内也

第1話 出発

彼は生まれつきのエリートだった。


生みの親が有名な服飾ブランドであるNAGROM(ナグロム)の主力デザイナーであったことから、周囲の人間も彼に大きな期待を寄せていた。

彼は周りの期待をプレッシャーに感じて押し潰されることなく、エリートとしての自覚と自負を持って素直に育った。

そしてその高い自意識にふさわしく、質実ともに高い姿を見せたことにより、彼の将来に対する周囲の期待はさらに高まることになった。


彼には親友と思っている友人が一人いた。

友人の生みの親は彼と同じくナグロムのデザイナーの一人だった。彼の親のような主力ではないものの、社内では縁の下の力持ち的存在で、彼の生みの親とも親しかった。


そんな生みの親同士の関係から、彼と友人も生まれた直後から親しく付き合うことになったのは自然な成り行きだった。

しかしエリート然として育った彼とは異なり、友人は堅実で地味なタイプだったため、常に注目を集め話題に上るのは彼のほうだった。

その状況が彼の中に、友人との間の無意識な上下関係を無自覚な悪意として生み出していたが、幸いそれは表面に出ることなく二人の付き合いは続いた。


そして、いよいよ明日から社会に出るというその日、二人でよく過ごした生みの親の職場の倉庫で、彼は友人とささやかな抱負を語り合った。

社会へ出ることは彼にとって、まだよく知らないが故に、不安よりも希望に満ちたものだった。


「俺たちはついに明日から社会に出る。

お互い世の中を明るくするために頑張ろう。これまでの生活はそのための準備だ。

存分に俺たちの実力を発揮しよう。」


そうだね、と友人は言った。

相変わらず大げさな話が好きな奴だと思った。世界を変えようとでもいう勢いだ。

しかし一人でできることには限界がある。


相槌を打ちながら友人は別のことを考えていた。

二人は異なる進路が決まっており、もう会う機会はないだろう。


幼いころから生まれも育ちもよく、自信にあふれた彼がうらやましかった。友達になりたいとずっと思っていた。

でも僕と彼の間を阻む上下関係が、ずっと彼の中に存在していることを知っていた。

彼は自覚がなかったが、友人は気づいていた。


対等でない関係は本当の友達ではない。

最後まで僕は彼の友達になれなかった。最後までかなえられなかった願いが苦い思い出として残った。


明日、二人は倉庫から別々のショップへ出荷される。

彼は服飾ブランドNAGROMの今シーズンの目玉商品、リネンを使った春物長袖カジュアルシャツとして。

友人は定番のオックスフォードシャツとして。


そして友人が予想した通り、二人は二度と再会することはなかった。

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