16-6

 後部座席のシートを前に倒して荷台をフラットにしてしまうと、網屋は急いで車内に置いたままの銃火器を脇に寄せる。藤田には助手席に座ってもらって、他の男どもは荷台に寿司詰め。

 一台に六人を乗せるには、もうこの手段しかなかった。各々の車はホテルの地下駐車場に停めたまま。とにかくそこへ向かわないことにはどうにもならないのだ。


 角に寄りかかって、ぼんやりと流れてゆく景色を眺めている中川路。その横っ面に、塩野が語りかける。


「川路ちゃんさあ」

「何だ」

「いい加減、自分でかけた呪い、解いたらどうよ」

「なんだよ突然。呪いって大袈裟な」

「分かってるでしょ」


 塩野の顔をちらりと見て、また外に視線を戻してしまう。怒られた子供のような態度に、塩野は溜息を付いた。


「いい子じゃないのさ。川路ちゃんの好みど真ん中だよねえ。かわいい系の美人さんで、頭の回転も早い。……ねえ、もう十年も経っちゃったんだよ。いい加減、自分を繋ぎ止めなくてもいいんじゃないの?」

「無理だ。今はまだ無理だ。そんな気分にはなれない。分かるだろ?」


 怒気でもなく、悲嘆でもない、当たり前のようなただの返事。それこそが彼がまだ哀しみの渦中にあることを指し示している。終わっていないのだ。彼の中ではまだ続いたままであるのだ。


「分かるけど、さあ」

「塩野の言いたいことも分かるさ。でも、まだ俺にとっては時間なんて経っちゃいないんだ。時間の長さじゃ、ないんだ」


 中川路の心理が分からない塩野ではない。事情を知っているが故に、尚更。助けを求めるように目澤へ視線を送るが、首を横に振られてあっさりと終了してしまった。

 塩野は何か言いかけて止め、呻き声を上げながら頭を掻きむしる。どうにか絞り出した台詞は、どうしようもないものだった。


「ホンット、川路ちゃんって馬鹿だよね」


 腹の底から抉り出すように放った罵詈雑言に、軽く吹き出す目澤。中川路もだ。二人が笑うのを見て、結局は塩野も相好を崩す。


「その川路ちゃんに付き合ってる僕も、目澤っちも、みぃんな揃って馬鹿ってことかぁ」

「三人揃って三馬鹿大将、だからな。称号に相応しい馬鹿さ加減ということだ」


 苦い思い出もくしゃくしゃに丸めて、男達は笑い合う。瞬く間に過ぎてしまった十年も、あの忌まわしい過去も、そしてこれからの時間も、全てひとまとめにして笑う。

 苦難も悲哀も笑い飛ばしてしまうのが、彼等の流儀であるからだ。



 笑うたびに殴打された頬が痛む。明日は休みを取ったのに、結局は病院に行かねばならない。この顔を職場の人間に見られるのは嫌だな、と、中川路はとりとめもなく考えた。

 月がやけに明るくて、みっともない心の奥底まで照らし出されてしまいそうだ。そんなことを、考えた。


 まだ、生きている。息を吸って吐いて、心臓は動いている。あの人の元へは行けない。

 危ない橋を渡って、よろけながら生きているこの姿を見て、あの人は笑うだろうか。


 そんなことを、考えた。

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