23-6


「うぅわあああああ……!」


 話を聞いていた相田と網屋が、顔を両手で覆ってソファーに突っ伏している。目澤はやけにニコニコしているし、塩野に至っては「ウェヒヒヒ」と意味不明の笑い方をしていた。


「甘酸っぱい……甘酸っぱいよおおお……!」

「耐えられない! これが! 恋のチカラ!」

「まぶじい……ひがり……これが、はつこい……」

「先輩、俺を置いて灰にならないで!」


 息も絶え絶えといった感の若者二人はともかく、目澤と塩野はもう訳の分からないくらいの笑顔だ。


「そっかあー、川路ちゃん、そんなキモチだったんだねぇー……うふふ、かぁわいーい」

「中川路も、こう、ピュアな面があるんだなぁ……聞いてるこちらが恥ずかしくなってきたぞ」

「話してる俺が! 一番! 恥ずかしいわい!」


 若者二人に引き続き、中川路まで顔を覆って突っ伏してしまう。そんな息も絶え絶えの彼に、塩野は容赦なく追撃を加えてゆく。


「さあさあ、続きを話してちょーだいよ! つっづーき! つっづーき!」

「ちょっと待て、今回の目的はDPSの事を話すんであって、俺の恥ずかしい話は関係無いんじゃないか?」

「関係なくないもん! 僕が聞きたいんだもん!」

「塩野テメエエエエエエ」


 瞬時に復活し塩野の胸倉を掴む中川路。だが、その行為は即ち残りの三人を野放しにするということでもある。


「俺も聞きたいぞ。ほら、酒なら注いでやるから。ほらほら」

「ちょっとやめて目澤ちょっと促さないで」


 明らかに楽しんでいる。笑顔、と言うよりニヤニヤした表情を隠しきれていない。こうなるともう、救いを求める先は若者二人しか居ない。


「そこの二人! このダメ中年を止めてくれ」

「お断りします」

「後輩に同じく」

「なんで!」

「ここまで聞かされて、はいおあずけよーって方が辛い」

「さっすが先輩的確ゥ! 俺も同じでーす」


 駄目だ。八方塞がりだ。ようやくそれを認知した中川路は、大きく溜息を付いて酒を飲み干した。


「ちくしょ、分かりました。分かりましたよ。全部ゲロったらいいんだろチックショオ!」


 無意識のうちに、いつも首から下げているチェーンを襟元から引っ張り出し指輪をいじっていたことに気付く。思わず溢れる、自嘲にも似た笑み。


「……仕方ないだろ。まともに人を好きになったのは、月子さんが初めてだったんだからさ」





 翌日から中川路は、女を引っ掛けなくなった。ぴたりと止んでしまった。また、研究の合間を縫って人と会うようになった。相手は全て女だ。女であるのに、両者の間に漂う空気は実に険悪なものだった。

 それを遠巻きに眺める目澤と塩野。そして市村。


 また、中川路の研究が次の段階に入ったのもこの頃だ。今までは「選別」だった。これからは「強化」に入る。選別された細菌の中には「地元産」もいて、さてヨーイドンでどれがどれだけ残るのか見ものでもあった。細菌なんてやつは探せば気軽に新種なんて出て来る。培養できなかったり見逃していたり、それだけなのだ。故に、中川路は一応としてこの島の土や砂をを採取してその中から新種を見つけ出し、候補として入れていたのであった。

 あらゆる環境に晒し、生き残ったものを拾い上げ、更に晒す。場合によっては遺伝子に細工を加える。少しづつ、ゆっくりと、鍛え上げてゆく作業。気の遠くなるような、地道かつ膨大な作業。そんな作業を支えてくれたのは月子だった。「なんとなく」「こんな感じの」検証がしたい、と専門外ゆえのぼんやりとした要望を形にするのは難しい。そこを限界まで具体的な形へと持っていくのが、月子はとても上手だったのだ。

 中川路は容赦なく甘えた。研究への欲が配慮をかなぐり捨てさせた。その代わり、自分も可能な限り月子の研究を手伝った。


 今思えば、驚く程研究に打ち込むことができていた。女遊びを断っていたからだろうか。それとも、月子が手伝ってくれていたからだろうか。

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