イレギュラー・レフトハンド

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イレギュラー・レフトハンド

 もし、世界が複数存在するとしたら。

 もし宇宙にこの星以外に知的生命体が存在するとしたら。 


 きっと、俺が住んでいるこの世界のこの地球は、狂っていると思われるに違いない。 

 なにせ俺達人類の左手は異形なのだ。通常動物は例外を除けば、左右反転して生まれてくる。 

 でも人類の左手は右手と対を成していない。 

 しかも個体によって、左手の形は異なる。


 俺はふと教室のクラスメイトを見回す。 

 左手がドライバーのやつもいれば、ドーナツのクラスメイトもいる。フックのやつ、鬼の手のやつ、サイコガンのやつ、カエルくんのパペット。左手が右手と同じやつもいた。 


 で、俺のレフトハンドは……。


「ちょっとちょっと翔ちゃん。あんまりキョロキョロしてると、先生に怒られるよ」 


 先生に気付かれないように小声で話す左手。 ……これ、俺の姉です。  




 俺が生まれる前までは、姉の寧々は普通の人間だった。 

 だが俺が母親から生まれてくるのと同時に謎の死を遂げ、俺の左手に転生したのだ。ちなみに当時姉の左手は電子ジャーだったらしい。 

 俺の左手は他の人間から見てもとても異質で、昔はよくからかわれた。『右手は恋人、左手は姉』と馬鹿にするやつもいた。最初は意味が分からなかったが、言葉の意味を理解した後そいつはボコボコにしてやった。 


 姉ちゃんが左手だと、いろいろ苦労する。定期テストの時はカンニング防止のために姉は手袋に封印しなければならないし。食事は不要だが、姉の着替えも用意しなければならない。今は女児向け人形の服を使っているが。


「あーあ、俺も隣のやつみたいにロケットパンチが良かった」

「ねえ翔ちゃん」 


 また姉ちゃんが注意してくると思ったが、違った。


「あの子、翔ちゃんのことずーっと見てるよ」 


 姉が斜め後ろの方を指差す。 

 そこにはこの前転校してきた立花アンジェリカが、姉の言う通り俺のことを凝視していた。なお、立花の左手はクレジットカード。


「翔ちゃんに気があるんじゃない?」

「そーかぁ?」

「おーい、坂口姉弟」 


 後ろの方を見ていた俺と姉に、教師が怒りのオーラを纏いながら、俺達の視線の前に現れる。


「そんなにお喋りが好きなら、先生の紙コップで糸電話でも作るか、ん?」

『すみませんでした……』 


 俺は授業に意識を戻すことにする。 


 アンジェリカが俺に? 

 いや、ないない。転校初日、あいつに言い寄る男子生徒はたくさんいたが、そいつらに『このクラスの男は全員ハズレね』って一蹴したし。 


 それに万が一、俺に気があるとしても、はっきり言って迷惑だ。 

 俺には彼女がいる。同じクラスの櫻蜜柑、左手がオレンジの可愛いやつだ。 

 今日も屋上で一緒に弁当を食べる約束をしている。まだ一時限目だが、今から昼休憩が待ち遠しい。


「あー、早く昼にならないかなー?」

「じゃあ俺の紙コップで茶でも飲むか?」

「たびたび、すんません……」 


 俺は光の速さで謝った。






「私達、別れましょう」 


 ルンルン気分で屋上に来た俺の耳に入ってきた彼女の言葉は、俺を屋上から突き落とすくらいに衝撃的なものだった。


「な、なんで……!」

「やっぱり、左手がお姉さんの人とは付き合えないわ」 


 蜜柑曰く、せっかくのデートも姉がいるせいで雰囲気が台無しなのだと。 


 彼女は俺の返事を聞かず、蜜柑は屋上から去った。 


 俺は膝から崩れ落ちた。そして絶望した。初めての経験だった、好きな女にフラれるというのは。 

 気付いたら、俺は涙を流していた。


「いつまでメソメソしてんのよ、翔!」 


 悲しみにくれる俺を左手が激励する。


「見た目ばっかり重視して、翔ちゃんの中身を見ない女なんて、こっちからお断りよ! 大丈夫、きっと翔ちゃんの全てを受け入れてくれる女性が現れてくれるわ」

「姉ちゃん……」 


 いや、いい話にしようとしてるけど振られた原因って姉ちゃんなんだけど。


「その証拠にほら。さっきからこっちを覗いている可愛い子がいるわよ」 


 そう言って姉ちゃんは、屋上の入り口を指差す。 

 扉からこちらに近づいてくる一人の女子生徒。それは左手がクレジットカードの立花アンジェリカだった。


「坂口さん……」 


 立花が俺に話しかける。


「一目惚れです! 無理を承知でお願いします! 私と恋人になってください!」

「は、はい!!」

「これからよろしくね」 


 彼女の迫真の勢いに圧倒されて、俺は二つ返事でOKした。姉ちゃんもこれから俺をよろしくと立花に言った。


「はい、これで私達は恋人同士ですね、寧々!!」

「そうだ……え?」 


 立花は姉の小さな手をギュッと握る。 




 彼女が一目惚れしたのは、俺ではなく姉の方だった。 

 立花にとって坂口という人間は、左手が姉の男子生徒ではなく、身体に等身大の弟が引っ付いている小さな女子生徒という認識だった。 


 この日を境に、俺達姉弟は立花アンジェリカと奇妙な恋人関係を結ぶことになった。

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