2016クリスマス

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第1話

 俺がサンタクロースに就任してから、三度目のクリスマスが来た。 

 初めはなかなか苦戦したが、今では慣れたものだ。たった三回で慣れたとか言うな、と思うだろうが、サンタの仕事はたった三回でも凄まじいほどの量だ。 

 なにせ日本中の子供達(小学生以下)にプレゼントに配るんだ。いやでも慣れる。ちなみに海外の他の国は他のサンタクロースが担当している。 


 大変だが、俺はこの仕事を楽しんでいる。 

 空飛ぶソリから見下ろす夜景。子供の部屋にこっそり忍び込むスリル。親御さんからのコーヒーの差し入れ。とても充実している。 


 だがたまに苦労する時がある。それがプレゼント選びの時だ。


「えーっと、何々……東京都のアキラくん『カオスソルジャーのカードが欲しい』だって」 


 相棒のトナカイ、ルドルフ三世が手紙の内容を読み上げる。


「儀式、開闢、宵闇、超戦士、聖戦士、どのカオスソルジャーだ? まさか大会限定のカードじゃないよな?」

「さあ、手紙には特に指定はされてないわ」

「じゃあ5枚セット、ついでにカオスの儀式もでプレゼントしてやろう」

「大会限定版は外すの?」

「あれって10億くらいするんだろ? いくら予算があるからってそんな大金使ったら協会に怒られるわ」 

 

 サンタの仕事はプレゼントを配るだけではない。子供達が望んだプレゼントの用意も含まれる。仕事はクリスマス前から始まっているのだ。


「次、北海道在住のミヅキちゃん『妹が欲しい』」

「そういうのはママとパパに頼んでくれよ」

「で、どうする?」

「メルちゃん人形でいいだろ」 


 このようにたまに俺達の頭を悩まされる要望がある。なかにはサンタクロースの能力を超えたプレゼントを願う子供もいる。サンタはドラえもんじゃないんだ。何でも用意できるわけじゃない。 


 まだまだ手紙はたくさんある。ここからは流れ作業で行うことにする。


「愛知県のチカラくん『テストで100点取りたい』」

「問題集3冊やるよ」

「岐阜県のタクヤくん『もういっかいなつやすみやりたい!』」

「ぼくのなつやすみ2で我慢しろ」

「埼玉県のゲンキくん『弟がほしい』」

「メルちゃん男装させるか」

「三重県のアオイちゃん『ガチャで強い精霊が欲しい』」

「iTunesカードで我慢してくれ」

「東京都のシゲル、くん……」

「ん? どうした?」 


 何故か突然ルドルフが黙った。 

 俺は奴の手からシゲルくんが書いたであろう手紙を奪い取り、その内容を読んだ。


『もう1度パパとママとクリスマスパーティがしたいです』 


 そう書かれていた。 

 手紙に書かれた願いは、たとえドラえもんでも成しえないものだった。 

 いや、ドラえもんならタイムマシンがあるから、シゲルくんの両親が生きている時代まで遡ることができる。 


 でもサンタクロースのソリはどこでもドアやタケコプターの代わりにはなるが、タイムマシンではない。時間旅行はできない。故に、シゲルくんの願いを叶えることはできない。 


 俺はふとルドルフ三世の方を見る。ルドルフは俺より任期が長い。何かしらの助言を貰えると思った。 

 だがルドルフはどういうわけか、横になりながらスマホを弄っていた。俺は奴の態度にムッとする。


「マリオランやってないで、お前もどうするか考えろよ」

「マリオランなんてやってないよ。どうするって何が?」

「シゲルくんへのプレゼント。俺がサンタになる前にも、こういう要望はあったんだろ? 死んだ人に会いたい的な願い。前のサンタはどうしてた?」

「死者蘇生なんてできるわけないからね。写真とか、死んだ人をモデルにした人形とか。前サンタクロースはそういうプレゼントを渡してたわ」

「子供は喜んだか?」

「喜ぶ子もいれば、しょんぼりする子もいた」

「シゲルくんはどっちのタイプだと思う?」

「さあね」 


 俺は考える。パパとママの人形や写真を渡して、シゲルくんは果たして喜んでくれるだろうか。


「ところでさ、ちょっと言いたい事があるんだけど」 


 スマホ片手にルドルフが俺に言う。


「シゲルくんの両親。死んでないわよ?」


「……は?」


「いやだから。今スマホで調べたんだけど。シゲルくんのパパとママな、仕事が忙しくてクリスマスに家にいないだけで、ご存命だぞ」 


 つまり何か。俺はシゲルくんの両親が死んだと勘違いして、勝手に悩んでいたと? 

