14-8

 狭いダクトをひたすら匍匐前進し続け、シグルドは目的の位置に辿り着いた。場所は操舵室上部、人質となった船員達とそれを監視するテロリストが見える。

 敵は三人。顔は隠していない。例の『貨物担当として紛れていた角笛』だ。大ホールの騒ぎを彼等も分かっているだろうに、全く動揺が見られない。予定調和のうちである、ということか。


「操舵室に到達。人質五名と目標三名を確認」

『はいよ。こちらも操舵室確認完了。シグルド、まずはそちらから二時方向の……』

「……どうした、ヘンリー」

『機関室に敵影、六名。嫌な予感しかしない……ああっ、やっぱり……爆弾だ、爆弾仕掛けてやがる、クソッタレ』


 最後の言葉はほぼ罵りと化している。


『あいつら、皆殺しにするつもりか。一番近いのは……ああ、私だ』

「こちらはいいから、行け!」

『ごめん、後で何か奢る』


 立ち上がり、移動を開始する気配。サポート無しはいつものことだ、慣れている。公的機関や軍隊のように人員が豊富なわけではないのだから。


 シグルドは闇の中で深く深く息を吐き出した。意識を鋭く、目的のみに集中させる。

 目標は三つ。ある程度の動きがある。ヘッドショットは避ける。人質は動かない。


 手にしたライフルが、己の手の延長かと錯覚する感覚。その感覚すら、自身で認知できないほどに。そう、体の一部だ。遠くまで届く手。遠くまで見える目。

 研ぎ澄ませ。そこに手は届く。意識は全てを捉えるために拡散し、標的を捉えるために集約する。


 質量を感じるほどの一瞬。それが過ぎ去った後、指がトリガーを引いた。


 反動で僅かに跳ね上がる銃身。すかさずリカバリー。

 一人が肩から血を噴いて倒れる。二人目が、状況が分からず振り向く。


 二射目。一人目が床に崩れ落ちるよりも前に着弾。前者と同じく肩口。

 視界の端に入り込む、三人目の焦る表情。


 三射目。スコープ越しに目が合った。だが、もう遅い。実際は視線が交錯したわけではなく偶然であろうが、それでもやはり、もう遅いのだ。

 銃弾が肩の皮膚を破り、穿つ。筋組織と血管の一部が断裂し、痛覚を爆発させる。


 ほぼ瞬時にテロリスト三名が倒れる。シグルドはダクトの蓋部分をSIG229の銃把で叩き破り、操舵室へと飛び降りた。黒い野戦服に黒いキャップという「まるでパーティ向きではない格好」で現れた彼はまず銃器類をテロリストから隔離すると、船員にロープはあるかと尋ねた。油断せず銃口を向けたまま、無線のチャンネルを警察のものに切り替えて応援を要請。その間にロープを持ってきた船員達は、シグルドに言われなくともテロリスト達を縛り上げた。


「操舵室、制圧完了」


 身内の無線に切り替え、ごく短く報告。


「外周のフォローに行く。ボルド、今どこだ」

『まだ左舷』

「なら、俺は右舷に行く。ノゾミはどうしてる」

『……ちょっと、今、立て込んでる!』




 どうしてこうなった。網屋はそんなことを考えていた。無線で現状を絶叫しながらひたすら彼は応戦する。背後には三人の日本人。しかも場所は大ホールではない。


「ごめんねぇ、ご迷惑おかけします」

「火線がもうちょっと収まれば加勢するから」


 客船の外周付近、船尾方面。その通路上で飛び交う銃弾。網屋は思う。どうしてこうなった、と。

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