第4話 エルフの村襲撃事件

 シャナが村に着くといつもならエルフの子供達が集まって来て、盗んだ食料を貰いに来るのだが、今日は誰も来ない。


 しかも、誰一人村の外に出ていなかったのだ。


 シャナは妙な違和感を感じて少し村の家々をまわっていくことにした。


 まず自分の家の隣の家のドアの前に立つ。そしてノックをするが誰も出て来ない、そして勿論返事もない。


 そこでシャナは恐る恐るドアを開けると家の中には想像を絶する光景が広がっていた。


 床には血が滴り、皿は割れて破片が辺り一面に散らばっている。


 そして、昔によく遊んでもらった隣の家のアデブ叔父さんが剣で頭を貫かれていた。


「うそ……嘘だよね?」


 しかしこの状況は変わらず、屍と化した叔父さんがこちらを見つめてくるだけだった。


 胸に広がる焦燥感が心臓を侵食していく。


 シャナは血の絨毯の引いてある床に崩れ落ちた。


 何があったのか、そして何故皆んなが死んでいるのか、そんな疑問が頭を駆け巡って頭痛を引き起こす。


「あ、ああ、ゔああ」


 余りの痛さに幽霊のように呻くことしかできない。


 思考は崩壊し、シャナは現実放棄をする事しか出来なかった。


「あ、あは、あはは」


 ◇◇◇


 フッと目が開き、シャナの意識は覚醒した。


 先程まで胸を侵食していた焦燥感と頭痛は跡形もなく消え去っている。


 冷静さを取り戻し、何が起こったのか考える。


「全部、夢だったのかな?」


 そう結論付けてひとまず安心する。


 ここでシャナはグルリと自分の周りを周りを見渡した。


 ピンク色のカーテン、ふかふかのベッドが部屋の隅に置いてある。


「私の、部屋?」


 そう、ここはシャナがいつも生活している自分の部屋だった。


 つまり親であるエルフの村長シャナの親の家という事になる。


「やっぱり全部夢だったんだ!」


 シャナは心から安堵した。


 そして部屋を出てリビングに向かった。


 リビングのドアノブに手を掛けて笑顔で親の顔を見る為にドアを開け放った。


「お父さん、今日ね、ちょっと怖い夢を……え?」


 リビングの奥の光景を見てシャナは驚きの声を上げた。


 いつもなら父親がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるリビングには、死んだ魚の眼をして所々に切り傷があり、血だらけの村人達が集まって身を寄せ合っていた。