 ……ははは!


「そういうことは早く言えよクソメストナカイ!」

「はぁ? お前が早とちりしたんでしょうが!」

「あんな手紙見たら普通死んでいると思うだろうが!」

「おーもーいーまーせーん! 現に私は死んだとは思いませんでしたー!」

「嘘付けぇ! 思ったからスマホで生死確認したんだろうが!!」 


 俺とルドルフの言い合いは10分くらい続いた。 

 永遠と語るほどのものでもないので、割愛する。


「……それで、どうするの?」

「何が?」

「シゲルくんへのプレゼント。親とクリスマスを過ごしたいって願い」

「仕事なら仕方ないだろ。何か他のプレゼントを上げよう」

「うわ出た! 『仕事なら仕方ない』ってセリフ。全国の子供達との約束を破る魔の言葉! それをサンタが使うなんて引くわー。あーやだやだ。こんな大人にはなりたくない」

「俺より遥かに年上なババアくせ――」 


 言い終わる前に、鬼へと変貌したトナカイに、俺はボコボコにされた。  






 クリスマスイブの夜。俺とルドルフは例年通りにプレゼントを配っていた。 

 大きなトラブルもなく順調に配り、いよいよ次の宅、シゲルくんの家に着いた。 


 出迎えてくれたシゲルくんのお婆ちゃんへ挨拶も済ませ、俺達は用意したプレゼントを持ちながら、シゲル君の部屋に入った。


「あ。サンタさん!」 


 とても嬉しそうな顔をして、シゲルくんが出迎えてくれた。


「メリークリスマス、シゲルくん。ダメだよ俺が来るまで起きていちゃ」

「ごめんなさーい」 


 まあいいか。最近じゃサンタに会うまで起きている子供も珍しくないし。


「それじゃあ、今年1年良い子だったシゲルくんに、サンタクロースからプレゼントだ」 


 俺は袋から、プレゼントをシゲルくんに差し出した。 

 用意したのは最新のVRゲーム機、そしてシゲルくんの両親から預かったメッセージカードだ。 

 メッセージカードには、『メリークリスマス。24日と25日は無理だけど、26日にパーティをしましょう。父と母より』と書かれていた。 


 それを見たシゲルくんは……。


「サンタさんのうそつき」 


 そう言って、カードを床に叩きつけた。


「パパとママとクリスマスを過ごしたいって言ったじゃん! こんなカードいらないよ! サンタさんのバカ!」

「こらシゲル!!」 


 シゲルくんの叫び声を聞いたお婆ちゃんが、彼を怒鳴る。 

 怒鳴られたシゲルくんはわんわん泣き出してしまった。


「すみません。サンタさんトナカイさん。シゲルには私から言い聞かせますので……」

「……はい、お願いします。ほら、行くわよ」

「……ああ」 


 ルドルフに連れられて、俺はシゲルくん家を後にし、残りのプレゼントを配るためソリに乗った。  






 クリスマス当日の夜。 

 仕事を終えた俺とルドルフは家でのんびり過ごしていた。 

 だが、シゲルくんのことが気にかかっていた俺の心はのんびりできなかった。


「なによ。まだあの子のこと気にしてるの?」

「……」

「プレゼントが子供の要望に合わないことなんて、よくある話よ。いちいち気にしてたらこの仕事やっていけないわよ」 


 分かっている。それは分かってはいるが。


「やっぱり、サンタとしては子供達に笑顔になってもらいたいじゃん」

「サンタにだってできないことはあるわ」

「……1つ思いついたんだが、仕事中の両親を無理矢理連れ出すとか」

「それ、前の前のサンタがやってクビになったわ」

「そうか」

「諦めなさい。もうすぐクリスマスも終わるわ。時間でも戻さない限り、シゲルくんの願いを叶えることはできないわ」 


 時間を戻すか……。 

 ……。


「なあ、ルドルフ」

「なによ」

「休日出勤、頼んでもいいか?」   






 12月26日深夜。


「「ただいまー」」

「おかえりなさい」

「お義母さん、シゲルはどうですか?」

「……昨日から部屋に篭りきりで」

「そうですか」

