第5話 救世主は突然に

 俺は牡丹と共に洞窟を抜け、村を見つけた。そして何かないかと探しているとそこには、頭を剣で突き抜かれて死んでいるエルフ、備長炭のように真っ黒に焦げて、それが生き物だったのかよく見ないと分からないほどに悲惨な姿に変わり果てた人間など、死体の山が各所で見られた。


 何があったのか知るため、生存者がいないかと各民家を廻っているうちに鍵のかかった家を見つけた。


 そして、牡丹のエ◯スプロージョンによってドアを大穴に変えて、その穴をよじ登って中に入った。


 ◇◇◇


「えっと……その……そんなに怯えないで下さい。ドアは弁償しますので」


「あなた方は人間でしょう。王国の方ではないのですか?」


「王国?俺達は……旅人みたいな?そんな者になるかな牡丹?」


「そうだね兄さん。私達実質一文無しのホームレスだからね」


 俺と牡丹の会話を聞いて、エルフ達は胸を撫で下ろして安堵しているが何やら疑問もあるようだ。


「では何故あなた達はこの村へ?」


「それは町で盗みを働いた奴がいてな、そいつを追いかけてたら……」


 ここで俺は見覚えのあるフード付きのマントを羽織ったエルフの女の子を見つけた。


「てかお前!肉盗んでいった奴だろ!肉屋のおっさんに金返してやれよ」


 俺がそう言うとエルフの女の子は何かに気付いたように目を見開いて、


「ああ!あなた達、町で異世界召喚とやら叫んだ挙句、私を森まで追っかけて来た謎の変人!!」


「おいおい、変人扱いは流石の俺でも傷つくぞ」


「あのさ、えっとその……」


 牡丹が肉泥棒のエルフの女の子に何か言いたげにモジモジしている。


「な、何?」


 エルフの女の子は困惑しながらも、牡丹の話を聞こうとした。


「む……せて……さい」


「え?むせて下さい?」


 牡丹の声が小さかったせいで謎の要望に聞こえてしまったらしい。


「おい、牡丹。もっとはっきり言わなきゃ分からないだろ」


「うん、そうだね。じゃあ……胸を揉ませて下さい!!」


「「「は?」」」


 女子の口から発せられたとは到底考えられない言葉を聞いて、その場にいた全員が脳の思考可能容量オーバーを起こした。


 とうとう俺の妹は、オタクから変態に進化してしまったのか……世も末だな。


「えっと、牡丹ちゃん?今なんて?」


「お願いします胸を揉ませて下さい。ていうか揉ませろ!」


 獣と化した牡丹が女の子を押し倒し、馬乗りの体勢になった。


「エルフの胸、エルフの胸、エルフの胸!」


 エルフの女の子は顔を赤らめ、牡丹の口から漏れだす熱い吐息を受けて体をブルルと震わせる。


「あはは、エルフだよエルフ。かわうぃい」


 もう言動がおじさん化している牡丹がいよいよ手をクネクネうねらせて豊満な双丘を揉みしだく構えを取る。


 牡丹が豊かな双丘に手を掛ける寸前、デミニアの森に角笛の音色が、それまでのゆったりとした空気を塗り替えるように低く響き渡った。


 ◇◇◇


 一同は音のした方を見て、先程まで忘れてしまっていたがやって来たことを知る。


 惨劇を起こした元凶である王国の兵士達が形成を立て直して戻って来たのだ。


 それを知り、エルフ達の顔が引きつっていく。


 そんな中、状況を飲み込めないオタク系美少女がいた。


「ねえ、あの人達って誰?もしかして知り合い?」


「おい牡丹、周りを見渡してみろ、エルフ達の顔を見れば敵かどうかなんて一目瞭然だろ」


 兄からの助言を聞いて、牡丹は周りを見渡して次第に真剣な表情になる。


「旅のお二方、もうここは危ないので今のうちに逃げてくださ……」


「要するに、あいつらを皆殺しにしろ!という訳ね」


 どう解釈したらそんな無謀な考えができるんだ俺の妹は。


「おいおい、いくらなんでもあの数は無理だろ」


 しかし、牡丹は俺の言うことに聞く耳を持たず、兵士達のいる方向へ歩いていく。


 それを見た兵士達に動揺が広がる。


「あの少女は誰だ?まさかエルフ達は人質をとっていたのか!?」


