19-5

 そんな予感はしていた。選りすぐった部下を連れてきたとは言え、相手は悪名高き『狼の系譜』。さらにはメインターゲットが解体屋だ。

 塩野鎮鬼という男は、洗脳業界隈で『神殺しブッダ・キラー』と密かに呼ばれているそうだ。相手が誰であろうと、徹底操作パーフェクト・リリースしてみせる手腕。しかもその速度は異様なまでに速い。「五感を有している限り、必ず『殺せる』。たとえ相手が神や悪魔であろうと違いはない」と、この男は言い放ったことがあるらしい。提供者からそう聞いた。


 故に、あまり時間を与えてはならないのは分かっている。が、それでも相手の持久力は削っておきたい。出来る限りでいい、少しでも集中力を削ぎたい。そのために部下達には犠牲になってもらう。

 今更、罪悪感に駆られることもない。犠牲だったらもう散々出してきた。それに、誰かの役に立つのなら良いではないか。それは美しい死に方だ。美しい生き方だ。何かのために生きること、そして死ぬこと、それで良いのではないか。


 あとはただ、己の仕事を果たすだけ。それだけだ。





 体育館からシグルドと塩野の二人が出てきたのは、それからしばらく経った後だった。苦虫を噛み潰したような表情が、あまり芳しくない結果を如実に示している。


「まあ仕方ないね。あっちの彼からは情報引き出せないってのは、予想通りだったというか……仕方ないね」

「申し訳ありません、ハンマーの方を始末されてしまったのは痛かったですね」

「だいじょぶだよ、そう簡単に解決させてくれないのは分かってることだし。っていうか、予想よりはるかに良い状況だと思う」


 そう言って笑う塩野。それなら良いのだが、とシグルドは無言で頷くのみにとどめた。塩野は「うーん」と呟くと、無用な不安を与えないために軽く解説を加える。


「中毒症状が軽い人なら、短時間で解体できることが分かったのは収穫だよ。あとねぇ、こちら側から流れを作ることができたのはすごく大きい。今まではどちらかって言うと、状況の受け手でしか無かったからね。相手が少人数で仕掛けてきてくれたのもありがたい。これならシグルド君ひとりで簡単に制圧できるもん」


 過大評価とも取れかねない言葉に、シグルドは薄く笑うだけで返事はしなかった。塩野の言うことはあながち間違いでもない。いつぞやの客船のように部隊を次々送り込まれてしまったら対処しきれないが、精鋭とはいえ単騎、もしくは少人数ならばいかようにでもなる。


「もしかして先生、その状況を作るためにここへ来たんですか?」

「んー、えっとねえ、そのためってワケじゃないんだけど、いい機会かなって思ったの。僕ひとりだったらお相手さん、目一杯油断してくれるかなって。解体屋つったってさ、結局は非力な一般市民だからね。それに僕、いかにも弱そうでしょ? 目澤っちはともかく、川路ちゃんだってある程度は肉弾戦ができる。網屋君に至ってはもう本職だから論外。そんな中の僕だ、狙いたくなるってもんよ」


 それは即ち、全てが塩野の計算上にあるということなのではあるまいか。言いかけてシグルドは言葉を飲み込んだ。そういう職業だ、解体屋というのは。


 ふと、シグルドが足を止める。つられて塩野も歩みを止めた。


「どしたの? 何か……」


 言い終える前に、シグルドが塩野の腕を掴んで引き寄せた。しかもかなり強引にだ。「うわ」と数歩よろめくと、塩野が立っていた位置で何か音がした。

 短く刈り込まれた芝生の一部が、まるで太い針を斜めに差し込んだような、見たこともない奇妙なめくれ方をしている。


「やっと撃ってきやがったか」


 地面に食い込んでいたのは狙撃銃の銃弾。芝生のめくれ方から推測できる狙撃手の方向を見つめるが、もう移動していることだろう。


「遊びか何かのつもりなんでしょう。まだ当ててくる気は無いようですね」

「まだ?」

「俺なら、体育館から出てきた時点で撃ちます。それに、こちらに分かるように撃ってきた」


 そうでなければ塩野はもう死んでいることだろう。「ふうむ」と分かったのか分からないのか曖昧な返事をして、塩野は何かを考え始める。


「もう、移動しちゃってるよね?」

「してますね」

「……追いかけることはできる?」


 追われているのはこちらだというのに、塩野は妙なことを言い出した。だが、それに対してシグルドは文句を言うどころか、「勿論」と笑顔で返してきたのだ。


「外での追いかけっこは大好きですよ。こう見えても、アウトドア派ですから」

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