14-3
「川路ちゃん、フラれてやんの」
「仕方ないだろ。相手、いかにもイイ男って感じだったからな。ありゃ無理だ、年の功を加味しなくても多分無理だ」
「中川路にしてはまた、弱気な発言だな」
「人間、諦めが肝心。だって、見たかあの顔? 恋する乙女の顔だったぞ」
中川路は笑いながら吐き捨てて、シャンパンを口にした。
中川路、目澤、塩野の三人はこのパーティに株主として招待されていた。僅かではあるが、会社設立時に出資もしている。
理由は単純明快、創立者が彼らの仲間内であったからだ。
「お、いたいた。
軽口を叩きながら手を上げて歩み寄る白人男性。ザイロック製薬代表、ポール・ストックデイル。
「その呼び方、なんとかならないのか」
「他に何があるって言うんだ。お前らは昔から三バカ大将だろうが」
そう言って三人の背中を力いっぱい叩く。双方とも笑顔である。
「ま、元気そうで何よりだ。わざわざ遠いところからすまないな」
「こちらこそ、お招き頂き恐悦至極」
中川路が放つ冗談混じりの慇懃無礼な言葉に対し、おどけて肩をすくめるストックデイル。浮かべる表情は皮肉混じりの笑み。
「全く、こんなパーティなんぞ開いてどうするってんだか。俺はラボで研究していたいんだがな、経営コンサルタントがどうしてもやれって言うから仕方なく」
「ポール、代表がそれ言っちゃマズイんじゃないー?」
「代表って言っても、くじ引きで負けただけなんだぞ。レイがやってくれりゃ良かったのに」
「お前のクジ運の無さは昔からじゃないか。仕方なかろう」
「いーや、性に合わないもんは合わん。そうだ、お前さん方の誰か、俺の代わりに代表やらないか」
「断る」
「嫌だ」
「無理」
けんもほろろとはこのことだろう。ストックデイルは大げさに肩を落としてみせた。
「そうだ、イチムラは?」
「欠席するって。あいつ、忙しいからなぁ」
「薬学研究所の所長様だからねー。フェルトンは?」
「あいつも欠席。そもそも、外に出てくるようなタイプじゃないし」
「アンダーヒルも見ないな。あと、ロンデックスも」
四人は会場を見渡す。見慣れた顔、見ない顔、そして、ここにいるはずだったのにいない顔。
「……減ったな」
ストックデイルの呟きに、三人は小さく頷く。
「ルカショフだったっけか、先月」
「ああ。もうこれで、何人目なんだろうか」
彼等の「仲間内」は徐々に減ってきている。
この三人、ストックデイル、そして話題に上がった名前全員が国連直属組織『
そもそも、この会社の立ち上げ金を出資したのは全員DPSメンバーである。正確に言うなら、残存したDPSメンバーである。解散の切っ掛けとなった事件の際、人数はかなり減っている。
あれから約十年。その間、メンバーはさらに少しづつ減っていた。減っている理由は自然死より、事故死より、暗殺が最も多い。
理由は分からない。上が口封じのためにやっているのかと考えたこともあったが、事情を知っている上層部の人間も次々と殺されている事実がそれを否定する。
残念ながら、「気のせい」「考えすぎ」「被害妄想」の類ではない。そうであったら良かったのに。ただの偶然であったなら。
「お前も気を付けろよ。いつどこで何があるか知れたもんじゃないからな」
「その懸念、もう当たっちまってる」
ストックデイルは声を潜めつつ、しかしそれでも断言した。この三人に隠し事が通用しないことなど、彼は当の昔に知っている。
「この船、テロリストが狙ってるんだとさ」
「……何だってえ?」
「警察が情報を掴んで、こちらに連絡してきた。だから、この会場を警察に警護してもらっている状態だ」
「ああ、道理で」
落ち着きなく辺りを見回していた塩野が、当たり前のように納得した。
「普通じゃない人が結構紛れてるなーって。そっか、お巡りさんか」
「さすがにシオノにゃバレるか。それなりの人数を配備してもらってるんだが、まあ……何もないと信じたいね」
「ケツに奇跡を突っ込んでくれる神様を待つしか無いねぇ」
さらりと下品なことを口走って、塩野はイヒヒと笑う。だが、塩野もこの会場に漂う妙な気配を感じていた。その気配に言葉を付与できないのは、やはり材料が足りないからだ。ごく僅かな、薄ぼんやりとした「嫌な予感」。気のせいだと思いたい、それ程度のニオイ。
配備された警官達の発する緊張感のせいだと、そう「思いたい」己を冷徹なもう一人の己が見つめる。
「神様に頼るより、自分で自分を救わなきゃ、かな」
誰にも聞こえないように、塩野は日本語で小さく呟いた。
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