「なんて酷いことを……」


 そんな同情ムードが漂う中、それをぶち壊す爆弾発言を俺の妹は言った。


「今からあなた達を皆殺しにします。全生物の至宝であるエルフを脅かす存在は私が消す!」


「「「なっ……!」」」


 次の瞬間、兵列の中央に眩い光と共に莫大なエネルギーの塊が現れた。そのエネルギーに巻き込まれ、次々と消し炭になっていく。


 しばらくして、爆発がおさまる頃には兵の実に1割が消滅していた。


 兵士達はしばらく状況を把握できていなかったが、時間が経つにつれて仲間を殺された怒りが込み上げてくる。


「あの少女をぶっ殺せ!」


 司令官のその一言をきっかけに全軍が牡丹に向かって走り出した。


 俺はとっさに牡丹の援護をするべく、戦場に向かって走りだす。


 牡丹は何人かが振った剣を全て圧力系魔法で捻り潰し、そして衝撃波のような魔法で周りにいる兵士達を吹き飛ばす。


 華奢な少女とは思えない戦いぶりは、俺にはドラゴンを連想させられた。


 やっと戦場に着いた俺は少しでも兵士達を減らすために素手で剣を使う相手と戦うことにした。


 最初は、素手の俺に油断したのか大振りな攻撃が多く、格闘技系統を極めた俺にはいとも容易くかわすことができた。


 そして、腹部の鎧の隙間を狙って回し蹴りを決めて、兵士が地に崩れ落ちた瞬間にかかと落としで気絶させる。


 一人目を見事に捌いた事によってようやく俺は警戒されたのか、今度は何人かで俺を囲んできた。


 俺は、兵士が持っている剣を足で蹴り飛ばし、飛んだ剣の柄が頭に当たった者は死んだ小動物のようにパタリと倒れた。


 兵士達はすぐさま反撃してくるが、俺はしゃがんでかわし、味方同士で剣をぶつけ合った兵士達はその反動で剣を落としてしまう。


 その隙を逃さず、俺は全員のみぞおちを流れるように攻撃し、兵士達は泡を吹いて地に耐えれ込む。


「それにしても多すぎるな……」


 倒しても倒しても新たな敵が現れる。そんな厳しい戦いに俺はともかく、牡丹は耐えられるのだろうか。


 そんな事を考えている間にも多数の敵が斬りかかってきた。剣の柄を殴って弾き、裏拳で兵士の顔に攻撃を加える。兵士が怯んだところでトドメの首裏チョップをお見舞いした。


 ふと牡丹が戦っている方を見てみると、そこには……


 そこには、血と肉でできた山が連なっていた。牡丹は悪魔に取り憑かれたかのように兵士達を殺し続け、兵士達は戦う事を諦めて撤退を始めている。それに続いて俺と戦っていた兵士達もつられて撤退を始めた。


「おい牡丹!もう止めろ、相手はもう撤退している」


 俺の声を聞いて牡丹は我に返ったようで攻撃を止めた。


 そして俺達兄妹とエルフ達は撤退する王国の兵士達をそれぞれの胸に秘めた思いで見えなくなるまでずっと眺めていた。


「なんとか追い返せたみたいだな」


「……うん」


 少し間が空いてから牡丹が悲しい顔をして俺の胸に飛び込んできた。


「……私、怖いの……」


「さっき私は沢山の人を殺したの。最初は少し抵抗はあったよ。でも、殺しているうちに罪悪感とかを感じなくなっていったの」


 牡丹は今にも泣きそうな目で俺の事を見つめてきた。


「私、平気で人を殺せる自分が怖いの。命を奪っているのに何も感じれなかった自分が気持ち悪くて仕方がないの!」


「もう、人を殺したくない」


 その時の牡丹は、牡丹らしくなかった。いつも牡丹は元気で可愛くて、優しくて、前向きで、とてもオタクな妹なのに……


 もうこんな牡丹は見たくない、そう思った。だから俺はこの時誓った。


「牡丹、もう辛い思いなんてしなくてもいいぞ。お前はもう戦わなくていい。俺がお前の代わりに戦ってやる。俺が代わりに殺してやる」


「ーーだからもう泣くな、牡丹は牡丹らしく生きろ」


「牡丹らしくって何よ……」


 その時、文句を言った牡丹の顔はどこか安堵の色が隠されていた。

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