太陽消失

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太陽消失

 太陽が消失した。 

 比喩や暗号などではない、本当に恒星の太陽が宇宙から消えたのだ。 


 だが太陽がいなくなったというのに、何故か宇宙はそのままだった。各惑星が動き作る軌跡は変わらず、地球は相変わらず暖かかった。 

 もしかしたら太陽は消えたのではなく透明になったのではないのか、と唱える学者もいる。 


 太陽が消えて皆が慌てふためく中、ロクサスだけはいつもどおりだった。 

 ロクサスの仕事は、町の外れにある桜の気の世話をすることだ。それは花を咲かせる春だけではない。春夏秋冬を問わず、毎日世話をする。 


 彼がいつもどおり仕事をするのは、今日の仕事を一年間楽しみにしていたからだ。 

 ロクサスの予想と勘が告げている、今日桜は咲くと。 

 ルンルン気分で桜が生えている場所へ向かうロクサス。 


 桜の花は彼の予想通り、見事に咲いていた。どうやらこの桜にとっても、太陽がいなくなったことは関係ないらしい。去年と同じ綺麗な花を咲かせていた。 

 ロクサスはそれを見て喜ぶ。 


 だが一番乗りは彼ではなかった。桜の前にちょこんと座り込んでいる少女がいた。


「この桜、あんたが育てたのか?」

「いや、俺は手伝いをしただけ。元気に育ったのは、こいつ自身のおかげだよ」

「……変わった人だな。なあ、あんた。なんで太陽は消えたんだと思う?」 


 ロクサスは考える。しかし答えは出ない。


「太陽は絶望したんだよ。どんなに自分が世界を明るく照らしても、世界から闇は、憎しみや争いはなくならないことに。だから太陽はいなくなったのさ。まあ、宇宙には太陽の力が少しだけ残っているけどな、それもじき無くなる」

「……もう太陽は戻ってこないのかな?」

「そのつもりだった。でもこの桜が教えてくれたよ。綺麗な花を咲かせるには、太陽が必要だって。世界にはまだまだ私が必要だってな」 


 少女の身体が光り輝き、透けてくる。


「また来年、この桜を見に来てもいいか?」

「もちろん、来年も綺麗な花を咲かせるために、木も俺も頑張るよ」 


 ロクサスの言葉を聞くと、少女はニッコリと笑い、やがて消えた。 


 ふと彼は、空を見上げる。 

 そこには太陽が何事もなかったように白く輝いていた。


「来年来る時は、書置きくらい残してから来いよ」 


 太陽の短い家出は、終わった。

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