14-4

『そういえば、見たか? ダグラス刑事の格好』


 あえて苗字で呼んだシグルドの言葉に、他の連中が一斉に反応を返す。


「見た見た見た、アレすっげえな!」

『とりあえずスクリーンショット撮っといた』

「あれは、ヒールは履いてないのよね? 元から背が高いものねぇ?」

「あの違和感の無さは驚いたなぁ。サージの野郎も吃驚仰天だろうよ」


 各々勝手なことを言いたい放題。たった一人黙っていたボルドが、演奏を終えてボソリと一言たしなめる。


『女装姿が珍しいからといって、あまりつつくのもどうかと……』


 たしなめたはずだったが、このメンバーには通じなかった。賞金首の引き渡しなどでよく世話になる刑事の晴れ姿だ、放っておくわけがない。


「だってさあ、似合いすぎだろアレ」

『女みたいな顔だと思っちゃいたが、まさか本当に女装させられるとは。なあ』

『どうせ市警の女性がたにいじくられた結果だろうね。女性ってそういうセッティング好きでしょう』

「好きね。こう、仕立て上げてゆくのって楽しいじゃない」

「おお怖い怖い、女性は怖いなぁ」


 まっとうな意見を言っていたボルドもフォローを諦めてしまう。唯一の理性の光が黙ってしまったので、ますます会話はひどくなる。


『ナンパとかされちゃうんじゃないか? かなりの美人に仕上がってるし』

「おいおい、本当にされてたらどうすんだよ」


 そう言う網屋の声には隠しきれない笑い。


『ああ、それならもう既に』

「マジかよ!」

『モニターにばっちり映って……』


 ここまで言いかけて、ヘンリーは突然黙り込んだ。僅かに息を呑む気配を感じ、他メンバーは馬鹿話を止める。しばしの間があり、それから。


『……貨物室に動きあり』


 ヘンリーの声は緊張に満ちていた。


『貨物コンテナから、武装した集団が出てきてる』

「数は」

『十……いや、かなりいる、三十前後。二手に分かれた。三人……外周へ移動。残り大半はそちらへ向かってる』


 シグルドが狙撃銃を構える。網屋は持っていた盆を近くのテーブルに置く。佐嶋とクラウディアは扉へ目をやり、ボルドはチェロの弦を放した。


『あと少しで大ホールへ到達する。一部離脱して機関室へ移動、三名。どうする、ボス』

「様子を見る。俺達は警察のサポートだ。全体像が定まるまで動くな」

『ヘンリー、顔認証いけるか』

『走らせてる。照会次第そっちに送るが、顔を隠している人間もいるからばらつきが出る』

『構わん、分かる範囲で頼む。動きがあり次第狙撃開始する』


 さっきまで調子よく喋っていたシグルドが、この通信を最後に沈黙する。


「隠している人間、か……隠していない奴もいるってことだな?」


 佐嶋の質問にヘンリーが答えようとした、その時だ。ホールの扉が大仰な音を立てて開いた。姿を表したのは手に銃火器を携えた一団だ。天井に向かって威嚇射撃してから、お決まりの台詞を口にする。


「動くな!」


 所々で悲鳴。それでも、会場全体は動くなという指示に従った。状況を把握できなくとも、威嚇射撃と、彼等の放つ殺気と、そして怒号は動きを奪うのに十分な効果を発揮する。


 突如現れた一団は、銃火器を構えたままホールのステージ前まで人を押しのけ進み出ると、改めて銃口を招待客へ向けた。


「我々は『御使いの角笛』だ!」


 会場がざわめく。過激思想に基づくテロ行為で、彼等が市議会を占拠し警察に制圧されたのは記憶に新しい。銃撃戦の末に約半数を逮捕することに成功したが、それなりの人数が死傷し、それなりの人数が逃亡していた。


「いいか、動くな。我々の要求に従え」


 声を上げている男は顔を隠していない。


「まずは全員、端に寄るんだ。早くしろ」


 向けられた銃口に追い立てられるように、客がホールの端へ集まる。楽団にも銃口は向けられており、皆その場で両手を上げていた。


「いいか、我々の要求はごく簡単なものだ。刑務所に収容されている仲間の開放、それだけだ」


 全体に満遍なく銃口を向けながら、リーダー格と思わしき男は喋り続ける。


「今から一時間の猶予を与える。その間に話を付けろ。五人、こちらに来い」


 顎で指示すると、他の仲間が客の中から適当に五人見繕って前に引きずり出した。さらにそのうちの一人に銃口を押し当て、男は凄む。


「一時間以内に何もなければ、こいつらから殺す。一人づつなどと悠長なことを言うつもりはない。いいか! 一時間だ!」


 テロリストの一人が客の中に突っ込む。軽い悲鳴が上がり、その後に一人の男性が腕を掴まれて出てきた。ザイロック製薬代表であるストックデイルだ。


「連絡しろ。お前が交渉役だ」


 ストックデイルは怯えた視線をテロリストに投げかけたが、それでも自らの携帯端末を取り出し電話を掛け始める。相手は勿論ニューヨーク市警察だ。緊迫した声が小さく会場に響き、しばらくして通話相手がストックデイルからテロリストに代わる。怒号と苛立ちと、それから通話の終了。

 携帯端末をストックデイルに投げて寄越すと、テロリストはまた銃口をあちらこちらに向ける。まるで、落ち着きのない子供のように。

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