「すまないな母さん。シゲルの面倒頼んじゃって」

「気にしないでいいよ。それよりシゲルを慰めてあげて」

「ああ」

「ええそうね」  


 コンコン。ガチャ。


「シゲルー? 入るわよ」

「……」

「ごめんなシゲル。クリスマス一緒に過ごせなくて、でも来年は絶対に皆で――」 


 今だ。


「「メリークリスマスー!!」」 


 俺とルドルフはシゲルくんの部屋の窓から、大声で挨拶をして入室する。


「な、なんなんだ君たちは!?」 


 シゲルくんのお父さんが俺達を指差す。


「どうもサンタクロースでーす。シゲルくんのプレゼントをお届けに参りましたー!」

「どうもトナカイのルドルフ三世でーす」

「サンタとトナカイ? な、何を言ってるんだ君たちは!?」

「クリスマス以外に人の家に忍び込むなんて……!」 


 騒ぐ両親を無視して、俺はシゲルくんに話しかける。


「やあシゲルくん。確か君のプレゼントは『パパトママとクリスマスを過ごす』だったね」

「というわけで、後輩トナカイの皆さん、よろしくー!」 


 ルドルフの合図と共に、数十頭のメストナカイ達が窓から侵入する。


『二名様、ご案内―!』 


 トナカイ達がお父さんとお母さんを担ぎ上げ、外に連れ出す。


「それじゃあ行こうか、シゲルくん」

「い、行くってどこへ……?」

「決まってるだろ。西暦2016年12月25日のクリスマスさ」   






 シゲルくんとその両親、仲間はずれにするのも悪いのでお婆ちゃんもソリに乗せて、俺達は夜空を飛んでいた。


『こちらサンタ協会。飛行中の35便に告ぐ。クリスマス以外の飛行は禁止されている。またそのエリアは君達の担当区外だ。直ちに帰還しなさい』 


 サンタ協会から無線に通信が入る。 無視するわけにもいかないので、俺は応答する。


「あー、こちら35便。現在任務の最中だ。プレゼントを配り終え次第帰還する」

『繰り返す。35便、直ちに帰還しなさい』 


 ちっ、融通の利かない奴らだ。


「あー、こちら35便。どうやら通信機の調子が悪いらしく、ノイズだらけで何を言っているか聞き取れない。内容は帰ってからにしてくれ」 


 そう言って、俺は無線機を切った。 

 

 そうこうしているうちに、俺達は目的の場所にたどり着いた。


「シゲルくん、着いたよ」

「サンタさん、ここってどこなの?」

「時計を見てごらん」 


 俺はシゲルくんに、ソリに備わっている電波時計を見るように指示する。 


 2016年12月25日、PM 19:27。


 時計にはそう表示されていた。 

 時計を見たシゲルくんは驚きと歓喜の声を上げる。


「凄いサンタさん! 一体どうやったの?」 


 どうやったのか、答えは簡単だ。 

 ソリで日付変更線の向こう側の国まで飛んだ、それだけだ。大人ならすぐに分かる簡単なマジックだ。現にシゲルくんの両親祖母は気付いた顔をしている。 


 でも俺は。


「サンタクロースのソリはね、時間を越えるんだよ」 


 真実を告げなかった。サンタは子供に夢を与える存在だ、こう答えた方が良い。






「シゲルくん、寒くない?」

「うん! トナカイさんが貸してくれた毛皮のコートがあるから暖かいよ!」

「でしょー? なにせその毛皮は私のお爺ちゃん、ルドルフ一世のものだからね。年季が違うよ」 


 ルドルフが得意げな顔をする。 

 俺達はソリの上でクリスマスパーティを行なっていた。パーティ用のケーキやご馳走や飲み物はルドルフの後輩達が用意してくれた。ありがたい。


「あ、そうそう」 


 突然、ルドルフが俺に耳打ちしてくる。


「私と後輩達の休日手当。4℃のアクセサリーでお願いね。もちろん全員分ね」

「……メルカリに出品するなよ?」 


 今年のクリスマスは、シゲルくんの笑顔が見れて心は温かくなったが、財布は寒くなりそうだ。

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