26-6

 蹴り飛ばすように塚越はアクセルを踏んだ。車体は坂田達の車と狙われた一般人の間、ほぼ中央に割り込む。坂田達に対して運転席を晒す形で横付け。すぐさま西倉が助手席のドアを開けて外に飛び出した。察しが良くて助かる、と心の中で呟き、塚越も助手席側から外に出て銃を構えた。


「一般人の保護と避難!」

「あと本部に連絡!」


 塚越、西倉の怒号にも似た指示が飛び、後部座席の二人は転がり出た。




「こんなところでおっぱじめやがって! 頭おかしいんじゃねえのか!」


 予想していたとは言え、いくらなんでもこの街中で発砲するとは。網屋は呻きながら銃を手に取った。


「大丈夫なんすか先輩!」

「全然大丈夫じゃない! このあと街外れにでも移動しようと思っててさあ、そしたら仕掛けてくると思ってたのに何なんだよ全く」


 接敵するのは想定の範囲内。先日の目澤襲撃に乗じ故意的に己の証拠を残したのはこのためだ。罠と分かっていても乗ってくるだろうと読んでの挑発、相手にはもう余裕がない。戦力を削ぐなら今だ。

 相田にはこの狙いを話した上で、車での移動を頼んでいたのだ。実際に買い物をしたいというのもあったのだが本来の目的はこちら。とは言え、こんな事態になるとは。


「しょうがねえ、ここでやるしか……やっべ」


 誰かがこちらに駆けてくる。網屋が慌てて銃を懐にしまうのと、相手がドアの内側に転がり込んでくるのはほぼ同時だった。


「大丈夫ですか! 怪我は?」


 女性だ。言動からして警察官であろう、と相田は見当を付けたのだが。


「……え」


 女性と、網屋から、同時に言葉が漏れ出した。


「……網屋、くん?」

「おまわり、さん?」


 何が起こったのか。何故、女性が網屋の名を呼んだのか。相田には何がなんだか分からなかったが、しかし二人には痛いほどに分かってしまった。見間違えるはずもない。


「帰って、きて、いたの?」

「どうしてこんな所に!」



 七年前のあの時、網屋家が襲われ、次男だけがたったひとり生き残ったあの事件の、

 面倒を見てくれた女性警察官が、

 行方不明になっていた該当者が、

 今、この場に。

 断絶されたと思われた点が、再び接してしまったのだ。今ここに、点と点が繋がり、一つの線となる。


 よく分からないがヤバイというのは感じる。相田は咄嗟に網屋を見る。既に、網屋のスイッチは切り替わっていた。


「こちらは大丈夫、他の人の避難を」


 はっきりとした発音で言い切る網屋。戸惑いをまだ抑えきれない立花。網屋は敢えて銃を取り出し、再び声を張った。


「こちらは大丈夫。ここの職員の人達と、まだ残っているかもしれない客の避難を。早く!」


 立花は頷いた。空気に飲まれ押し切られたのもあるが、網屋の言うことにも一理ある。彼女は立ち上がり、走り出した。


「…………やべえな」


 下の階へと姿が消えるところまで見届けて、網屋が唸るように呟いた。


「思いっきり顔見られたし、覚えてた……やべえなぁ……どうすっか……」


 銃声は続いている。自分達と相手の合間に割り込んできたのは警察車両なのだろう。その搭乗者達が銃撃戦を繰り広げている。あちらも例の敵を追っていたということか。


「銃、見せちゃいましたね」

「まあな。大丈夫だって納得してもらうには、な。勢いだけで何とかした節はあるけども」

「まあしょうがないっすよねえ……この場合はね……」

「だろ……でも、あーどうしよ、うー……あ、そっか」


 何か思い付いた網屋がスマートフォンを取り出し、電話を掛け始める。その相手は。


「頼む、頼む、出てくれよ……あっ、もしもし! 塩野先生! 網屋です!」


 あまり大きすぎない声で網屋が名を呼ぶ。なるほど、と言いかけて相田は口をつぐむ。


「お時間大丈夫ですか? あああ良かった、緊急事態に陥りまして。大ピンチです。今、デパートの駐車場にいるんですけど……そうそう、そこです。奥の方の。立体駐車場の方。この時間のこの場所でドンパチおっぱじめやがったんですよ相手が。馬鹿でしょ? まあそれはいいんですけど……そうです、それよりもヤバいことが。相手に警察が張り付いてたらしくて、顔を見られました。俺のことを知ってる警察官に、です」


 話しながら網屋は後部座席を指し示し、相田は黙って落ちていた荷物を拾い上げ、中に放り込んだ。相田自身も後部座席に移動し、ドアはまだ開けたまま、運転席の背もたれを最大にまで倒す。後ろから運転席に移動するためだ。頭をギリギリまで下げて網屋を見る。まだだ、と首を横に振る網屋。了解の意を込めて頷き返し、後部座席で時を待つ。


「家族が死んだときにお世話になった人が、この場にいまして。はい。そうです。がっつり顔を見られたし、向こうも覚えてたし、銃も……はい。はい。はい……ああすいません、ありがとうございます。お願いします。今どちらにいらっしゃいますか? ご自宅……聖天さま? 妻沼の? 遠い!」


 相田も思わず「遠い」と言いかけた。熊谷市の市街地ど真ん中であるここから見ると、塩野の現在地である「聖天さま」こと妻沼聖天山は北へ十キロ強。ルートはほぼ真っすぐの国道経由だが、この時間帯では混み合うのが目に見えている。


「ああー、じゃあ、えっと、相田に迎えに行ってもらいます。その方が多分早い。聖天さまの駐車場で待っててください。相田、行けるか?」

「勿論。片道十分と見といてください」

「よし。相田がここを出てから、十分で到着します。はい……そうですね、警察がこの場を離れるよりも前に来てもらって、記憶の処理してもらわないとヤバイですよね。大丈夫ですか? ハハ、そりゃそうだ、愚問だった」


 網屋の視線と頷きを受け、相田は頭を下げたまま運転席に移動。そっと背もたれを起こし、低い姿勢のままシートベルトを付け、車のキーをシリンダーに差し込んだ。


「ほんと、お出かけ中のとこすいません。よろしくお願いします。はい、失礼します」

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