23-9
もう怖くはない。どうすればいいのか、分かっている。
ひどく頭がはっきりしている。冴えている、という状態なのだろうか。やるべきことがクリアになり、手の届くところにあるのが分かる。
もっと早くこうしていれば良かった。今まで、一体何を恐れていたのだろうか。
接近することに躊躇いがあったのか? 馬鹿馬鹿しい、実に馬鹿馬鹿しい。最初から自分が選ばれることが分かっていたはずなのに、こんなにも時間がかかってしまったのが今となっては悔やまれるばかりだ。
これから、やらなければならないことが沢山ある。そのための準備もしなければならない。障害もあるだろう、ひとつひとつ潰していかなければ。協力してもらえる人も探そう。
急がなければ。このままどこかの班が研究結果など出したりしたら、堪ったものではないから。
「おーい、市村ぁー……どこだー?」
聞き慣れた声が鼓膜を叩く。ご丁寧に探しに来たのか。廊下の角を曲がってやってきたのはやはり中川路で、慌てて走ってきたのか息が切れている。
「いた! 良かったぁー、見つけた……こんなところまで、来ちまって……大丈夫か市村?」
「あ、うん、大丈夫だよ。ありがとう、こんな場所まで来てくれて」
背を丸めて、体全体で息をする中川路。別に、何とも無かったのに。ここには自分の意思で来たのだから。
上下する背中をさすって、「ありがとな」と返事をもらい、何とも言えない不思議な気持ちが湧き上がる。この気持ちは何なのか。分からないが、ついいつもの癖でこう返してしまった。
「ごめんね」
顔を上げた中川路は笑って、「別にいいって、謝るなよ」と言う。「うん」と返事をして、曖昧に濁した。
「にしても、今回はまた遠くまで来たなぁ。ここってアレだろ、本体の近くだろ」
「だっけ……?」
「ああ、だから、島の端から端まで来たってことだな。危ないから帰ろう」
「でも、大丈夫でしょ?」
「まあな。完全じゃないが冷凍処理されてるし、これで大丈夫じゃなかったら真っ先に俺達が死んでるさ」
大丈夫、今は。まだ大丈夫。
いつものように先を歩く中川路に、一歩遅れてついてゆく。勘違いしたままならそれが良い。そのままでいてほしい。
「……ごめんね、本当に」
「どうした、そんなに恐縮しちゃって。大丈夫だよ。市村が何回迷ったって、俺、探し出す自信あるから」
振り向いて笑う顔は眩しくて、羨ましくて、憧れそのもので。だから、何度も口にする。
「ごめんね。うん……ごめんね」
仕方ないんだ。必要なことだから。だけど、君は僕に優しいから、先送りしてあげる。だから今を目一杯楽しんでほしい。沢山思い出を作って、素敵な時間を過ごしてほしい。限りある時間を。
「ごめんね」
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