第3話 エルフのシャナは肉串を抱えて逃走する

 デミニアの森の中央部、山脈に囲まれ、洞窟を通る事しか立ち入ることのできない村があった。


 その村には人間ではなく、エルフと呼ばれる亜人達が細々と暮らしていた。


 今年は例年と比べ、農作物が不作だった為、エルフの若者がよく人間の住む場所まで行って食料などを盗むようになった。


 エルフの村の村長の娘、シャナもそんな盗みをするグループの一人だった。


 魔法が得意な為、身体能力強化系統の魔法を使って逃げるので捕まったことはない。


 今日もシャナは人の町へ盗みを働く為に来ていた。


「あー、お腹空いたなあ。今日はみんなに何持っていってあげようかな?」


 フード付きのマントを被り、一人町を歩いていく。


 いつもはパンなどの炭水化物を持って帰るのだがたまには肉などのおかずもみんな欲しがるだろう。


「よーし、肉屋で肉串でも盗ってこよっと」


 シャナは今日の獲物を決めて肉屋に向かって歩き出した。


 ◇◇◇


 もうそろそろ肉屋に着く頃だ。


 肉屋はこの町のメインストリートの一角にあるためとても賑やかな雰囲気に包まれている。


 しばらく人間達の様子を眺めながら歩いていると何やら可笑しな奴を見つけた。


「異世界召喚きたー!」


 急に叫び出す黒髮の人間、その隣では『兄?』のような人物が苦笑している。


「チート級能力進呈イベントきたーー!!」


 またも黒髮の少女がガッツポーズをしながら叫んだ。


 この人はきっと頭が逝ってしまっている残念な人なのだろう。そう自分で結論付けて気にしないことにした。


 そしてシャナは盗みを働く為に肉屋へ入店した。


 カランコロンと気持ちのいい音を立てて肉屋のドアが自分の入店を店主に伝える。


「へい、らっしゃい」


 入店に気づいた店主が明るい声で迎えてくれた。


 その独特の明るい声と気前の良さそうな姿に、どうも購入意欲が芽生える。


 どうせ盗んでしまうのに、ついつい値段を見てしまうのもその影響だろう。


 そんな状況を可笑しく思いつつも今回盗む肉串を手に取った。


 そのまま店主が他の客の接客に意識を取られる瞬間をジッと待つ。


 そんな自分の行動を怪しんだのだろうか、店主はこちらをしばらく見てから、


「あの、お客さん、買うんですか?」


 どうやら店主は私がこれからする事を何となく悟ったようだ。


『ここは上手く切り抜けねば』と思い、思考を行動に移す。


「あ、すみません。少しどちらの肉串を買おうか迷っていて……良ければ選ぶコツとか、教えてもらえませんか?」


 すると店主はバツの悪そうな顔をしてぺこりと軽くお辞儀をした。


「申し訳ございません、少し凝視し過ぎてしまいました。ーーでは早速美味しい肉の選び方をお教え致しますね」


「あ、はい。お願いします」


 そこから、聞きたくもない肉の選び方とやらを十分ほどみっちりと聞かされた。


 自分で聞きたいと言ったのだから自業自得である。


 シャナは数分前の自分を呪いながら笑顔を作り、店主の話を相槌を打ちながら聞くフリをした。


「……というのが選ぶコツです」


「は、はい。ありがとうございました。お陰でとても参考になりました」


 やっと終わった……この人話長過ぎ。


 自分と話し終わった店主は他の客と楽しそうに会話をしている。


 ーー今がチャンスだ。


 周囲の人間の意識がこちらに向かないよう、音をあまり立てず、かつ散歩をする時のように自然に店の出口へと向かう。


 誰も自分を意識しない時間が続く。その内に何とかドアの前まで辿り着くことができた。


 そしてそのまま誰に気づかれることなくドアノブに手を掛けて店を出る。

 ーーその予定だった。


 この時シャナは気配を消す事に意識を集中させ過ぎていて、大切な事を忘れていたのだ。


 ーーそう、


「カランコロン♪」


 その音の方向を店にいた全員が見る。


 そして、ハッとあることに気づいた店主が声を上げる。


「泥棒だー!誰か捕まえておくれ」


 シャナは冷静に判断し、すぐに店から出て、逃げる為に走り出した。


 店主は店の外に出て何やら暴言を吐いているがどうやら追っては来ないようだ。


 少し安心して後ろを見た時、シャナは想像もしないことが起こっていることに気づいた。


 後ろから店に入る前に叫んでいたキチガ......頭の少し逝っている少女とその兄らしき人物が全力ダッシュで追ってきていたのだ。


「身体能力強化魔法、精霊よ我が足に力を与えたまえ」


 身体能力強化魔法を自分の体に施し、スピードはかなり速くなっているはずなのだが、少女は詠唱もしないで身体能力強化魔法を使い、その兄は魔法も使っていないのに異常な速さで追ってくる。


「何者なんだこいつら」


 あまりにも執念深く追ってくる兄妹に、今は『捕まる』という事よりも『殺される』というワードが連想される。


 そしてしばらく死の鬼ごっこを続けているとやっと見慣れた森が見えてきた。


「よし、地の利はこちらにある」


 デミニアの森に入ると、道無き道を掻き分けて逃げ回った。


 そしてようやく二人から逃げ切る事ができた。


 そっと胸に手を置き未だ心拍数の高まっている心臓を落ち着かせる。


 しばらく歩き、エルフの村に繋がる洞窟の前に着いた。あの兄妹が追ってきていないかを確認し、洞窟の中に入っていく。


「業火魔法、我が指先に精霊の灯火よともれ」


 そう詠唱すると人差指からロウソクの炎くらいの大きさの火が灯った。


 その炎で洞窟内部を照らし、急ぎ足で進んでいく。


 何度かゴブリンに出会ったが、奴らは人間にしか敵意を示さない。その為、エルフであるシャナは堂々と進む事が出来るのだ。


 そうして順調に洞窟を進んでいき、遂に出口に辿り着いた。


「ただいま」


 そこには自分達の村が見えた。


 そうして、シャナはゆっくりと村へと歩いて行った。






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