「え?え?何で、何で何で何で!?」


 全て夢ではなかったのだ、よく落ち着いて考えてみると自分の膝には崩れ落ちたときに付いた叔父さんの血がベットリと付いている。


「ああシャナ、起きたのか」


 父が安心したように、だが声のトーンはとても低いままシャナに声を掛けた。


「父さん、何が……何があったの?」


 するとシャナの父親は神妙な顔をして真っ直ぐにシャナを見た。


「……王国から兵士が来て、略奪があったんだ」


「王国?略奪?な、何が」


「兵士達は突然この村にやって来た。そしてーー」


 ◇◇◇


 シャナが村を出て食料を盗みに行ってから一時間ほどの時間が経った頃だった。


 村に王国のエンブレムの付いた鎧を着た人間の男達がズカズカとやって来た。


「只今からを開始する。抵抗の意思がある亜人どもは蹴散らせ」


 突然やって来た敵によって、エルフ達の間に動揺が広がる。


「殺されたくなかったら手を後ろで組んで伏せろ」


 脅迫の意味を込めた言葉がエルフ達に投げかけられる。


「みんな……ここは素直に降参を……」


 村長が現状を重く捉えて皆に降参を提案する。


「何言ってるんだ村長!こんな横暴な事を許すわけにはいきません」


 そう言って王国兵と戦う事を選んだのは村の若い男のエルフ達を従える自分の弟だった。


 自分でもこんな事は許す事は出来ない、だがここで反抗しても返り討ちに遭うだけである。


「反抗しても奴らの方が圧倒的に数が多い。無駄な足掻きをしても損害を増やすだけだ」


「……そんなの分かってる……でも、何も出来ないで侵略されるのなんて耐えられない」


 そう言って弟と村の若い男達が立ち上がり、王国兵達の前に堂々と歩み寄り、綺麗に一列に並んだ。


「我々エルフは貴様ら猿どもの侵略を認めない!」


 すると王国兵の司令官とみられる人物がニヤッと不敵な笑みを顔に浮かべて、エルフ達の方に剣を抜く。


「そうかそうか、我々に勝てると勘違いをしてしまったか。やはり亜人は非常に残念な頭をしているな。だったら貴様らのお望み通り、調教を始めよう」


 司令官が剣を天に向かって突き上げると、他の兵士たちもそれに習って剣を鞘から抜いて戦闘をする決意を示す。


「全軍突撃!エルフどもの尖った耳をぶった切って丸くしてやれ」


 司令官の命令が森に響き渡る。それに続いてエルフ達も各自、魔法の詠唱を始める。


「村長さん私達はどうすれば……」


 降参を選んだエルフ達が村長の元に集まって身を寄せ合う。


 村長は少しの時間悩んでから、目の前で王国と戦う仲間の姿を凝視した。


「すまない、弟よ……我々は私の家に立て篭もり、この戦いが終わるのを待つ」


 これが村長が今考えられる弟達をはじめとする仲間達の死を無駄にしない選択だった。


 しかし、見方を変えれば弟達をという事にもなる。この事実を皆理解してはいるが、罪悪感から逃れる為に、あえて見て見ぬ振りをせざるを得ない。


 そして村長達は村長の家に避難し、恐怖に支配されながら戦いに行った者達の勝利を願うのみとなった。


 外では爆風が吹き荒れ、家の窓ガラスはエルフのものか王国兵のものか分からない血で覆われて、外の様子は鮮明に見ることは出来ない。


 そんな情報を遮断された状況の中、村長達に残された外の様子を知る術はのみになった。


「クソ亜人め!よくも俺の仲間ゔぉっ……」


「ゴチャゴチャうるさいんだよ、このハゲ猿が!」


 罵倒の声と悲鳴、断末魔に憎しみの声……この戦場からは沢山の声が聞こえる。それはこの戦いの激しさを表している。


 そして、遂に弟達が全滅してしまったようで、もう彼らの声は耳に入ってこない。絶望に近いものを感じていたが想定していた災厄の事態には陥らなかったのだ。


 ーー何故かというと、


「今作戦は想定外の死者を出してしまった。故に、諸君らに一時撤退を命令する」


 敵の司令官の声を聞いて村長の家に隠れていたエルフ達は体が震えるほどの喜びを感じた。それと同時に仲間達を見殺しにした事の罪悪感に襲われた。


 中には涙を流しながらこの戦いで死んでいった友の名を叫ぶ者や、最愛の夫に謝罪を繰り返す者もいたが、今後悔しても死んでいった彼等は二度と帰ってこない。


 そして村長達は家から出て、外の様子を見に行く事にした。


「これは酷いな……」


 戦場となったこの村には、王国兵、エルフ双方の死体が散乱していて、見る者には地獄絵図を想像するだろう。


 死体は民家の中にも散乱していて、戦いの混乱が容易に想像する事ができる。


 そして、自分の弟の家を訪れた時、村長は目を見開く事になる。


 そこには自分の弟の変わり果てた姿と、ーー狂ってしまった自分の娘が倒れながら発狂していた。


「し、シャナ!大丈夫か!?」


「あ、あはあはは……」


 最後に、短い狂笑を残してシャナは眠ってしまった。恐らく村に帰ってきたがこの有様を見て、心にとても大きな傷ができたため、ショック状態になっていたのだろう。


「おーい、みんな来てくれ。シャナを私の家まで運んでくれ」


 そして皆でシャナを家まで運び、シャナの部屋のベッドに寝かした。


 ◇◇◇


「……というわけだ」


 村長は深い溜息を吐いて俯いた。


「じゃあ、みんな死んじゃったって事?」


「ああ、そうだ。しかも、直に王国の者達が再び体制を整えて戻ってくるだろう」


「そ、そんな……早く逃げないと!またみんな殺されちゃうよ!」


 しかし、村長は下を向いたままシャナの肩に手を置いて、


「だったら我々は何処に逃げればいいんだ?人間の街か?それとも魔王の支配域か?」


「そ、それは……」


 その時、ドアがガタガタと揺れ出して、ドアを叩く音が皆を戦慄させた。


「王国の者か!?いくら何でも早すぎるだろう!」


 村長はやや焦った口ぶりで顔を青黒い夜空のような色にして驚いた。


『開かないな、牡丹』


『こじ開けるしかないっしょ!』


 ドアの外からは道化師ピエロのような陽気な声が聞こえてくる。だが、それは狂気に満ち溢れた声なのかもしれない。エルフ達は互いに抱き合い、どうしても消え失せない恐怖を噛みしめる。


『兄さん、ちょっと危ないから離れててね』


『おう、それじゃドカンとやってくれ』


『エ◯スプロージョン!』


 女?の方が謎の言葉を言い放つとドアから眩い閃光が溢れ出て、爆発音とともにドアと玄関があった場所に大きなクレーターができる。


『おいおい、牡丹。中に人がいたらどうすんだ!』


『だって、め◯みんみたいにレッツ爆裂したかったんだもん!』


 冗談を交えた会話を交わして、クレーターに変わり果てた玄関大穴からよじ登って来たのは二人の男女だった。

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