13-6
「……で?」
「いや、だから、思い切り引かれてしまったのではないかと」
さらに翌日、月曜日。陣野病院食堂。昼過ぎ。
「そうじゃなくて、その後」
「え? その後って?」
二人の顔を交互に見つめて、首をひねる目澤。
「まさか、何もなかったとか、そういう馬鹿なことは無いよな?」
いつものパターン通り、食堂で昼食を取りながら質問攻めの刑に処されていた目澤は、中川路の言葉がいまいち理解できずにいる。
「何も? いや、普通に家まで送って」
「……何だって?」
「いや、だから、家まで送って、その後帰って」
「…………はあァ?」
声を上げたのは塩野。眼鏡の奥の大きい目をますます大きくして、ついでに口も半開きだ。
「いやちょっと待って目澤っち、本当に、ただ家まで送り届けたの?」
「それはそうだろう、親御さんだって心配するし……」
そこまでしか言えなかった。隣にいた中川路が、全力で目澤のネクタイを引っ張ったからだ。
「おい目澤ァ! お前、そこまでの状況に持っていって、どうして何もなく帰ってこれるんだ? 女の子にそこまで言わせておいて何もない、だと?」
「ちょ、く、くるしい」
「うるさい黙れ! お前それでも男か? 女の子が勇気振り絞ってそこまで言ったってぇのに、何もしないで家まで送っただなんてお前はどこまで馬鹿なんだ! この大馬鹿野郎! 間抜け! お前の頭はヘルメット置くための台か何かか?!」
「川路ちゃんやめたげて! 目澤っち死んじゃうからやめたげて! 目澤っちのライフはゼロよ!」
ようやく中川路はネクタイを離す。やっとこさ開放された目澤は息を吸うことにいっぱいいっぱいだ。
中川路はというと、鬼のような形相で何処かへ電話を掛け始めていた。
「川路ちゃん、今度はどーすんの」
「俺の最終奥義を出す! 本当は人に教えたくなかったんだが、もうここに行くしか無い!」
そして、中川路はまたもやディナーの予約をもぎ取ったのであった。
今度の店は県内であった。それどころか、熊谷市内である。
こちらは即日予約という訳には行かず、一週間後が最短の予約だ。当然下見はできなかった訳でぶっつけ本番の一発勝負である。
中川路に教えられた住所の通りにバイパスを進み、片隅にひっそりと佇んでいる店舗敷地に入る。外観はあまりに地味かつ古く、一見すると閉店しているのではないかと思うほどだ。生い茂る木々がそれを後押しする。
が、敷地内に入ると分かる。古ぼけているのは看板と建物の外壁だけで、内部はすこぶる美しく保たれていた。こざっぱりとした店内に、キビキビと動く店員。空気感は完全に高級店だが、ここもまた驚異的なお値打価格であった。
案内されたのは窓際の席だ。大きく取られた窓から、木々の緑が美しく覗く。その素晴らしさに息を呑む。
なるほど、確かに中川路の「最終奥義」であるわけだ。良い意味で裏切られ、徐々に上がってゆくテンション。この店を気に入らないという人間がいるならば、それは余程の偏屈か天邪鬼か、それとも個人的な恨みがあるか、だ。
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